第八章 山崎合戦・信忠の勝利
山崎の地は、早朝から濃い霧に包まれていた。
天王山の稜線が白く霞み、桂川の流れが静かに音を立てている。
その静寂を破るように、信忠軍の太鼓が鳴り響いた。
「殿、山崎にて光秀軍が布陣しております!」
柴田勝家が馬を駆けて報告する。
信忠は天王山を見上げ、静かに頷いた。
「ここが決戦の地か。
父上の仇を討つ場所としては、十分だ」
その声は落ち着いていたが、胸の奥には燃えるような決意が宿っていた。
光秀軍はすでに陣形を整えていた。
だが、その兵の顔には不安が浮かんでいる。
「信忠様が安土から大軍を率いて来たらしい……」
「国友の鉄砲隊が加わっているとか……」
「織田家はまだ終わっていないのか……?」
光秀はその動揺を必死に抑えようとしていた。
「怯むな! 信忠は若造だ!
我らが勝てば天下は我がものだ!」
だが、その声は兵たちの胸に響いていなかった。
光秀自身もまた、信忠生還という“誤算”に追い詰められていた。
信忠は軍勢の前に立ち、声を張り上げた。
「皆の者――!」
その声は霧を裂き、山崎の地に響き渡った。
「父信長は討たれた。
だが、織田家はまだ死んでおらぬ。
我らがここにいる限り、天下は織田のものだ!」
兵たちの胸が熱くなる。
「光秀は父上を討ち、天下を奪おうとしている。
だが、父上の天下は私が継ぐ。
ここで光秀を討ち、天下を取り戻す!」
槍が一斉に掲げられた。
「殿のために命を賭す!
織田家の天下を取り戻す!」
信忠は刀を抜き、天へ掲げた。
「進めぇッ!」
戦は、鉄砲隊の一斉射撃で始まった。
「三段撃ち、構え!」
国友の鉄砲隊が三列に並び、火縄の赤い光が霧の中で揺れた。
「撃て――!」
轟音が山崎の地を揺らした。
光秀軍の前衛が吹き飛び、槍隊が混乱する。
「続けて二段目、撃て!」
再び轟音。
光秀軍は前へ進むことも、後ろへ退くこともできず、ただ崩れていった。
「三段目、撃て!」
三度目の轟音が響き、光秀軍の前衛は完全に崩壊した。
「今だ! 騎馬隊、突撃せよ!」
信忠の号令で、騎馬隊が左右から一斉に駆け出した。
槍を構え、敵陣を切り裂く。
「殿のために続けぇッ!」
槍隊が中央から突撃し、光秀軍の陣形を粉砕した。
光秀は本陣で叫んだ。
「退くな! まだ戦える!
信忠は若造だ! 怯むな!」
だが、兵たちはすでに戦意を失っていた。
「信忠様が……本当に織田家を継ぐのか……」
「織田家はまだ終わっていない……」
「光秀様では天下は取れぬ……」
その声が光秀の胸に突き刺さった。
信忠は馬を駆け、光秀の本陣へ向かった。
その姿は、まるで炎そのものだった。
「光秀――!」
信忠の声が響く。
光秀は振り返り、信忠を見た。
その目には、恐怖と後悔が混じっていた。
「信忠……お前さえいなければ……!」
「父上を討った罪、ここで償ってもらう!」
信忠は馬を降り、刀を構えた。
光秀も刀を抜き、震える手で構えた。
二人の刃が交わり、火花が散る。
光秀は必死に斬りかかるが、信忠の動きは鋭く、迷いがなかった。
「ぐっ……!」
光秀の刀が弾かれ、信忠の刃が光秀の胸を貫いた。
光秀は崩れ落ち、信忠を見上げた。
「信忠……天下は……お前のものだ……」
その言葉を最後に、光秀は息絶えた。
信忠は刀を収め、空を見上げた。
霧が晴れ、朝日が山崎の地を照らし始めていた。
「父上……仇は討ちました。
ここから、織田家の天下を取り戻します」
兵たちが一斉に叫んだ。
「信忠様、勝利!
光秀討ち取り!
織田家の天下、再び!」
山崎の地に、織田家の勝利の声が響き渡った。
信忠は馬に跨り、京へ向けて進軍を開始した。
天下は再び、織田の手に戻ろうとしていた。




