捌話 クライバショ
俺は香苗の走った方向へとただ駆けた。何処にいるかもわからないが、ただ駆けた。
けれども、多分どこか誰もいないところで泣いているのかもしれない。
この方向でだれも行かないのは階段下だ。
実際に行ってみると、香苗は泣いていた。
「誰か、助けてよ...」
香苗はそう言った。すると、俺の口から自然と言葉が漏れていた。
「ごめん」
それは罪悪感からか、それとも助けられないからかは分からない。
俺の声を聞き取ったからか香苗は少しずつ恐れているものを見るように顔を上げた。
俺の姿をとらえるとグスッとなくのをやめようと、鼻をすすり涙をぬぐう。
今にも再び泣き出しそうな表情だった。
「何で、来ちゃうの...」
「...ごめん...」
ただそう言うことしか俺はできなかった。それ以外の言葉を俺が言う資格なんてあると思えなかった。ましてや弁解なんてなおのことだ。
その俺の謝罪を聞くとなおの事、泣きそうになる。
「ねぇ、なんで裏切ったの?」
「...」
「ねぇ、なんで鈴音なの?」
「ねぇ、なんでなんでなんでなんで
なんで なんで なんで
なんで なんで なんで
なんで なんで なんで
なんで なんで なんで」
香苗は色々な感情が回ったせいか顔には不気味な笑みを浮かべ、目は開ききっていた。
「ねえ、私じゃあダメなの...?」
「...」
「ねぇ、黙ってないで答えてよ!!」
「...ごめん」
「ごめんじゃなくて...答えが知りたいの」
震えるような泣きそうな声で言った。
「ねぇ、あの時なんでそのまま振ってくれなかったの?そしたら、そっちの方が楽だったのに......」
「それは...」
「ねぇ、何か言ってよ」
「...ごめん」
「ごめんばかりじゃん、なんで言い訳も何もしないの⁉言い訳ぐらいしてよ!」
香苗の声は少しずつ強くなっていき、俺の態度も相まって怒りも強まっているのだろう。
でも、言い訳はしてはいけない。
嘘というモノはないと思う。だって...
「...それをする資格は俺にはない」
「じゃあさ、償いをして」
「償い?」
「うん、償い。鈴音と何をしたのかを全部教えて」
「...分かった。それが償いになるなら」
償いならしょうがない。
それは何に対する償いなのかもわからない。はたまた償いなんかじゃないのかもしれない。
ただ、自分が楽になるための行為なのかもしれない。
きっと、これを言えば香苗はさら傷つくだろう。それでも言おうとしている俺は、自分が楽になりたいだけのただのクズ野郎だ。
「俺は...」
それからすべての事を話した。あの日の放課後に過ちを犯してしまったこと。そして、あの写真のこと。
全てを話すと「本当?」と縋るような声で口調で言ってくる。
それに俺は「うん、本当。...ごめん」と謝罪を混ぜて返す。多分、この謝罪は自分の心を軽くするためのモノだろう。
その謝罪を聞いて香苗の顔は少しずつ明るくなっていく。
「そうなんだ...なんかごめんね。写真のことは早とちりだったみたい。でもさ、ヤってしまったんだよね?」
その表情は普段通りにも見えなくもないがどこかに影があるように感じた。
「えっと...ごめん」
俺はただ謝ることしかできなかった。
「じゃあ、罰として目をつむってこっちむいて」
あぁ、頬を叩かれるか顔に落書きされるかのどっちかだろうな。
自分で招いた結末だがこれから起こることに少し裕つになりながら、目をつむって香苗の方を向いた。
そして、覚悟を決めたその瞬間、頬に柔らかな何かが強く押し付けられるのを感じた。
驚いてパッと目を開くと、至近距離に頬を朱色に染めた香苗の顔があった。
そして、香苗の舌が口の中に入ってきて、這いずり回り蹂躙していく。
「んっんんっん!」
声にならない声があふれ出てくる。
体が熱くなるのを感じる。
思考が薄れていくのを感じる。
これじゃあ罰がたまっていくだけだ。
香苗は少しすると唇を離す。すると、互いの唇からどちらのかわからない唾液が滴る。
香苗はゆっくりと人差し指を唇の前に持ってくる。
「仕方がないから今日の罰はここまでね」
何かが晴れたような表情で、香苗は廊下の方へ小走りで駆けて行った。
俺も教室に戻ろうと思ったのだが、どうも戻るような気分にはなれないから屋上でさぼろうと階段を上る。
屋上の扉はコツさえあればとれる錠がかかっているのだが、その錠がとられて床に投げられていた。
扉を開けると、人の声が聞こえて来た。男と女の二人の声が。
その声は聞きなじみのある二つの声で、言い争い?のようなものをしていた。
一歩一歩と声の方向へと近づく。ばれないように静かに慎重に一歩ずつ。
壁からチラリとその声の発生元を見た。
「え?...鈴音、政宗」




