魔将化
いや――
ドンッ!
重い音を立てて、しっかりと着地をする。
どこかを痛めたようにも見えない。
「降伏するという事ですか。捕えなさい!」
セネリオ王子の命で、近衛騎士達が公爵に殺到する。
「馬鹿メ……!」
顔を上げた公爵の目が、異様な輝きを帯びている。
そして俺には見逃せなかったのは、公爵の首に純白に輝く針が刺さっていた事。
細く糸を引くように輝きの残滓が残っており、それがバルコニーに繋がっている。
そこに立っていたのは、俺とお揃いの邪教の鎧兜を身に付けた執事だった。
向こうにも邪教の鎧兜が!
『覇気』で動きを封じて、グレン子爵一家を次々毒殺して行ったのか。
それが分かったのは大きい。大きいが、今第一に気にするのはそこではない。
あの光る針、俺の予感が正しいなら――
「待った! 危ない! 離れろ!」
「……!? 止まりなさい!」
セネリオ王子が号令してくれて、近衛騎士達が一歩踏み止まる。
「ウオオォォォォォォォォッ!」
ドガガガガガガガガガガガッ!
獣のような咆哮を上げるホロウ公爵。
同時に凄まじい光と衝撃波が発生し、円形に周囲の地面を吹き飛ばした。
「ぐああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
「「くっ…!?」」
「「何だ…!?」」
一人だけ衝撃波に巻き込まれたようだが、何とか他四人は無事なようだ。
「大丈夫ですか!?」
巻き込まれて吹き飛ばされた騎士に、セネリオ王子が駆け寄って行く。
俺は変化をしたホロウ公爵の姿を凝視する。
まず身長が人間のそれではない。二倍はある。
腕も足も異様に太く筋肉が盛り上がっているが、その色は青黒く不気味だ。
そして、全身のあちこちを白い硬質の鎧のようなものが覆っている。
これは人間の骨が変質したものなのだそうだ。
ゲーム内のフレーバーテキストによると、だが。
「全員、消ス! ソウスレバ問題ナイ!」
「公爵が……!?」
「魔物に!」
「よくもアランを!」
「かかれええぇぇぇぇぇっ!」
「「「おうっ!」」」
近衛騎士達が勇敢に、魔物と化した公爵に向かって行く。
「魔将だと……!? 何でこんな時期に――」
人が魔将化したボスが登場するのは、ゲームも後半に差し掛かるような時期だ。
前日譚として既に魔将化は存在していた?
いや、あの『祝福の輝針』の発明自体が、ゲーム本編開始後の設定のはずだ。
腑に落ちない。何か強烈な違和感を覚える。
「魔将……?」
俺の呟きが耳に入ったのか、アネットがこちらを見ている。
「アネット、あの針に見覚えはあるか!? あの公爵が変化した魔物は!?」
アネットは首を強く振って俺の質問に答える。
その方がいい。
何も知らず、関わりもない方が。
後半ボスとして主人公と敵対する時のアネットは、魔将化もしてしまうのだ。
魔将化に関わるものには、近づけさせたくない。
だがそれも、ここでこの魔将を倒すことが出来れば、か。
俺は戦況を注視する。
魔将はゲーム後半ボス級の存在。
『ミストベア』などとは比べ物にならない。
俺一人でこの地形では正直倒せる自信は無いが、こちらにも強い味方がいる。
セネリオ王子の配下の近衛騎士達。
彼等は王国の最精鋭だ。魔将を相手にも堂々とした戦いを見せていた。
「死ネエエエェェェェェェェェッ!」
「ぐうううううううぅぅぅっ!」
体格に物を言わせた突撃を、一番背の大きな近衛騎士が何とか受け凌ぐ。
剣でガードしきれずに吹き飛んでいる。
が、衝突の瞬間に少し後ろに飛んで衝撃を和らげている。流石の反応だ。
しかし、そこを追撃されればひとたまりもないだろう。
だが他の近衛騎士がそれをさせない。
すかさず魔将の側背から斬り込んでいるのだ。
それも火、水、風とそれぞれの属性の輝きを帯びた魔法剣で。
それが魔将にとっても無視できないダメージを与え、怒りに任せた反撃を呼んでいる。
その反撃を水の魔法剣の近衛騎士が何とか捌く。
強烈な蹴りの威力に武器ガードの上から吹っ飛ばされるが、こちらも上手く勢いを殺して受身を取っている。
その隙に、復帰して来た土の騎士を入れて、火、風、の魔法剣が魔将に傷を刻む。
近衛騎士達の奮戦はやがて――
ザシュウゥゥッ!
