第6話 ダーク、早くも絶体絶命
「ええ? 俺たちには金を稼ぐ手段がないんですか?」
あまりのことに、俺の悪人ムーブはすぐにとけてしまった。虹髪のサテンカーリ族は奴隷になるしかなく、黒髪のペルケレ族はそもそも人前に現れないのだとローナさんはたどたどしく説明してくれた。商売人はおろか冒険者にすらなれないとローナさんは断言する。
「黒髪のペルケレ族は、あ、暗黒魔法を使います……から。お、怖れられてます」
思わずローナさんの方に向き直る。そ、それはとても重要な情報だ! 「暗黒魔法」ってすごくいい響きだぞ! 中2心をくすぐるぜ!
そうかあ、ついに自分もこの世界で「無双」しちゃうのかあ! 冒険者になってもいいんじゃね?
よ、よし! まずは、お約束のアレを試してみよう!
勢いよく石から跳び下りた俺は、さりげなく格好をつけながら、右手を広げて前に突き出す。
「ス、ステータス、オープン!」
森は静寂に包まれたままだ。
ん?
聞こえるのは川のせせらぎだけで、空中にモニターが浮かんだりはしなかった。再度唱えても何も起こりはしない。
終わった……。
日差しの眩しい河原の広場で手を前に突きだし、意味不明な言葉を発する痛い男がそこに存在していた。不思議なものでも見るような目でローナさんは俺を見ている。暗黒魔法……何それ、美味しいの?
と、とりあえず何もなかったかのように、俺はさりげなく手をポケットに入れ、石に座り直した。こ、この恥ずかしさはトラウマになるレベルだぞ。ローナさんは戸惑ったように近くの倒木にゆっくりと腰掛けて、優しい眼差しを俺に向けた。な、何だか、気をつかわせたみたいで……スマン。
川のせせらぎを聞きながら俺は思考を無理矢理に切り替える。まずはこの地獄みたいな雰囲気を変えなくちゃならない。俺のこれからのことについて方針を決め、動かないと何も始まらない。
まず、状況について整理する。
俺は異世界で黒髪のペルケレ族ってものに転生したらしい。川の浅瀬に顔を映すと日本にいた頃と年はあんまり変わってない感じだ。持ち物は今着ている黒服と、ポケットに入っていたナイフくらいだ。そうそう、眼鏡をかけているのを忘れちゃいけないな。
伝説の剣なんて、もらえなかったぜ。
その上、お約束のスキルは訳の分からない「外道」スキルのみ。しかもパッシブスキル(自動的に発動する)ときたもんだ。効果も分からず、いつ発動するかも分からない。
ヲイヲイ。結構、危機的な状況じゃね?
実際問題このままじゃ飢える。確実に飢える。すでに夕方に食べるものがない状況だ。ます食べ物を手に入れないと……いや、飲める水か? キラキラと太陽の光を反射して輝く川の水面を見つめながら、俺は物思いに沈みこんでいく。ローナさんはそんな俺を、ボサボサの虹色髪を触りながらじっと見つめていた。
「ローナさん。今、何か持ってますか?」
凄い勢いでローナさんは首を横に振り、着ているぼろ服だけだと悲しそうに答える。そりゃ、そうだ。奴隷なんだものな。
「あのう、ローナさん」
「何でしょう? ご、ご主人さま」
ん?
その言い方はどうなんだ? 俺は別に奴隷なんていらないぜ。
俺は内心の動揺を隠して、飲める水を何とか手に入れたいと尋ねる。相手は一応、俺より年上の異世界人だからね。
「む、村に行って、か、買ったらどう……でしょう?」
真剣な顔でこの回答……。俺は金を持ってないんだって! 相談した俺がバカだった。華麗にスルーして自分の考えをまとめていく。まずは火だ。これがなきゃ暖をとれない、水を沸騰させられない、料理ができない。詰みだ。
あと目の前の異世界人は、この異世界の案内人として頼りない気がする。しかも痩せすぎて女を感じない上に大食いだ。異世界で最初に出会う、お約束の美人さんでは全くない。チュートリアルがないこの世界で、この人の案内は必要ないんじゃ……。
よし、決めた!
「ローナさん」
「はい。な、何でしょう?」
俺の口調が急に改まったのを聞いて、ローナさんの目に戸惑いの色が浮かんでいる。
「ここで別れましょう。どうかお元気で!」
その瞬間、ローナさんは俺に飛びついてきた!!
ひいいいいいい!!!
ば、化け物??
「ご主人さま!! な、何でもします。ど、どうか、捨てないでくださいいいい!!!!」
お、おい。頼むよ……。髪を振り乱した〇子のように、俺の足にしがみついてきた。目や鼻から液体を出す、その姿は絶対にヒロインじゃない!!! 年上要素を微塵も感じない姿に、俺はドン引きだ。
「わ、私、行くところがないんです。このまま捨てられたら、野良サテンカーリ族として捕まえられ……」
「ど、どうなるんだ?」
「奴隷になるんです」
元通りじゃねえか。心配して損したぜ! 足にしがみついているそれを引き離そうとする。ローナさんは、がっしりとしがみついて離れない。
「野良サテンカーリ族は人間扱いされません。馬鹿にされ、動物同様に死ぬまで働かされるだけです……」
その瞬間、俺は引き離そうとしていた手を止める。差別されている中でも、一生懸命生きている人を馬鹿にするのは許せない。じゃあ、俺はこいつを助けるべきだよな。
「……分かったよ。ローナさん。じゃあ、一緒に行こうか」
安堵の笑顔と涙で顔をくしゃくしゃにしながら、ローナさんは力強い声を出す。
「ど、どこまでもついていきます。ご、ご主人さま」
ま、一人よりは安心かもしれないな。手を差し出してローナさんを立たせると、握った手に力を込める。
「お、俺のことはダークでいいよ」
「い、いえ。ダ、ダークさまと呼ぶのは、お、恐れ多い……です。ま、まずはご主人さまで」
女の子の同行者ができたというのに、俺の心はちっとも弾まなかった。ガリガリのちび助にご主人さまと言われても、正直、何も感じない。こんなに骨と皮ばっかりの女の子に言われると怪談じみた雰囲気になる。
無風。
まあ、一緒に行くと決まったからには仕事をしてもらおう。まずはローナさんに薪を拾ってくるように話す。
「わ、分かりました。ご、ご主人さま。あと……」
「ん?」
「私のことは、ローナって、よ、呼び捨てにしてください」
「年上なのに?」
「その方が、う、嬉しいんです。仲がいい感じがして」
俺は肩をすくめて首を縦に振る。まあ、それもいいか。
「私が探している間に、に、逃げるのは、なしですよう」
「信じろよ、ロ、ローナ」
その瞬間、こいつがすっごいいい笑顔になる。え? もしかして、ローナさ、いやローナって美人なのか?
俺が戸惑っていると、突然、後ろの茂みがガサガサと音を立てたんだ。




