脱獄
深夜。
草木も眠る丑三つ時。
看守も寝落ちする丑三つ時。
脱獄にはもってこいの丑三つ時。
「……よし」
俺は寝たふりの状態から身を起こすと、小さく呟いた。
さて脱獄しますか。
俺は知っていたのだ。この城の牢獄には秘密がある。
ここは元々古い時代に建てられた城。
現在でもそれを補修、増築を繰り返して使っている。
皆古いだけの普通の城だと思っているが、違う。ただの古城ではない。
その本質は『霧の古遺跡』と同じ、古代の遺跡なのだ。
ただ、『霧の古遺跡』のように現役で稼働はしていない。
ごく一部の機能が秘かに、死んだように眠っているのみ。
そしてその眠っている機能……この地下牢にある。
だから大人しくここに囚われたわけだ。
これが別の場所だったら、アネットに助けを求めざるを得なくなっていた。
そういう意味では巻き込まずに済んだ。
向こうは俺の逃げ場を塞いだつもりだったのだろう。
が、逆に俺に地の利を与える事になっていたのだ。
俺は暗闇の中、牢の石壁に慎重に指を這わせる。
大小不揃いな石を敷き詰めたそれは、如何にも古めかしい代物だが――
その中にいくつか、他と手触りのやや違う箇所がある。
そこを押し込む。かなり力を込めて、全力で。
たっぷり数秒長押し。
するとぽうっと緑色の光が浮かび上がる。
古代文字で『5』の光だ。
当然古代文字なんて読めないが、ゲーム知識としてこれが『5』である事は知っている。
それは放置して他の手触りの違う所も長押し。
次は『8』の光が浮かび上がった。あぁハズレだ。
だが諦めずに続け、数字に対応する光を揃えて行く。
暫くして、必要なものが揃う。
これはキーボードのようなもの。
アクティブになった光に順に触れて行く事によって、指示を出すのだ。
そして――『3』『7』『5』『6』『4』と揃えて行く。
悪趣味な語呂合わせだ。
が、確かにそれに相応しい事が起きるのもまた事実――
シュウウウウゥゥゥゥッ!
壁や床の一部が変形して行き、そこから『霧』が散布される。
これは『霧の古遺跡』に立ち込めていたものと同じ。
『ミストベア』のような魔物を生む魔性の霧だ。
今は牢屋として小分けに仕切られているが、ここは元々一つの大きな空間だった。
その用途は大人数の収容所、あるいは処刑場。
閉じ込めて、必要に応じて魔物を生む霧で処分する。そういう場所だったのだ。
また、あえて敵に占領させておいてから霧で魔物を生み、攻撃させて混乱に陥れるという空城計にも使われていたらしい。
ゲーム内のフレーバーテキストではなく、設定資料集からの引用だ。
グウウウゥゥゥ……
魔性の霧が、早速古代の処刑人たる魔物を創り出す。
それは、俺にとっては馴染みの顔だった。
「よ、久しぶり。元気してたか?」
俺は牢の外側の通路に生まれた『ミストベア』に呼びかける。
ゴアアアアアァァァァァッ!
だが向こうから帰って来たのは、殺意マシマシの咆哮と剛腕だ。
その一撃は鉄格子に阻まれ届かないが――
ドゴオォォッ!
牢の鉄格子をひしゃげさせ、伝わった衝撃が床や天井の石畳を崩す。
人が通り抜けられる隙間が空いた。
「ありがとな! 持つべきものは友達だな!」
すかさず隙間から牢の外に抜け出す俺。
しかし『ミストベア』も感動の再会とばかりに俺を追いかけて来る。
俺は丸腰で、防具も無い。追いつかれたらひとたまりも無い。
しかも単純な脚なら向こうの方が早い。
こういう時は――
「うわあああぁぁぁっ!? な、何だ!?」
寝落ちしていた看守の兵がようやく気付いて起き出して来ている。
「た、助けてくれぇぇぇっ! いきなり魔物が!」
被害者のふりして、人に押し付ける!
