セネリオ王子
俺が街に着いたのは、空が白み始める夜明け近くだった。
まだ脱獄した俺への手配は回っておらず、この時間なので街は静かなものだ。
だがその一部だけは、人が大勢集まっていた。
そして、沈痛な哀しみに包まれている。
それが、俺の目的地である道具屋だった。
「可哀想に……」
「まだ小さい子供も、一家全員だよ」
「グレン子爵家もだし、最近物騒だね」
集まった人達が囁き合っているのが聞こえる。
それでもう、俺には何が起きたのか半分察しがついた。
「済みません、道具屋に用があったんですけど、これは何かあったんですか?」
近くにいた人に聞いてみる。
当然俺と分からないよう、フードで顔を隠して。
「ああ。それは無駄足になっちまいましたね。道具屋一家は全員亡くなったんです。強盗か何かの仕業らしいですが……」
やはり――やられた!
これは口封じ。
俺がここで毒を買っていないと証言出来る人間を消し、既成事実化するつもりだ。
となると俺から見ればあの執事は間違いなく黒。
俺を陥れようとしている。
アネットの親父さんは、黒に近いがグレーか。
何も知らずに騙されている可能性もある。
ただ、俺が話しても無駄ということは確かだ。
となると、俺はこれからどうする?
証人なしでセネリオ王子に面会して良識に掛けるか。
実家のファーム侯爵家に逃げ込むか。
このどちらかだろう。
――よし!
前者だ。
実家に逃げたとしても、下手すれば俺を庇うファーム侯爵家とホロウ公爵家の戦にもなりかねない。
俺としては、さすがにそれは望まない。
それに、もう既にファーム侯爵領への道は封鎖されている可能性も高い。
反対に、セネリオ王子が来る王都方面は緩いはず。
あちらからすれば、セネリオ王子がやってきた時に俺が脱獄しているなど、あってはならない失態だ。
それを気取られかねないような物々しい雰囲気は出したくないし、到着は俺を確保してからがいい。
だから到着を早めるような迎えの使者も出さないだろう。
方針が決まれば、即座に動くべき。
モタモタしているとこの街にも手配が及ぶだろう。
俺は街で貸し馬を借り、即座に王都方面に向かった。
そして、一昼夜を全速で駆け抜け――
ホロウ公爵領の端の辺りで、セネリオ王子の馬車と、護衛の騎士達の集団を発見した。
予想通りこれまでは、公爵家の追手に捕捉される事は無かった。
「セネリオ王子! セネリオ王子様の御一行とお見受けします!」
俺は馬を飛び降りると、その場に恭しく跪く。
「何者だ!?」
護衛騎士の一人が俺を詰問する。
「ファーム侯爵家嫡男、メイル・ファームです!」
「メイル・ファーム!?」
「グレン子爵家殺しの犯人が、どうしてここに……!?」
色めき立つ護衛の騎士達。
「その事について、どうしてもお話したい事があり、ここへ参りました!」
「では、お話しを伺いましょうか」
馬車の扉が開き、そこから凛とした声がする。
降りてきたのは、鮮やかな金髪の美形の少年だった。
王子様オブ王子様と言ったような気品が凄い人物である。
この人が我が国の主人公候補、セネリオ王子だ。
やはり俺を無碍に犯罪者扱いせず、話を聞いてくれるようだ。
流石主人公は器が違う。
「あ、ありがとうございます!」
「あちらへ。丁度良い岩があります」
「お、王子様! そのような者に、危険です!」
「馬車内より開けた場所のほうが安全でしょう?」
そう応じるセネリオ王子に従って、開けた場所で岩に座って向き合う。
「ホロウ公爵の知らせでは、あなたはアイン城に拘束している筈ですが?」
「あちらは俺に罪を着せるつもりのようでしたので、仕方なく脱獄しました」
「一体どうやって……? 警備は厳重だったのでしょう?」
「あそこは古代の遺跡跡です。まだ生きている機能を使って、牢を破壊しました」
「そんな事が!? なるほど、あなたは……」
何か真剣な顔で頷くセネリオ王子。
「どうかしましたか?」
「いえ。それではあなたは冤罪だと仰るわけですね? 証拠はありますか?」
「物的なものは、何も……ですが、彼らは嘘を言っています。ケルビンやグレン子爵家を殺した毒を、俺がホロウ公爵領で買い占めたと」
「それが違うと?」
「はい。ホロウ公爵領では買っていません。証人を用意したかったんですが、既に殺されていました。これは逆に、不都合だったから口を封じたという状況証拠にはなると思います」
「なるほど」
頷いてくれるセネリオ王子。
とはいえ証人よりは主張としては弱いか。
だが、俺としては主人公候補の良識と器に掛けるしかない。
「ではあなたは、ファーム侯爵領の毒薬は買い占めたのですね? 何に使いました?」
「『霧の古遺跡』で修業をするためです。敵に毒を」
「それでその覇気を?」
「はい」
「何のために力を欲するのです?」
「伝承にある『滅びの星宣』から、世界を救うために」
それは、この世界に残された滅びの予言だ。
「確かに、教会の文書にそのような記載は残されていますが……眉唾物ですよ? それに備えているのですか?」
確かに、ノストラダムスの大予言みたいなものと捉えると胡散臭い。
だが、それが実現して世界崩壊が進行して行くのがこのゲームの正史だ。
「はい。必ず起こると」
間違いない。それがゲーム正史だから。
とはいえ現時点で眉唾物なのは確かだろう。
実際にゲーム本編の時間にならないと。
「ふうむ……あなたは預言者か何かだ、と? であれば何か他にそれらしい情報も伺いたいものですが……」
ある。
信じてもらうためには、その開示もやむを得ないだろう。
逆に危険かも知れないが、今だって危険だ。
「では、とっておきの情報を。お耳を」
「ええ」
「他に俺が知っているのは……あなたが女性である事を隠しているという事ですね」
「!」
セネリオ王子が驚いてこちらを見てくる。
そう、この人はそうなのだ。
しかも正史の中では、他の誰にもそれを悟らせずにクリアまで行く。
そして、エンディングでは国を出奔することになる。
そこでは完全に女の子の姿になっていて、誰も彼女を見つけられなかった。
ただの町娘として平凡に暮らしたい、という願いを叶えたハッピーエンド、というわけだ。
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