炎の魔法剣が魔将の右腕を肩から斬り飛ばす。
「グオアアアァァァァァァッ!?」
身を仰け反らせるホロウ公爵の魔将。
「いいですよ! よくやりました!」
「ヌウウウゥゥゥッ!」
真上に高く飛び上がる魔将。
「そんな事をしても無駄だ! 逃げられんぞ!」
「空ならば逃げ場はない! むしろ的だ!」
近衛騎士達は足を止め、空の魔将に魔法を放つ構えを取る。
「いや、違う! 離れろ! 最初の爆発が来る!」
「「!」」
「「何っ!?」」
カッ――!
地面に落ちた魔将の腕が最初と同じ光と衝撃波を放つ。
魔将の異常なエネルギー量は非常に不安定。
少し本体と切り離されるだけで容易に爆発するのだ。
初見で倒したと思いきや、自爆に巻き込まれて全滅したプレイヤーも多いだろう。
炸裂した距離が近く、近衛騎士達が全員巻き込まれてしまう。
「「ぬ、ぬぅぅぅぅ……!」」
「「まだ、まだだ……!」」
弾けたのは片腕だけだ。最初の爆発程の規模ではない。
俺の警告で防御姿勢も取っていたため、致命傷にはなっていないようだ。
だがダメージは大きい。よろめきながら何とか立つ、という様子だ。
「止メヲ刺シテクレル!」
散らばった近衛騎士達の各個撃破に動く魔将。
「まずい……!」
魔将のダメージも決して小さくはない。片腕は切断されているし、全身傷だらけだ。
だがこちらの近衛騎士達はそれ以上。
何より一人が攻撃を受ける時に、フォローする連携に動けていない。
ダメージが大き過ぎるのだ。
そして魔将の傷はじわじわと確実に塞がって行く。強烈な自己再生能力故だ。
このままでは、いずれ腕まで再生するだろう。
何とかするなら、今しかない。これ以上は手の施しようが無くなる。
「一か八か……やるしかないか!」
俺は極めて真剣な顔をして、剣をその場に突き立て、邪教の鎧兜を脱ぎ捨てた。
ついでだ、上半身の服も脱ぎ捨てて裸に。
「メイル……!? な、何をやっているのですか?」
セネリオ王子が戸惑っている。
「考えがあります!」
防御力は低ければ低いほどいい!
それにもう一つの理由もある。
「アネット! 俺が言う位置を魔法で撃ってくれ!」
「ごめん。魔法が封じられて、まだ効果が……」
「私がやります! どこですか? メイル」
「じゃあ、あそこに!」
俺がセネリオ王子に指差したのは、魔将のいる位置と俺の位置の直線状の地面だ。
ここに大きめの穴を配置したい。
「分かりました!」
セネリオ王子の放った魔法弾が、思った通りの場所を抉る。
「よしアネット! お前も服を、悪いけど作戦だ!」
俺はアネットの服を剥ぎ取りにかかる。
「え? あ……はい――」
既に胸元が破られてはだけているが、残りも全部だ。
しかし、こんな事に素直に従うアネットもらしくない。
が、今は助かるのも事実だ。
俺は下着姿のアネットを後ろから抱くような姿勢を取る。
右手を胸元に、左手を太腿の辺りに這わせる。
まるでそういう漫画とかアニメとかゲームとか、そのパッケージのイラストだ。
これで完璧。俺は大きく声を張り上げる。
「おいホロウ公爵! これを見ろ! アネットは俺のモンだぞ! ははははっ!」
ホロウ公爵の魔将はこっちを見て、ビクンと身を震わせる。
「アネット! アネットオオォォォォ!」
先程腕を斬られた時よりも、苦しそうに身をよじらせる。
「殺ス殺ス殺ス殺スウウウウウウゥゥゥッ!」
そして脇目も振らず、こちらに突進を開始する。
――よし、かかった!
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