「馬鹿! こっちに来るな! 何を逃げてる!」
「俺が死んだら王子様の裁きを行う前に勝手に私刑した事になるぞ! ホロウ公爵が処罰されてもいいのかよ!?」
俺はさっと兵士を盾に、彼の後ろに逃げ込んだ。
「くっ……! 炎よ矢を為せ!」
魔法の炎の矢を『ミストベア』に放つ兵士。
『ミストベア』は素早く屈んでそれを避ける。
避けられたが脚は止めた。それだけでも偉過ぎる。
流石兵士の質が高いな。俺の監視が重要視されていた証でもある。
これで突進の勢いは止まった。
『ミストベア』は看守の様子を窺って睨み合う姿勢だ。
「俺も手伝う! 俺の荷物は何処だ!?」
この兵士だって命は惜しい。
『ミストベア』相手に助太刀は必要で、俺の手も借りたくなるだろう。
「そこの扉奥! 物置だ! 敵襲! 敵襲ーーーーッ! 魔物が出た! 救援を!」
兵士がそう叫ぶ中、俺は扉奥の物置に飛び込む。
邪教の鎧兜に、『霧の古遺跡』での毒沼耐久スリップレベル上げで使っていた両手剣。
ガイィンッ!
身に付けて飛び出すと、先程の兵士が『ミストベア』の攻撃を何とか凌いでいた。
やるな。剣で対抗しようと言うのは諦めて、両手で盾受けしつつ魔法で牽制しようと言う構えだ。
これなら――
「よし……頑張ってくれ! お前ならやれる! じゃあな!」
「あっ!? てめええぇぇぇぇぇぇっ!」
兵士の悲鳴を聞きながら、俺は地下牢を飛び出す。
しかしすぐ目の前に、騒ぎに気付いた救援の兵達が集団で向かって来る。
ここで下手に動揺を見せるとまずい。
「やっと来てくれたか! おいあんたら! こっちだ! 早く!」
俺は必死な顔をして兵士達を手招きする。
「メイル・ファーム!? 何故牢から!?」
「そんな事を言ってる場合じゃない! 魔物が出て牢も壊されたんだ! 早く何とかしてくれ!」
俺は牢獄の中を指差す。
「何……!?」
ゴアアアアァァァァァッ!
「うおぉぉぉぉぉぉっ! 早く救援……! 誰か助けに来てくれええぇぇぇぇぇっ!」
短い階段の下から戦いの声が聞こえる。
「ほ、本当なのか!?」
「一体何が……!?」
兵士達の注意が牢獄の中に向く。
その隙に、俺は地上への階段へと駆け出していた。
「メイル・ファームが逃げるぞ!」
遅いな!
すでに俺は階段を駆け上がり、一階のフロアに踏み込んでいる。
このままフードで顔を隠して、外に駆け抜け――
「あっ! 脱獄か!?」
フロアに出た所でまた敵に出くわした。
動きが早い。
「ぬぅ……! この騒ぎも貴方の仕業か!」
それに、俺をここに連れて来た騎士もいた。
あの時も配下を率いていたし、隊長格の騎士なのだろう。
前は騎士隊長と部下の兵に塞がれている。
「逃がさんぞ!」
後ろ、牢屋に駆け付けた兵の一部が階段を昇って来る。
前も後ろも――なら、上!
ここの構造は地下から上の階にも繋がる折り返し階段だ。
上はまだ空いている。
俺はそちらへと駆け上がって行く。
「無駄な足掻きを!」
俺を追おうとする騎士隊長。
「隊長! 地下牢に魔物が! 下で苦戦中です!」
「ならば半数は応援に回れ! 私もメイルを捕らえてから向かう!」
これで追手が半分。
指示を出した騎士隊長は即座に俺を追いかけて階段を駆け登る。
「この卑怯者が! 待てえぇぇぇぇっ!」
――なら、お望み通りにしてやろう!
俺は足を止めて、後方を振り向く。
「む!? 自ら足を止めるとは、逃げ切れぬと判断したか!」
「来いよ……! そうすれば分かる」
両手剣を構えて、迎撃の構え。
勿論、諦めたわけではない。
ここは防衛拠点としての戦城。迎撃のために意図的に階段は細く絞られている。
その中腹なら、敵は縦一列にならざるを得ない。
城マップは俺の庭。ここは俺の大好物の袋小路だ。
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