決着
「なお、公爵家に残されている資産のいくばくかは持ち出しても構わない、と申し添えておきます。それで新たな生き方をお探しなさい」
生活再建資金と共に国外退去。
セネリオ王子の決定は十分に温情あるものだと俺も思う。
だが――
「待って下さい、王子……!」
「どうしました、メイル?」
「国外追放は尤もな処分だと思うんですが――そこを何とか、国にいられるようにして頂く事は出来ませんか……!?」
アネットが後半ボスとして主人公と戦う場合、その場所はこの国の中ではない。
国外追放は、後半ボスルートに繋がるような気がしてならないのだ。
公爵に『祝福の輝針』を撃った執事は姿を消してしまい、見つかっていない。
捕まえて背後関係をはっきりさせるまでは、アネットを一人で放り出すのは危険過ぎる。
何より、今の精神状態のアネットは放っておけないだろう。
俺は世界のスピード攻略のために動くが、そのために一人を見捨てたいとも思わない。
「どうしてですか? そう考える理由を説明して下さい」
「前に話していた、予言……のようなものだと。国外追放が後々災いを呼ぶ気がするんです」
はっきり理由を説明すると、アネットを放っておけないから、になってしまう。
そんな私的な理由で、王子の公的な判断を曲げる事は許されない。
セネリオ王子を騙しているようで申し訳ないが、取り繕うとこうなってしまう。
「なるほど……彼女は『星』魔法の使い手。他国に流出すれば、いずれこちらの災いになる可能性はありますね」
そのセネリオ王子の言葉が、俺には助け船のように思えた。
さすが主人公の器。
元々今回は助けて貰ったが、更に大きな貸しを作ることになりそうだ。
「ですが、国内に留めるのであれば国外と同じには出来ませんよ? 一切の財産は没収。身分を平民ではなく奴隷階級とし、メイルの元での労役を義務とします。無期限で」
つまり俺の屋敷で働いているメイドや使用人と同じ、いやそれ以下という扱いになる。
彼等は平民であり奴隷階級ではないから。
「どちらにするかはあなたがお選びなさい、アネット・ホロウ」
「え、選べません――」
アネットは顔を真っ青にして震えていた。
「自分で考えたら、きっと間違うから……だから決めて下さい。仰せの通りにします」
俺とセネリオ王子は顔を見合わせる。
「では、メイルがお決めなさい」
セネリオ王子はそう言ってくれる。
俺が選ぶのは当然、アネットを国に残す方だ。
「なら、国に残す方向でお願いします。アネットもそれでいいんだな?」
「はい――」
大人しく従順に頷く様には、俺の知る小生意気だが情の深いアネットの面影は微塵もない。
まだまだ立ち直るまでに時間はかかるのだろうが、その日まで見守ろうと思う。
◆◇◆
翌日。早朝のファーム侯爵邸。
アネットは仕事着を身に付けて、メイルの部屋の前に立っていた。
今日からは、公爵令嬢のアネット・ホロウではない。
ファーム侯爵家に仕える奴隷階級のメイドの娘だ。
嫌な顔をされながらも先輩メイドに最低限の事は教えて貰った。
この屋敷の人達にとってアネットはファーム侯爵の仇であるから、疎まれて当然だろう。
それは当然の事と受け入れて、今日から早速仕事だ。
ドアをノックして返事を聞き、中に入って丁寧に一礼。
「おはようございます。ご主人様」
「あ、ああ……おはよう」
失礼のないようにしたつもりだが、メイルは何故か複雑そうな顔をする。
「? 何か失礼がありましたか?」
「いや……悪いな、こんな事になっちまって」
どうしてそんな事を言うんだろう、と思う。
自分はこうなった事に納得している。
むしろメイルが側に置いてくれることに、心の底から喜びを感じている。
身分とか世間体は関係ない。
メイドの下働きが辛そうとか、屈辱なども感じない。
朝一番からメイルの側にいられるのだから、それがいい。
元婚約者の立場にも拘らない。
婚約者に戻りたいという望みも持たない。
ただメイルの近くで、メイルの言う事を聞いていればいい。
その環境こそが最も自分の望むものだ。
自分は馬鹿で愚かで、何か考えて行動すれば失敗する人間だから。
一人では生きていけない。もう自分自身が怖いのだ。
だけどメイルは真逆だ。考えて行動して結果を掴み取れる人だ。
凄いのだ、本当に。心の底から尊敬している。
だからその凄い主人に、全てを任せて従っていたい。
全部メイルの考えなら、きっと間違いない。きっと正しい。
生き死にすらメイルに決めて欲しい。
メイルが死ねと言ったら死ぬ。体を差し出せと言われれば差し出す。
それでいい。それがいい。それがアネットにとっての安らぎなのだ。
だから、アネットの返答はこうなる。
「悪いなんて思っていません」
その証拠に、少し復調してこうして仕事にも出られている。
「そ、そうか? でもまあ何だ、あくまで世間体的な所だから、二人の時は普通に話してくれていいからな?」
「いえ……ご主人様はご主人様ですから」
全部従わせてほしいから。立場はしっかりしておきたいのだ。
◆◇◆
「ではメイル、この次は王都で――あなたの襲爵の儀でお会いしましょう。楽しみにしていますよ?」
本当に楽しみにしているのは、もっとその先。
だが今は、セネリオとしてはそう声をかけるしかなかった。
「今回は本当にお世話になりました。この恩は、必ず」
「ありがとう。その言葉、覚えておきますね」
絶対に、絶対に、絶対に、覚えておいてほしい。
自分の望みを叶えるために。自分が自分として立つために。
本当の自分を理解してくれるメイルには、いずれ公私共に支えて欲しい。
今回はケルビンという友人を失い、辛いものも醜悪なものも目の当たりにさせられた。
だがメイルという人を見出せたのは、昏がりの中に一筋の光明を見た思いだ。
動き出した馬車の後ろ窓からメイルの姿を見ると、そんな清々しい気分になる。
だがその三歩後ろで頭を垂れているアネットを見ると、また別の思いが湧き上がる。
同情。憐憫。いや、羨望――そう、羨望だ。
(アネット・ホロウ。あなたはとても辛い思いをしたでしょう。でも……)
(まだ、あなたは穢されていない。それだけはメイルが守ってくれましたから)
(だから、あなたはきっと立ち直れる。まだ遅くない……私と違って)
(私にはメイルはいませんでした。だから……少し羨ましいです)
そんな事を思いながら、セネリオは馬車の揺れに身を任せて瞳を閉じた。
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