裏取引
実技訓練場――の手前の更衣準備室。
皆俺に近寄らず、遠目にチラチラ見ながら怯えた様子だ。
「なあ、ケルビンのやつ勝てると思うか……?」
「いつも通りなら、な。だけどあのメイル殿の雰囲気はただ事じゃない。俺には分かるんだ」
「ああ、俺もだ」
「俺もだ」
いや、分かってないね。
お前たちの見ているものは張り子の虎だ。俺はいつもと変わらない。
「君たち。内緒話なら他所でやってくれないか? 聞こえているんだ」
ケルビンも同じ部屋にいるのだが、苛立ちを露わにして野次馬を追い払っていた。
効いてるな。しめしめ。
ケルビン自身も分かっているのだ。
『覇気』から推測する今の俺の実力にはとても敵わない、と。
勿論それは誤解なのだが、張り子の虎も張り子と分かるまでは虎だ。
あいつの中ではな。
だからこそ、チャンスは今しかない。
俺はケルビンのほうにつかつかと歩み寄る。
「よう」
こちらから、ガシッと肩を組みに行く。
「メ、メイル様。何ですか? 少々馴れ馴れしいのでは……」
「話がある。耳を貸せ」
「?」
「この試合、負けてやってもいい。それでお前のメンツは立つ」
「!?」
ケルビンの表情が真剣になり、ぐっと耳を傾けてくる。
「ただし交換条件だ。分かるな?」
「……条件を聞きましょう」
「お前の屋敷の宝物庫に『女神の聖水』が安置されているな? それと交換だ」
「どうして『女神の聖水』の事を……?」
そりゃあガチRTA勢ですから。
『女神の聖水』はレベル上限をプラス5するいわゆる限界突破アイテムだ。
RTAにはあまり必要なものではないが、宝箱の配置と中身くらい履修済みで当然である。
そして今の俺には、何を差し置いてもかき集めるべき品である。
いきなりこんな好機が巡って来て、アネットには感謝しかない。
「さあな。そんなの別にどうだっていいだろ? でどうするんだ?」
「あ、あれは我が子爵家の家宝です。おいそれとは……」
「家宝として祀っておくだけなら、容れ物だけあれば充分だろ? 中身だけ入れ替えて俺に渡せばいい。俺に必要なのは中身だ」
「……」
「ほら時間がないぞ? どうせ使わない置物でアネットの前でメンツが保てるのなら、安いものじゃないか?」
ケルビンがアネットを狙っているのは明らか。
ケルビンにとっては主君筋の公爵令嬢を娶ることで、子爵家から公爵家に成り上がるチャンスでもある。
結婚とは立身出世のための大事なカードなのだ。
「とても婚約者とは思えない仰りようです」
「そうだな。だが、俺にもやるべき事がある」
レベルを極限まで上げて、俺の経験値で主人公を爆発的に鍛える。
それが世界を最速で救う事に繋がるのだ。
「……変わられましたね、メイル様。今のあなたは何か大きなものを背負っていらっしゃるようだ」
あ、マズイ。真面目に答え過ぎた。
見直されても困るのだ。
「いや、今のは忘れてくれ」
「いいでしょう。あなたのご提案の通りにいたします。ですがもう一つ条件があります」
「ああ、何だ?」
「今後、王立学院にはご出席なさらないで下さい。使命のためとはいえ、自分を省みない婚約者と並んで嬉しそうにされているのでは、アネット様がお可哀想です」
「ああ、分かった」
それで自然と、距離が離れてあるべき姿になっていけばいい。
ただ少し気になるのは、別にアネットとケルビンが婚約者だったり、結婚していたわけではない点か。
ケルビンはケルビンで、ちゃんと人としてのアネットの事を考えてそうだけどな。
まあ、それはそれ。
俺の預かり知らない話しだ。
というわけで――
「聖光斬!」
ガギイィィンッ!
