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17話 結婚式で誓う深淵の愛

 静まり返った夜の自室で、私はひとり、窓辺に飾られた純白のウェディングドレスを眺めていた。


 明日の結婚式のために製作されたそれは、かつて実家で継ぎはぎだらけのドレスを着ていた私が、夢にさえ見なかったほど美しかった。


 部屋を抜け出したあの日から、あっという間に時が過ぎた。

 ディラン殿下は約束通り、二度と私を縛り付けようとはしなかった。


「むしろ、私の存在感をアピールするようになったわね……」


 常に私の意見に耳を傾け、私の得意分野の仕事を任せてくれる。

 そのうえ、王宮の重臣たちの前でも、誇らしげに隣に立たせてくれたのだ。


 強欲な悪女という汚名は、殿下が徹底的に集めた証拠と発表によって綺麗に洗い流された。

 今では『聡明な未来の王妃』として、社交界でも私を称える声ばかりが響いている。

 没落した実家やカール様の悲惨な末路を聞くこともあったが、過去に囚われることはもう二度となかった。


「……明日、本当に私はディラン殿下の妻になるのね」


 鏡に映るどこか呆けた自分の顔を見つめ、そっと胸に手を当てる。

 ふわふわする高鳴りは、明日への不安ではなく、温かな期待で満ちあふれていた。


「エレナ、起きているかい?」


 ノックの音とともに扉の向こうから聞こえたのは、あの大好きな、凛とした声。

 私が扉を開けると、そこにはラフなシャツ姿の、胸元をゆるめたディラン殿下が立っていた。


「殿下……? こんな夜遅くに、どうかされたのですか? 明日は早朝から式のご準備がありますのに」


「すまない、寝付けなくてね。……少しだけ、君の顔が見たくなったんだ」


 殿下は困ったように微笑むと、手にした一輪の白い薔薇を私に差し出した。

 清らかな雪のように、真っ白な薔薇が私の手に渡る。


「入っても良いかい?」


「ええ、もちろんです」


 部屋へ迎え入れ、私たちは夜風が心地よい広いバルコニーへと出た。

 頭上には、雲のない澄み渡った夜空と、満天の星々が瞬いている。


「綺麗ですね……」


「ああ、本当に。だが、君の美しさには敵わないよ」


 殿下はそう言って私を見つめると、ふと自分の手に視線を落とした。

 あの日、鏡を殴りつけた時にできた傷跡が、まだ彼の肌に薄く残っている。


「……時々、恐ろしくなるんだ。私の愚かな狂気が、また君を苦しめてしまうのではないかと……」


 彼のサファイアの瞳に、過去が焼き付いたかのように罪悪感の影が宿る。

 私は、その傷跡の残る大きな手に、白い薔薇とともに触れる。


「これは、私をあの恐ろしい過去から連れ出してくださった手です。……私を暗闇から救い出してくれた温もりです」


「エレナ……」


「過ちは、誰にでもあります。けれどあなたは自らの間違いを認め、光のある場所へ一緒に歩んでくれました。……私にとって、この手は世界で一番安心して、信頼できる手なのです」


 私は包み込んだ彼の手に、そっと愛おしさを込めて唇を寄せた。

 彼はその熱を確かめるように、その手を引き寄せて私を抱きしめた。


「ありがとう、エレナ……。君と出会えて、愛されて、私は生まれて初めて生きていて良かったと心から思えた。私の人生のすべてをかけて愛し、守り続けると誓うよ」


「はい。私も、あなたの隣でずっとあなたを支え、愛し続けることを誓います」


 星空の下、私たちは互いの体温を感じながら、静かに約束を交わした。

 もうそこには、偽りの契約も、束縛の鎖も必要ない。

 お互いを心から尊重し、慈しみ合う、本物の絆だけがそこにあった。


 そして翌朝。


 空から光が降り注ぐ中、国一番の大聖堂の鐘が、王都中に鳴り響いた。

 私たちの物語は、ここで終わりではない。

 手と手を繋ぎ、互いを信じ合いながら歩んでいく、最高に幸せなこれからの未来が、今まさに始まろうとしている。



(……ああ、本当に愛しい人だ)


 ステンドグラスの散らすまばゆい光の中、誓いのキスを交わしながら、私は心は満たされていた。


(君は、自分の優しさと愛によって私が改心し、救われたと思っているのだろう?)


 鎖を外し、過ちを悔いて悲しそうな顔を見せれば、聡明で慈悲深い君が私を見捨てるはずがない。

 自ら私の隣に残る道を選ぶと、すべて分かっていた。


 マリアに、私の人間性を語らせたのも。

 セバスに、私の不幸な過去を漏らさせたのも。


(すべて、君を私へ繋ぎ止めるための、最後にして最高の仕掛けだったのだから……。これはきっと、誰も気づいていないだろうね)


 君がどれだけ賢くても、私の愛という檻からは、死ぬまで永遠に出られない。


(愛しているよ、エレナ。一生、私の手の中で幸せに微笑んでくれ)

ここまでご愛読ありがとうございました。

ヤンデレ的ですがハッピーエンドです。


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