陵辱
「どうして……い、いえ、あなた、体は大丈夫なのですか?」
セネリオ王子が俺を心配するのには理由がある。
彼女の身には強力な魔法印が刻まれている。
それは彼女が女性であると気付いた者の記憶を消去する効果だ。
そしてその消去には肉体的な苦痛も伴い、下手をすれば気づいた者の命も危ない。
それによって何人も傷つける事になった彼女は、細心の注意を払って生きるようになった。
自分のせいで他者を傷つけてしまうのが恐ろしいからだ。
女王の前例のない国で、自分の子に王位を継がせたがった王の妄執である。
「気づいた者はただでは済まない。でも、知っている者がこれから気づく事はありません。これが預言、という事になりますか?」
予言という名のゲーム知識である。
「なるほど……やはり只者ではありませんね」
「やはり?」
事前に、俺について何か知っていた?
「ええ――メイル。あなた、ケルビンから『女神の聖水』は受け取りましたか?」
「!? 何故それを?」
今度はこちらが驚かされる番だ。
「私とケルビンは剣の同門。兄弟弟子なのです」
「ケルビンと……!?」
「ええ。その彼が、あなたに譲るための『女神の聖水』を用意して欲しいと言ってきました。何か大きな使命があるようだから、と」
「なるほど、だから……!」
グレン子爵邸で見つけた『女神の聖水』が、容器も移し替えられていなかったのだ。
あれはケルビンの家の家宝ではなく、この人に工面して貰ったもの。
俺が思っていたより遥かに、ケルビンとセネリオ王子は親密だったのだ。
「ケルビンが見込んだあなたが彼を殺めたと聞き……違和感がありました。真犯人が別にいるのならば、私はそれを明らかにしたい。それがケルビンへの手向けとなるでしょう」
これは、ケルビンに足を向けて寝られない。
あいつの行動により、セネリオ王子が最初から俺の冤罪を疑ってくれていたのだ。
流石、正式な主人公のパーティーメンバー候補だ。
「あなたが冤罪となれば、半面疑わしいのはホロウ公爵の側ですね。ですが、どうやってそれを暴くか……何か考えはありますか? メイル」
「……使いを出して、俺を捕えたので連行すると伝えて貰えますか? そうすれば向こうも油断して、尻尾を出すかもしれません」
「本隊より秘かに先行してそこを抑える、というわけですね」
「はい」
見てろよ、ケルビン。仇は討ってやるからな。
◆◇◆
ホロウ公爵邸――
ドアをノックする音が聞こえ、アネットは目を覚ます。
部屋の中が甘い香りに包まれている。
執事が持って来てくれた、心身を鎮める効果のあるお香らしい。
だが特に、効いているような気がしない。
今もまだ、ノックに返事する気力すら沸かない。
眠っていたい。
何も考えずに済むように。何も思わずに済むように。
だがその願いは叶わず扉が開く。
「アネット。入るぞ」
「あ……お父様」
父、ホロウ公爵だった。
「よい。そのままでいろ」
迎えるために立ち上がろうとするところを止められる。
椅子も用意していないので、公爵はアネットのベッドサイドに腰掛ける事になる。
「何かご用ですか……?」
「うむ。それよりどうだ、執事の持って来た香は? 少しは楽になったか?」
「はい。ありがとうございます」
アネットは気丈に嘘を吐く。
父であるホロウ公爵の前だ。
その娘として、情けない姿は見せられない。
「そうか……逃げていたメイルは捕えた。セネリオ王子も明日には到着なされるだろう。これでもう終わりだ。安心していい」
終わり。終わり、か。
自分にとってはもうとっくに終わっている。終わり過ぎている。
安心できる話でもない。そういう問題ではない。
何をどうすればよかったのだろう。
分からない。分からない。分からない。
必死にこらえていると、体がぶるぶると震えてきた。
内なる感情がこんなにも体に影響するものなのだ。
その震えを鎮めてくれたのは、父親の大きな手だった。
「無理をせずともよい。そんなに震えて」
頭を撫でてくれる温もりが、心地良い。
もっと小さな子供の頃、何かあるとすぐ泣いて、抱っこして貰っていた頃を思い出す。
今は、あの時に戻りたい。
「……お父様ぁ」
自分から抱き着くと、逞しい太い腕がしっかりと受け止めて、包み込んでくれた。
「お前には私がいる。私がいるからな」
「はい……!」
暫くそのまま、父に抱き締められて子供のように泣きじゃくって――
ようやく少し、落ち着いた気がする。
「ありがとう、お父様。少し落ち着きました」
アネットは顔を上げて、父親に微笑みかける。
「アネット。お前は……」
「はい?」
ぼすっ!
勢いよくベッドに押し倒された。
「え……?」
よく意味が分からずきょとんとしてしまう。
「本当に美しくなった。母に、コレットに生き写しだ」
違う。父が自分を見る目が。
頬を撫でる手に、先程までの安らぎを感じない。
逆の手が、豊かに育った胸の膨らみに這い上がって来る。
そこに太い指先がむにゅりと埋もれると、背筋に悪寒が走った。
アネットを通じて、幼い頃に亡くなった母を見る目。
それは、男が女を見る、欲を孕んだ眼だ。
父の顔が目の前に近づいて来る。
「い、嫌っ!」
悲鳴を上げてベッドから逃げ出す。
扉を開けて部屋の外に飛び出そうとしたが――
「あ、開かない……!?」
重い。動かない。
外から押さえつけられているようだ。
「だ、誰か押さえてるの!? 開けて! 開けなさい!」
「ほっほっほ。そう仰いますな」
扉の向こう側から執事の声がする。
「お父上は情の深いお方。奥方様しか愛せぬのです。唯一の例外は、同じ面影を持つお嬢様……あなたでございますなあ」
「ば、馬鹿な事を……!」
「お世継ぎはお嬢様がお産み下され? これでホロウ公爵家も安泰です。骨を折った甲斐があったというもの――ほっほっほ」
「骨を折った? あんた何をしたの!? 答えなさい……!」
しかし答えは無く、ぐいと肩を引っ張られる。
「アネット。こっちにおいで」
いつの間にか上半身が裸。黒光りするような逞しい肉体だ。
だがそれが気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
「星よ! 光よ! 我の元に集え……!」
とうとう『星』の魔法を使って抵抗する事になる。
それ程に深刻な身の危険だ。
だが――手応えが無い。
「ま、魔法が発動しない!?」
「この香は封魔の香だよ、アネット。お前が素直になれるように、な」
「な、何が……きゃああぁぁぁぁっ⁉」
再び力づくで、ベッドに引きずり込まれた。
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