光を纏った斬撃が、体ごと俺の剣を弾き飛ばす。
凄いパワーだ。剣だけのつもりが俺ごと吹っ飛ばされた。
ただ、胸の前で剣を立てる祈りの構えから撃って来るので、弾きしようと思えば出来たな。うん、今後の参考になるな。
と、頭の中で考えながら、俺は情けなく背中から倒れ込む。
「ぐあっ!」
わざと大きめに悲鳴も上げておく。
「そ、それまで! ケルビン君の勝利です!」
教官が試合を止める。
「メイルっ!? ど、どうして……!? だ、大丈夫!?」
アネットが心配して駆け寄って来る。
こうなるとは思っていなかったらしく、相当慌てている様子だ。
「僕の勝ちのようですね……メイル様」
「ああ、そうだな。俺の負けだ」
俺は素直に負けを認めて項垂れる。
「な、何だ……いつものメイルだったのか?」
「見掛け倒しか。まあメイル殿だしな」
「人騒がせなだけで、ケルビンに敵うはずもなかったな。ははっ」
見ていた生徒達から、呆れと嘲笑の視線が向けられる。
「くっ……! ウザいわね、こいつら」
アネットが額に青筋を立ててブチ切れている。
このまま暴れ出してもまずいな。
「言われても仕方ないだろ、負けたんだから」
俺はさっさと実技訓練場を出て行く事にする。
「じゃあな」
ちらりとケルビンに視線を向けると、小さく頷き返して来た。
後の事は分かっている、という返答だ。
後はケルビンからの『女神の聖水』引き渡しの知らせを待てばいい。
交渉は大成功。王立学院に来た甲斐があった。
正直言ってホクホクである。ラッキー!
しかし教室に戻らず家に帰ろうとする俺を、アネットが門まで追いかけてくる。
「待って、待ってよメイル! せっかく来たのに、もう帰っちゃうの?」
「ああ、用は済んだしな」
ケルビンとの交渉条件もある。早速履行しておかないといけない。
「ねえ、さっきの試合ってわざと負けたのよね? どうしてあんな事したの?」
「いや、普通に実力負けだぞ」
「えぇっ!? どうしてよ? こんなに凄い『覇気』なのに」
「『覇気』はな。だけどハッタリだ。実際は戦えば弱いんだよ」
「えぇっ!? そ、そんな事って……」
アネット達は細かいスキルの内容とか、パラメーターや成長率の詳細を把握できているわけではない。
もう少しふわっとした認識をしているのだ。
レベルも修行や徳を積む事により磨かれる魂の位階みたいに考えている。
自然とレベルと実力は比例する、と考えるわけだ。
まさか50レベルで、他キャラのレベル一桁クラスの謎生物が存在するとは思うまい。
「まあ、そうなる事もあるんだよ。言ってなくて悪い、婚約者の前では格好つけたくてな」
俺としては、気にしないようにフォローしておきたかったのだが――
「!」
逆にアネットはひどく傷ついたような表情を見せる。
「ご、ごめん、あたし……そんな風に思ってくれてた事も知らずに、一人で調子に乗って、ケルビンをけしかけたりして……こ、こんなつもりじゃなかったの。あんたを傷つけるためじゃ……!」
肩も声も震わせて、泣きそうな表情。
切れ長の大きな瞳に涙が滲んでいる。
どうも罪悪感と後悔を余計に煽ってしまったらしい。
「いや、大げさだって。気にしなくていいから」
別に傷ついていないし、むしろ『女神の聖水』入手の算段がついてホクホクだし、連れて来てくれて感謝しかないのだ。
「ごめんなさいっ! ほんとにごめん……!」
深々と頭を下げて来る。
こんな顔を見せられると、逆に申し訳ないな。
これはどうするか――
「……なら、行動で詫び入れて貰う事にするか」
「え? うん? 何すればいいの?」
俺は顔を上げてこちらを見るアネットの前にしゃがみ込む。
「見せて貰おうか。婚約者のパンツとやらを」
「はぁ? キモっ!」
泣き顔が蔑むようなジト目に変わる。
これ狙いだ。勿論本気ではない。
「……でもいいわよ。罰だし仕方ないし」
頬を赤らめつつ、頷いてしまうアネット。
「……」
「馬車の中、行きましょ?」
先にアネットが馬車に入った所で、俺は声を上げる。
「おぉ! 用事思い出した! 悪いけどまた今度な! いや~残念だなぁ!」
そのままダッシュで逃走を図った。
「あ、こらちょっとメイル! 何で逃げるのよ!?」
「まあ気にするな! 俺もホントに気にしてないから! じゃあまたな!」
俺はそう捨て台詞を残して、王立学院を後にした。
遠目に見えるアネットは怒りながらも目は笑っていたので、まあこれで良かっただろう。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『続きよろしく!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!




