第七章 安土出陣
安土城の城下町は、夜明け前から異様な熱気に包まれていた。
本能寺の変の報が広まった直後は混乱と恐怖が渦巻いていたが、信忠が帰還し、織田家当主を継ぐと宣言したことで、町の空気は一変していた。
「信忠様が光秀を討つために出陣されるらしい!」
「織田家はまだ終わっていないぞ!」
「国友から鉄砲が百挺届いたそうだ!」
町人たちの声は、まるで戦の太鼓のように城下を震わせていた。
安土城の大手門前には、すでに数千の兵が整列していた。
槍隊、弓隊、騎馬隊、そして国友・堺の鉄砲隊――
織田家の精鋭が勢揃いし、信忠の出陣を待っていた。
柴田勝家が信忠の前に進み出た。
「殿、近江・美濃・尾張の兵、総勢一万五千。
すでに安土に集結しております。
光秀を討つには十分の兵力にございます!」
信忠は頷いた。
「勝家、兵の配置はどうなっている」
「殿を中心に、鉄砲隊を前衛に。
騎馬隊は左右に展開し、槍隊は殿の直衛として配置いたしました。
光秀軍が山崎に布陣する前に、京へ向かう道を押さえます」
その配置は、信長譲りの合理性と、勝家の豪胆さが融合したものだった。
そこへ、国友の鉄砲鍛冶の代表が駆けてきた。
「信忠様! 国友は織田家のために総力を挙げて鉄砲を増産しております!
この百挺は、すべて最新式の“国友式三段撃ち対応鉄砲”にございます!」
信忠は鉄砲を手に取り、重さと精度を確かめた。
「……見事だ。
この鉄砲があれば、光秀の軍勢を必ず打ち破れる」
鍛冶たちは涙ぐみながら頭を下げた。
「信忠様……どうか、天下をお取りください。
信長様の夢を、どうか……」
信忠は静かに頷いた。
「父上の夢は、私が必ず継ぐ。
そのために、光秀を討つ」
出陣の刻が近づくと、兵たちの間に静かな緊張が走った。
太鼓が鳴り響き、軍旗が風に揺れる。
信忠は馬に跨り、兵たちの前に進み出た。
その姿は、若き武将ではなく、天下を背負う者のそれだった。
「皆の者――!」
信忠の声が安土城下に響き渡った。
「父信長は討たれた。
だが、織田家はまだ死んでおらぬ。
我らがここにいる限り、天下は織田のものだ!」
兵たちの胸が熱くなる。
「光秀は父上を討ち、天下を奪おうとしている。
だが、父上の天下は私が継ぐ。
織田家の嫡男として、必ず光秀を討つ!」
兵たちの槍が一斉に掲げられた。
「殿のために命を賭す!
織田家の天下を取り戻す!」
信忠は刀を抜き、天へ掲げた。
「安土より出陣する!
京へ向かい、光秀を討ち、天下を奪い返す!
進めぇッ!」
その瞬間、太鼓が鳴り響き、軍勢が一斉に動き出した。
安土城の大手門が開き、織田家の大軍が京へ向けて進軍を開始した。
槍の穂先が朝日を反射し、鉄砲隊の火縄が赤く揺れ、騎馬隊の蹄が大地を震わせる。
安土城の天守から見下ろす町人たちは、その光景に息を呑んだ。
「信忠様が……天下を取り戻しに行かれる……!」
「織田家はまだ終わっていない!」
「いや、ここから始まるんだ……新しい天下が!」
信忠は馬上で、安土城を振り返った。
「父上……見ていてください。
私は必ず天下を取り戻します」
そして、信忠は馬を走らせた。
京へ――光秀を討つために。
織田家の反撃が、ついに始まった。




