結末
「アネット! 遠くに離れろ!」
俺はアネットを下がらせると逆に前に出る。
突き立ててある両手剣を手に取って、突進。
魔将は俺の何倍も早く距離を詰めて来て――
「早い……っ!?」
少々危なかったが、想定していた迎撃ポイントに滑り込む。
「メエエェェイルウゥゥゥッ! ウオォォッ!?」
魔将の体が途中で大きく前に傾ぐ。
俺への敵意と殺意が先立ち過ぎて、進路上にある窪みに足を取られたのだ。
先程セネリオ王子が、魔法で穿ってくれたものである。
こうなれば魔将は勢いよく前に転ぶしかない。
だが倒れ込みつつも、丁度左腕を叩きつけて届く位置に俺がいた。
だとしたら、俺を殺したくて殺したくてたまらない奴はこう来る――
「ガアアアァァァァァァァッ!」
左の腕が振り上げられる。それだけで風切り音が発する程だった。
そこから振り下ろして、俺の脳天を叩き潰すつもりだ。
俺の低ステータスでは、見てから反応する事などとても不可能。
だが、俺はこうなる事を知っていた。
怒らせて真っ直ぐ突進させる。途中に転ばせるための穴を仕込む。
転びながらでもギリギリ手の届く位置に陣取る。
右手を失った奴は、左手で攻撃してくるしかない。攻撃軌道は一択。
見てからでは無く、見る前から弾き判定をそこにおいて置けば――
ステータスは関係ない!
「弾けるっ!」
ガイイイイィィィィィィィィンッ!
弾きで弾かれた魔将の腕と体が大きく仰け反る。
「ヌウウゥゥゥゥゥゥッ!? 小賢シイ真似ヲ――ッ!」
魔将は再び左腕に力を込めようとするが――
肉が引き千切れる嫌な音を立てて、左腕が吹き飛んだ。
それだけではなく、近衛騎士達から受けた全身の傷が大きく開き、大量に血を吹き出した。
「グギャアアアァァァァァァァァッ!?」
俺のスキル『ディフレクトリバース』による反射ダメージだ。
これは弾きした攻撃のダメージを相手に発生させるもの。
そして反射するダメージ量や反射比率は、攻撃側の攻撃力と俺の防御力で決定される。
つまり敵の攻撃力が高いほど、俺の防御力が低いほど、発生するダメージが大きくなる。
防具を脱いで裸になったのは、ダメージを最大限にするためだ。
裸かつ極限低ステータスの俺は、理論上『ディフレクトリバース』を最も上手く使いこなせる存在だと言っていいだろう。
謎ビルドは謎ビルドなりに輝ける場所がある。特にメイルの場合は、だ。
「終わりだ、公爵!」
「クソオオオオオォォォォォォッ! ダガ、オ前モッ!」
がしっ!
切り離された筈の公爵の左手が、俺の脚を掴んで動きを封じる。
「道連レダアアアアァァァァァッ!」
膨大な光と衝撃波を発し、魔将化した公爵の体が跡形も無く吹き飛んだ。
「「や、やったぞ!」」
「「だ、だが――」」
「メイル! メイルは!?」
「あ、ああ……そんな」
アネットは戦慄した表情で目の前の光景を見つめている。
「大丈夫だよ。心配するな」
俺はそんなアネットの肩を後ろからぽんと叩く。
背影殺。
アネットの背後に回り込んで抜け出したのだ。
相手の特性は把握しているのだから、当然対策チャートは練って実行に臨んでいる。
「メイル……」
無事な俺の顔を見ると、アネットはぺたんとその場に座り込んでしまう。
目が虚ろで、焦点も合っていないような感じは、今までと別人のようだ。
だが、あんな体験をしたのなら仕方がない。
精神的な傷を時間が解決してくれれば、と思う。
「メイル! よくやってくれました! やはりケルビンの目は間違っていませんでしたね!」
セネリオ王子は顔を輝かせて俺を称賛してくれる。
「「助太刀に感謝するぞ、メイル殿!」」
「「おかげで我等も使命を果たすことが出来ました!」」
近衛騎士の皆さんも、俺の肩を叩いて労ってくれる。
――これに関しては少々不味いかも知れない。
俺はあくまで悪役貴族。
あまり王子や近衛騎士達、VIPの覚えがめでたくなるのは良くない。
名声ではなく悪名を世間に轟かせておくのが正史だ。
だが今回は状況的に仕方がなかった。
仕方がないと諦めて、これから悪名を稼いで行かないとな。
ともあれこれで何とか事態は解決――とは行かなかった。
もう一つ重大な問題が起きていた事を知ったのは、ファーム侯爵領に戻った時だった。
◆◇◆
「父上……っ!?」
ファーム侯爵家の館に戻った俺達を待っていたのは、父ファーム侯爵の変わり果てた姿だった。
自ら短剣で喉を突いた、凄惨な遺体だった。
「ホロウ公爵家より正式な婚約破棄の通知を受け取った後、侯爵様は一人にしてくれと仰られてお部屋に……その後私達が気づいた時には、側にこれを残して……」
館の使用人が、俺に手紙を手渡してくれる。
それは、遺書だった。
――我が子の不始末、一死を以て謝罪仕る
――ファーム侯爵家は絶えて然るべきですが
――どうか家臣、領民には寛大な措置を
震えるような筆跡で、達筆の父にはあり得ないような文字である。
それだけの精神的な動揺が伝わって来て、俺としても平静ではいられない。
「くそっ……!」
握った拳を、思わず壁に叩きつけていた。
間に合わなかった。いや、待って貰えるほどの信頼が無かったと言うべきか。
俺が囚われ、正式に婚約破棄も通達され、セネリオ王子が裁きのためにやって来ると知り、父ファーム侯は決断してしまったのだ。
将来主人公が俺を倒しに来る時、俺の社会的な立場はこのファーム侯爵領の領主だ。
だから代替わりは、どこかで起こって然るべき。
このゲーム、ディルフィング・サーガは確かにダークファンタジー要素も強い。
割と正史シナリオも容赦ない。放っておけば世界崩壊の大量死エンドにもなる。
とはいえ――こんな代替わりは望んでいない。
「メイル、何と申し上げて良いか――」
セネリオ王子が俺を気遣って声を掛けてくれる。
だが、本当に助けが必要なのは俺では無かった。
「うぁ……あ、あ、おじさま……」
アネットは目を大きく見開いたまま、その場にぺたんと座り込んでしまう。
「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
身を斬り裂くようなアネットの慟哭が、館の中に響き渡った。
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