第7話 ダークとローナ、不器用な日々
「お! ウサギ!!」
茂みから跳びだしたのは、青い毛並みのウサギだった。
「ご主人さま。も、森ウサギ……です」
俺たちが顔を見合わせる中、森ウサギは悠々と森の奥へ走り去ってしまった。
「残念……。森ウサギは、け、結構美味しい……です」
でもな。どうやってあの素早い生きものを捕まえるんだ? 弓か? それとも罠か? できる気がしない。二人そろって共倒れ不可避だな……。
それよりもっと気になっていることがある。ローナさん改めローナに奴隷根性が身についてしまってるということだ。オドオドした話し方、伏し目がちな視線、俺の黒い歴史を思い出させる。
「ローナ。お前……」
もっと、ハキハキしゃべれねえかと言おうとして俺は自分の頬を叩く! 馬鹿野郎! そんなこと昔の俺に言っても何も解決しないだろ。そうしたくて、してるわけじゃない。そうしないといけなかったんだろ!
オドオドしながら俺を見ているローナ。お前も俺も似たもの同士だよ。まずはお互いのことを、もっと知るべきだ。それじゃあってんで、いろんな話をしようと思ったが話題が見つからない。これから自分のやりたいことは……うん、話せそうだ。
「なあローナ。俺の夢は、この世界で……可愛い女の子と……」
ん?
待てよ。正直に話すのはいいとして、イチャイチャしたいだけって何かダサい。少しは格好つけるか。
「可愛い女を何人も身の回りに侍らせ……」
「ま、魔王ですか!!!」
こいつ断言しやがった。両手を組み、俺に熱視線を送ってくる。
「世界を征服し、び、美女を自分の足元にはべらせ、世界の富を独り占めにする……。そ、壮大な夢ですね。さすがペルケレ族」
いや。そんなこと全然考えてないよ。たった一人でいいんだよ。俺のことを好きでいてくれる子とイチャイチャしたいだけなんだ。
けれども、ローナはしきりに頭を振っている。
「ご主人さま。私の夢は、そ、そんな世界征服をする魔王様に、お、お仕えすること、です」
「正義の勇者じゃなくてか?」
目線を落としたローナは足元の土を軽く蹴ると、自嘲気味な乾いた声を出す。
「勇者が何をしてくれるんですか? これまで、な、何人もの勇者が誕生しました。でもサテンカーリ族は、ずっと、ど、奴隷のままでした!」
そうか。だから……。
「勇者が私のために、ふ、復讐してくれるんですか? 酷い目に遭わせた人を、こ、懲らしめてくれるんですか?」
俺の毎日より、こいつはもっとキツい生活をしてたんだ。奴隷なんて俺は歴史の本でしか知らない。尊厳なんか持てないに違いないよな。ローナはそのまま口をつぐんでしまい、俺もつられるように黙り込んでしまった。でも、このままじゃ、こいつはずっと奴隷のままだろう。それに俺も……。
荒療治が必要だ。
俺もこいつも生まれ変わるんなら、本当に今までと全く別の人間にならないと。
覚悟を決めろよアキラ! 異世界で憧れのエンターテイナーになるんだ!
