冤罪
「アネット殿。少々よろしいかな?」
穏やかそうな声に呼び止められる。
まだ、ファーム侯爵家の館の中。
屋敷の玄関に繋がる階段を降りた所だ。
「おじさま?」
メイルの父、ファーム侯爵だ。
メイルと違い、温厚そうな紳士だ。
「メイルは何と? 学院へは……?」
アネットは無言で首を横に振る。
アネットの言葉はメイルには届かない。
婚約者として申し訳なく思う。
「そうか」
ファーム侯爵は深くため息をつく。
その気持ちが、アネットには痛いほどよく分かる。
「ではアネット殿、暫くこちらには来られぬように。明日からは警備の兵にも取り次がぬように申し伝えておきますゆえ」
「え!? ちょ、ちょっと待って下さい、おじさま! どうしてそんな事言うんですか……!?」
メイルは今が大変な時だ。
誰かが寄り添って、支えないと。
「御身の事を考えられよ。このままでは君にまで害が及びかねん……!」
「あ、あたしが共犯だって思われるってことですか?」
「それだけで済めば、まだいい。最悪あの子は、君にまで危害を……」
「そ、そんな! それじゃあいくら何でもメイルが可哀想です!」
アネットが声を上げると、ファーム侯爵は頭を抱えてしまう。
「分かっている、分かっているのだが……最近のあの子は変わった。話していても落ち着いているし、知性さえ感じさせる事もある。以前は粗暴で浅はかだったが、自分で修行までしておるそうだ」
「はい」
「私はそれを喜んでいた。いい変化だと」
「あたしも、そうです」
「だがそれが、あの子の持つ歪みが更に歪んで、たまたま上辺だけが良くなったように見えていただけかも知れぬと」
同じだ。アネットが抱えていた恐怖感と。
「おじさま……あたしも、あたしもです」
だから何度も頷きながら、ファーム侯爵の背中を擦った。
今一番、自分がこの人の気持ちが分かる。
「そうでなければいい、取り越し苦労であってくれればいい。だがあの子の親として、間違いを起こす可能性は減らさねばならん。分かってくれ」
「……わかりました、おじさま。言う通りにします」
ファーム侯爵はファーム侯爵としてメイルやアネットを案じた結果だ。
だから、受け入れるしかないだろう。
「お父上に、ホロウ公爵に伝えてくれ。もしもの場合、私が全ての責任を負うと……」
それが、アネットがファーム侯爵と交わした最後の言葉だった。
◆◇◆
翌日――
「さあ、お入り頂こう」
「っ! そんな手荒にしなくても、抵抗しないって!」
俺はホロウ公爵領の騎士の手で、公爵領内のアイン城塞の一室に放り込まれていた。
「そのような武装をされては、疑わしいものです……!」
そう返されたのは、学院のローブの下に邪教の鎧兜を装備して来たからだ。
今のでフードが捲れて兜が見えてしまった。
「まあ、よかろう。よく来たな、メイル」
部屋の中にいた頑強な武人然とした人物が俺に向かって言う。
アネットの親父さん、ホロウ公爵だった。
「はい。お久しぶりです」
「まあ座れ」
「どうぞ、こちらに」
アネットの執事もいて、俺に椅子を勧める。
「ああ」
その前にはベッドがあり、若い男がうなされていた。
「彼がグレン子爵邸の生き残りだ。何とか意識が戻りつつある所だ」
ホロウ公爵も椅子に腰掛け、男の容体を見守っている。
「お加減はどうですかな? お話しは出来ますかな?」
執事の呼びかけに、男はうっすらと目を開く。
「こ、こいつだ! こいつがあの時館に!」
目を見開いて指差すのは、俺の方だ。
「な、何を言ってるんだよ!?」
「とぼけるな! そんなおかしな兜の奴が他にいるか! 誰かこいつを殺して下さい! ご主人様やケルビン様達の敵! こいつを! ぐうっ!?」
興奮した男はそのまま白目を剥いて、ばたんと倒れてしまう。
「おいしっかりしろ! 起きてくれ! よく思い出せ、お前が見たのは……」
しかし俺の呼びかけに返事はない。
グレン子爵邸で見せられたのと同じ、物言わぬ屍だ。
「最後の力を振り絞って我々を導いて下さいましたか、ご立派ですぞ」
執事は深く頷きながら、亡くなった男の姿勢を正し、整える。
「メイルよ。何か申し開きはあるか?」
そして、アネットの親父さんは立ち上がって剣を抜く。
それが、俺の肩口に突きつけられた。
凄まじい迫力。
そして怒りが伝わってくる。
部下一家が皆殺しにされたのだから、その怒りも当然ではある。
「……俺はやっていません」
俺としてはこう言う他はない。
「先程の男はお前を見て犯人だと言っていた。それは何故だ?」
「分かりません」
何者かが俺を陥れようとしているのだとしても、死を間近にした男に嘘の証言を仕込めるか?
いや、出来ないだろう。
だから彼は本当のことを言っている。
本当にそう思っていたのだ。
何故だ? 何故そうなる?
「グレン子爵家を殺したのは毒薬だ。お前が先日買い占めたという……な」
「メイル様の買い占め以来、毒薬は売り切れが続いており、こちらでもファーム侯爵領でも手にはいらぬそうです」
執事が親父さんの言葉を補足する。
「……!?」
それには違和感がある。
「いや、俺が買い占めたのはファーム侯爵領だけです。そっちのほうは知りません」
「ほう……?」
「良く調べて下さい。きっと真犯人を掴む切っ掛けが……!」
「これは異な事を仰る。そのような報告は受けておりませんが?」
「だったらその報告が間違ってると言ってる!」
この執事が嘘を言っている? それとも別の誰かが彼等も欺いている?
現時点で誰が信用出来るかが分からない。
「よかろう。調べてやる」
親父さんがそう頷いてくれる。
「ありがとうございます」
「だが現時点では、お前が我々を謀ろうとしているとしか考えられん!」
礼を言う俺を突き放すように目を見開く。
「事が明らかになるまで、お前はこの城の牢で拘束だ。もし嘘を言っているのなら、覚悟しておけ……!」
それについては異論はない。
疑いがかかるのも当然だろう。
だが俺は何もしていないのだから、必ず疑いは晴れる……といいな。
「では、お越し頂きましょう」
騎士が俺の腕を掴んで、部屋から引っ張って行く。
「分かった、分かった」
部屋を出て行く背中に、親父さん達の声が聞こえる。
「王都のセネリオ王子に使いを出しておけ。事は我がホロウ公爵領とファーム侯爵領の諍いになりかねん。ならば王家の裁定を頂く必要がある」
「は。承知致しました」
セネリオ王子?
ここでその名を聞くとは。
このゲームは主人公選択制。
主な舞台となる五つの国に、それぞれの主人公候補がいる。
セネリオ王子はその主人公候補の一人なのである。
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