玖話 コノカンジョウノナハ
鈴音を壁に追いやった政宗は、低い声色で言葉を発す。それは、威圧的で明るいものだった。
「なぁ、鈴音ェ。オマエさぁ、清明とヤったろ?」
「え?何のこと...」
「ハハ、見ればわかる」
「...」
「そう怖い顔するなって」
「こんなところに連れ込んでそんなこと言って、何がしたいの?」
「いやぁ、俺ともヤらせろ」
「...嫌だ」
「いいじゃねぇか、清明とはヤったんだろ?」
「それは、清明くんが好きだから」
「あぁ、知ってるさ」
「...え」
「好きな奴のことは目で追ってしまうだろ?そして、外野から見ている分よくわかるんだよ」
「じゃあさ、なおのことやめてよ」
「だからこそ止められねぇんだよ‼このままだとオマエはあいつのモノになってしまう!それはだめだ」
「...そんなの、無いよ」
「あぁ、最低なのはわかってる。けど、オマエと同じ方法だよ」
政宗は鈴音のリボンを乱暴にほどき、ボタンを引きちぎるように外していく。
「ねぇ、止めて。やめてよ、止めて、お願い、止めて、それは清明くんのモノ、やめて、けがさいないで、お願い、やめて、止めて、辞めて、病めて、やだ、いやだ、嫌だ、お願い!!助けてぇ!清明くん‼」
それは拒否と救いを求める声だった。
この声を、これから起こることを無視すれば、俺の俺たちのこの歪んだ関係は終わるはずだ。
でも、仕方がないじゃないか。体が勝手に動いてしまったんだから。
壁の影から飛び出して、政宗を殴り飛ばす。
「離れろ、クズ野郎」
鈴音を見ると、驚きで目を丸くしていた。ワイシャツは半分以上ほどけていて、見えてはいけないものが露出していた。
それを政宗に見せる気がわかず、なんとなくブレザーをかぶせた。
すると、ハッと恥ずかしさと驚きを顔に表し、嬉しそうにブレザーを握りしめる。
俺は再び、政宗へと視線を向ける。
「おいおいおいおい、テメェが俺に勝てると思ってんのかァ!?清明ィィィィ!!」
怒りを混ぜた咆哮。それはこの一瞬だけの憤怒ではなかった。
積もり積もった怒りが一気にあふれ出したかのような爆発だった。
「どんな手を使ってでも殺す」
自然とその言葉が口からこぼれていた。意外と俺も怒りを抱いていたようだ。
確かにそんな感じの感情がある。
目の前にいる奴を殴らなければ気が済まない。殴りたい。これ以上声を聞きたくない。黙らせたい。
チャイムの音が鳴り響くのと同時に、俺たちは互いに駆け合い始める。
互いの拳はすれ違い、お互いの頬を強く殴りつける。
その勢いで口の中を切ったのだろう、口から血がターと垂れる。
でも、不思議と痛みはない。ただ、怒りしかない。
向こうとて同じだろう。
ハハ、俺たちは親友だったのにどこを間違えたんだろうな。
再び、拳が飛んで来る。俺は重心を後ろにそらし、バネの原理で向かってくる拳に頭突きを当てる。
頭から少しだけ痛みがあり、血は出てはいないが腫れるか痣になるかするだろう。
このクズ野郎だけは許せない。どんな痛かろうと、止めない。止まらない。
「ってぇな」
政宗の拳には血が滴っていた。それでも、彼は向かってくる。
「俺はなぁ、オマエが嫌いなんだよ!!毎回毎回、良いところはお前が持っていく。鈴音も香苗も二人とも...」
「あぁ?何のことだ?お前の方が人気もあってかっこいいこともしてた。そして、モテてただろうがよ!!」
「かもなぁ、でも本当に欲しいもんは全部オマエが持っていきやがった」
そう言いながら、大ぶりな蹴りを放つ。
そのけりが俺の腹に直撃し、喉の方まで焼けるような液体がこみあげてくるように感じた。
そして、腹に来る痛みに屈みそうになるのだが、堪え次の手を放とうと拳を振るうのだが、何かに手首をつかまれて止められる。
「止めろぉう!!」
見ると、進路指導部の軍 恭兵がいた。
それを良い気だと言わんばかりに政宗が俺に殴り掛かる。だがそれも、扉から来た先生によって止められる。
生徒指導部の御李澤 羅漢 。通称、ゴリラ。
この二人に見つかったということは、結構な大問題になるんだろうな。でも、そんなことはどうでもいいから奴を...!
もうひとり来た保健室の先生の憲寺院 法子は、鈴音の方に駆け寄ると寄り添うように話しかけていた。
俺らは乱暴に進路指導室へと連れていかれた。
俺たちは二つの部屋に分けられ、取り調べとも思える先生との話し合いが始まった。
「なぁ、お前らなんで喧嘩してたんだ」
軍先生は、威圧感はあるものの優し気に言葉をかけてくる。
「...言いたくありません」
「ハァ、聞ぃてるで。お前の痴情のもつれについてなぁ」
「誰から聞いたんです?」
「クラスの奴らァ、さわいどったで」
「そうですか...」
「原因はその辺だろぉう?この変人が多い学校でも、また様変わりした例だなぁ」
そういえば、俺は何であいつに怒ったんだろう?
あいつが人の道を誤ろうとしたから?いや、違う。
鈴音が犯されそうになったから?いや、少し違う。
あぁ、そうか。そういうことか。俺のモノに手を出されたことへの怒りからか。怒りからこう思ったのだろう。
ハハ、散々クズ野郎とか言ったが、一番のクズは俺だったのか。