「ローナよ。もし俺が魔王だとしたらどうする?」
「え、そ、それでは……」
「俺は部下を必要としている。お前は、そんな俺についてくるつもりか?」
大仰に手を広げながら、すっかり悪の帝王のような口調になり声を張り上げる。ま、悪の帝王なんて知らんし、魔王なんてなるつもりもさらさらないけど。
驚いたように俺の変貌を見ていたローナは、片ひざを突いて涙声になる。
「は、はい! 私は……ご主人さまにお仕えし、その、は、覇道を支える部下となります」
ま、この設定はローナの奴隷根性を直すために使うとするか。
「わかった。でも、そのままでは我が配下にすることはできない」
びくっとして、ローナは顔を上げる。
「配下になるには、容赦のない言葉使いをする必要がある。優しい言葉など不要! 相手の心胆を寒からしめる言葉を発しなければならない。それがお前にできるか?」
「で、できます」
「さっきから聞いていれば、お前はオドオドしたしゃべり方が多い。それでは俺が舐められてしまう」
必死な眼差しでローナは俺に訴えてきた。
「申し訳ありません。ご、ご主人さまを辱めることのないよう、ひ、必死で練習します」
「うむ。俺もこの世界に来て間もない。まだ、この世の決まりにうとい状態なのだ。よろしく頼む」
「はっ」
ま、まあ、こんなもんか。俺がこんな偉そうな悪の親玉になりきるのも異世界ならではだろう。昔のお人好しな俺の方が性に合ってるけど。
その日から「魔王ごっご」とも呼べるローナの奴隷根性改善計画がスタートした。
「ローナよ! お前ができることは何だ?」
「はっ! ま、魔法ではテレキネシス、占いができます」
ほうほう。魔法ができるんだな。それは頼もしいぞ。
「テレキネシス。それを俺に説明せよ!」
一瞬だけ、ローナの目に疑念の色が宿る。
「ご主人さまはテレキネシスのことをご存じないのですか?」
や、やばい! 魔王なのに? とか思ってそうだ。どうする、俺……。
「俺はこの世界に来てまだ日が浅い。それに暗黒魔法しか知らん」
強引にいくことにするぜ。それを聞きローナは、慌てて頭を下げる。
「申し訳ございません。すぐに説明させて、い、いただきます」
説明を聞く限り、思うだけで物を動かしたり、操ったりする能力らしい。じゃあ、日本のゲームなんかと同じ設定だな。
ん?
「では木の上にいる鳥や地面の鹿を、その力で押さえることはできるのか?」
「やったことがないので……。やってみます」
それを聞き、俺たちは動物がいそうな森の中に入っていく。
いた! 無防備すぎるぜ! 森ウサギ!
俺が指差した瞬間、ローナの魔法が炸裂し森ウサギはぬいぐるみのようになって動けない。そのまま近づいた俺はナイフを取り出すと、心の中で10回くらい謝ってから首を突き刺した。生暖かい緑の血が、俺の手にぬるりと流れていく。
グロい……。
拾った蔓を足にくくり付け、手頃な木の枝にぶら下げる。この血抜きが上手くできないと全く美味しくないらしい。サバイバル系youtubeを視聴していて良かったぜ。
血が出なくなったウサギの皮を剥ぎ、食べられるようにする。が、全く上手くいかない。時間をかけて可食部を切り離したけど、食べられる部分はかなり減ってしまった。最後に川の水にさらして完成。肉の塊になったウサギはグロイが、ちょっと美味しそうに見える。
肉の塊を豪快に木の棒に突き刺して火で炙る。ジュッ、シュッ、という油のしたたる音が美味しそうなリズムを奏でている。油のしたたりが減ってきたところに塩を振りかけ、もういいだろう。
肉を半分ずつに切り分け、すぐに焼いた肉を口に頬張る! 野趣溢れる味、でも美味しい!!
「美味しいですね! ご主人さま!」
「ああ、なかなかだな」
「肉をこんなにたくさん食べたのは初めてです!」
「え、遠慮しないで食べろ」
うん、これでいいんだよ!
野生のウサギ肉は生臭い匂いが全くせずに、ぎゅっぎゅっと噛み応えがある。一瞬で肉は胃袋の中に収まってしまい、満足できない俺たちは次なる獲物を探す。
結局、暗くなるまでに3匹の森ウサギを食べることができた。解体に慣れてくれば可食部分も増えてくる。満腹になり、ごろんと石の上に寝そべると何もすることがない。ネットもなければTVもない。暇だから話をするしかなかった。
好きな食べ物の話、この世界の話、スキルの話……。コミュ障を忘れたかのように、俺とローナはひたすらしゃべり続けた。
「ご主人さまは、どこから来たのですか?」
「それを説明するのは難しいな。遙か遠くからだ」
本当にどれだけ遠くなんだろう。
そうしながら何度、一緒に空を眺めたことだろう。気がつけば、この世界に来てから10日が過ぎていた。ローナのオドオドした態度は減ってきて、言葉もすらすらと紡げるようになっていた。
「ご主人さま。今日は魚を食べませんか?」
「おお、いいな。でも、捕れるのか?」
「馬鹿にしないでくださいよう」
魔法を唱えようとしたローナが異変に気付き耳を澄ます。
何だ?
確かに音がしたんだ。




