『覇気』スキル
「メイル、こんな所で何してるのかしら……?」
アネットは『霧の古遺跡』の霧の中に足を踏み入れつつ呟く。
ここの所、連日メイルがここを訪れていると報告を受け、様子を見に来たのだ。
ここは特殊な魔力を帯びた霧が立ち込めており、それが他では考えられないような凶悪な魔物を生む。
『ミストベア』はアネットといえどもまともに戦って倒せる魔物ではない。
もし討伐するならば、腕利きを何人も用意する必要がある。
そんな魔物が跋扈する場所にメイルが一人で入るのは無謀過ぎる。
毒がどうとかは関係なく、彼の身が心配だ。
その気持ちが、恐ろしい霧の中に踏み込むアネットの背中を押していた。
魔法で足音を消し、幻で偽装をして慎重に進む。
それでも緊張で息が詰まりそうだったが、進むうちにある事に気付く。
「あ、あれ……? 魔物がいないわ」
アネット自身、ここに詳しいわけではないが、それにしても姿が見えない。
不思議に思いながら、さらに奥に。
「オオオオオオオオォォォォ……ッ!」
恐ろしい唸り声が聞こえる。
籠ったような響きは、地上ではなく地下からのように聞こえる。
「! この声は、下?」
ここは古い時代の遺跡だ。地下に通じる階段もあるのかも知れない。
「あ、あそこ……!?」
地下へ降りられそうな階段を発見。
そこに踏み込もうと足を踏み出した時の事だ。
ゾクッ――!
背筋が凍るような寒気を覚え、全身が総毛立つ。
何か途轍もなく恐ろしいモノが地下にいる。
感じるのだ。気配を。その圧倒的な迫力、圧力を。
カツン。カツン。
足音がする。気配の主が近づいて来る。
逃げなければ――!
本能がそう告げるが、足が竦んで上手に動けない。
後ずさりしようとしてそのまま尻餅をついてしまい、立ち上がる事も出来ない。
「あ、あ……!」
そしてアネットの前に現れたのは、獣の頭蓋を加工したであろう真っ黒い兜と、同じく黒塗りの獣骨と硬革を張り合わせて仕立てられた鎧を身に纏った人影だった。
暗黒騎士、あるいは呪剣士。
そう呼ぶのが相応しい禍々しさだ。
――殺される。
本気でそう思った時、呪剣士はよく知る人物の声を出す。
「あれ? アネット? こんな所で何やってるんだ?」
きょとんとアネットを見下ろしているのは、メイルだった。
◆◇◆
あれから暫く。
今日も今日とて毒沼でのスリップ削りに励んでいた俺だが――
今日は『霧の古遺跡』の地下から上に戻るとアネットがいた。
何故か知らないが尻餅をついた姿勢で、脚が開いていて――
見えるものが見えている。うお、結構大胆なデザインだな。
「メ、メイル!? そ、それはこっちの台詞よ? その恰好は何? 滅茶苦茶怪しいけど?」
いきなりマシンガン質問だが、その前にやる事があるだろう。
「いや、話す前に脚くらい閉じろよ。見えてるから。行儀が悪いんだよ」
「!」
アネットの頬が、火が出そうなくらい赤くなる。
「み、見ないでよ! バカ!」
「そっちが見せてるんだろ。まぁ、いいモン見たから礼は言っとく」
「え……? そ、そう? ふん。ま、まあいいわ」
「で、何でこんな事してるんだ?」
「わざとじゃないのよ。何だか腰が抜けちゃって――」
あ、もしかしてこれは俺のせいか?
『覇気』スキルの影響だろう。
ここの所のレベル上げで、俺は既に『邪教の兜』に加えて『邪教の鎧』を手に入れて装備していた。
『ミストベア』のドロップする胸骨からの加工品だが、これも高防御力の呪い装備だ。
レベルアップ時のステータスマイナス補正もお揃いの神装備であり、兜と両方装備する事によってコンビネーションボーナスで『覇気』スキルが発動する。
そして、この『覇気』スキルだが、要は聖水やらト〇ロスと似たようなもので、雑魚敵封じの効果だ。
それがアネットに効果を及ぼして、腰を抜かすような恐怖を感じさせてしまったのだろう。
何せこの『覇気』スキルの効果判定は、レベル差のみで行われるのだ。
「いや、悪い。それ多分俺のせいだ。立てるか?」
「う、うん。まだちょっと足震えるけど……あんた、何したの?」
「『覇気』だよ。この兜と鎧を装備してると自動的に出るからな」
「え? でもそれって相手が弱くないと……今レベルいくつなの?」
「ん? 50かな」
「ご、50っ⁉」
そう、俺のレベルはもう既に50だ。
レベルだけで言うと、アネットを遥かに上回る状態になっているのだ。
ただし、ステータス自体は前回から変わっていない。
邪教兜鎧セットでステータスアップを完全に封じたからだ。
1上がるところを50%カットすれば0.5だが、小数点以下は切り捨て。
結果的にアップする数値は0。
それが35回連続で続いたわけだ。順調順調。
「し、信じられない……! どうしてそんなことが出来るのよ!?」
「ここらの『ミストベア』を狩りまくった」
俺はその辺りを指差す。そこにもう『ミストベア』の影はない。
狩り尽くして、枯れてしまったのだ。
楽しかったから頑張ってしまった結果だ。
また前のように戻るには、結構時間がかかるだろう。
ゲームプレイならリポップもすぐだが、ゲーム内の時間軸ではそれなりにかかっているわけだ。
「……た、確かに『ミストベア』が全然いなかったけど」
アネットは狐につままれたような顔で辺りを見回している。
「まあ、信じる信じないはお前の勝手だ。その辺歩いてくれば分かる」
言って俺は、アネットの手に上質な魔晶石をいくつも手渡す。
「え、何? こんなに沢山……」
アネットの両手に、魔晶石が小山のようになっていた。
「借りた金。返したぞ」
「ど、どこに行くのよ?」
「帰る」
もう『ミストベア』も暫く姿を見せないだろうし、レベルも50になったからな。
俺、メイルの初期レベル上限は50だから、一先ずこの『霧の古遺跡』でのレベル上げは卒業だ。
「あ、待って! じゃああたしも帰るわ。一緒に行きましょ」
隣に並んでくるアネットは嬉しそうな笑顔で、とても機嫌が良さそうだった。
「ねえメイル。明日、久しぶりに王立学院に行かない?」
「王立学院に? うーむ……」
「たまには顔出さないと、あんたのお父様も心配するでしょ? 朝あたしが迎えに行ってあげるから、行きましょうよ」
まあ、悪くはない。
今後のレベル上げチャートのためにもな。
「分かった」
「よろしい! たまには素直ね」
俺の返答に、アネットはニコニコだった。
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