第5話 影道くん、ダークと改名する
太陽が真上で光っている川辺で、俺は異世界の女の子と2人きりだった。この状況は何だか甘酸っぱい雰囲気❤と思われるかもしれない。
全く違うんだ。
1人は現世で虐められていたコミュ障、もう1人は異世界で虐められているガリガリな女の子で、時間が止まったかのように沈黙がその場を支配していた。
しばらくしてクウッとお腹の鳴る音で静寂が破られる。やべ、俺、そんなに腹が減ってたかと思ったら目の前の女の子だった。頬が真っ赤になってる。そうか、異世界でも腹が鳴るのは恥ずかしいのか。
俺は黙ったままプレートに手を伸ばし、そのまま女の子に差し出した。
「食べ……」
食べなよとは言えない自分のコミュ障が情けない。こんな小さな女の子に緊張してしまうなんてな。
ところが何を思ったか女の子は手で皿を揺らして、果物を地面に落としてしまう。
「はあ?!」
しかも、さっきのように手を使わないで口を地面に近づけていく。
「止めろ!」
あまりのことに俺のコミュ障が仕事をしてないらしく、すらすらと言葉が出てくる。強引に食べるのを止めさせて、俺は果物を拾い直した。女の子の様子をうかがうと、目を見開いて俺を見つめている。
「て、手を使え。行儀……悪い」
女の子はブンブンと首を振って、俺の助言を拒否している。
「だって、私はサ、サテンカーリ族ですから……」
聞けばサテンカーリ族と呼ばれる民族は虹色の髪が特徴らしく、金髪至上主義のこの世界では迫害されていると教えてくれた。ものすごく、つっかえながらだけど。
「で、手を使わないのは?」
「サテンカーリ族の手は、の、呪われているので、食べ物をさわっては、い、いけないのです」
何だよ、その馬鹿げた設定は。顔の前で大きく手を振りながら、俺は彼女の話を否定する。
「き、気にすんな。とりあえず俺の前では普通に食べろ! に、人間なんだから」
きょとんとした瞳で俺を見つめている女の子の右手に、リンゴをそっと載せる。女の子は逡巡したあげく、ついにその果肉に口をつける。
「さすが黒髪のペ、ペルケレ族ですね。きょ、教会のことわりを気にしないなんて」
そう言うとシャクリと小気味の良い音を立てて、リンゴをかじった。俺は気付かれないように安堵のため息をつく。それと聞き慣れない言葉が出てきたために、すぐさま尋ねることにする。
「ペルケレ族?」
「はい。あ、悪魔の一族って言われてます」
マジか……。転生の祝福が全く感じられない。俺は悪魔の一族とやらに転生したのか。俺、日本人だから黒髪なのに……。気落ちしながら彼女に視線を移すと、めっちゃリンゴを頬張ってる。ハムスターレベルの頬の膨らみが、可愛いというか、悲しいというか……。
「く、黒髪はモグモグ、ペルケレ族のと、特徴でモグモグ……す。」
食べるか、しゃべるか、どっちにかにしようね。
俺の見ている前で皿の食べ物がどんどん減っていく。俺の腹も減ってるんだから残しといてくれ! 最後に残ったリンゴをひったくるように右手で掴む。悲しそうな女の子の視線は無視だ! こっちに来てから初めての食べ物だ。口の中に囓りとった異世界のリンゴは日本と全く変わらない味だった。すっぱくて、ほんのり甘い。
全てを食べ尽くした女の子は、居住まいを正して頭を下げていた。
「助けていただき、心から、か、感謝します。私、ローナっていいます。じゅ、18才です」
ええ! 18才? 俺より1つ年上なの? どう見ても、12才くらいにしか見えないよ? ガッリガリで正直、女を感じないな。
動揺を見て取ったローナさんは寂しそうに理由を話し始める。
「サテンカーリ族は、ど、奴隷になることがほとんどですから……。食べ物を、ま、満足に食べられないことが、お、多いんです」
そっか。この人も地獄を見てきたのか。食べられないんじゃ俺よりキツイかもな。
「で、あ、あなたさまのお名前は?」
そうか、名前が必要だな。俺の本名は影道アキラだ。でも、アキラって言うのも何だかな……。この世界は、さっきの連中の顔立ちから考えてヨーロッパ風だ。じゃあ、これだ。
「俺の名はダーク・ロードという」
苗字の影道を英語にしてみました。中2っぽいけどいいよね。でも、その瞬間、ローナの顔が大きく歪んでいた。
「『ダーク・ロード』……『暗黒の支配者』という、い、意味ですね」
恐ろしそうに両手で口を押さえてやがる。いや、いや。そんな深い意味はないよ。
「異名は分かりました。そ、それで、ほ、本当のお名前は?」
ん? 名前が異名扱いされてる。
ふっ。
高2での英語の成績2はダテじゃないぜ。まあ、悪者ムーブっていうのは、今までやったことがないから乗ってみるか。
「俺のことはダークと呼べ」
恥ずかしくて小さな声で言っちゃったよ。ローナさんは真剣な顔のままだ。
「分かりましたダークさま。私ごときに、な、名前は、お、教えてくださらないのですね……」
いやいや、そんなことは無いですよ?
相変わらず地面に片膝を立てている女の子に、俺は隣の石に座るように話し、この世界の情報収集を開始した。何と言っても知識0だからな。
でも、このローナさん。初めて出会った男に警戒心がなさ過ぎる上に、なれなれしいんだよな。しかも、しゃべり方が……。
「お前、お、俺が怖くないのか?」
じっと俺の質問を聞いていたローナさんは小さく微笑む。
「はい。助けてもらった方を、こ、怖いだなんて。私はそんな、お、恩知らずじゃないですよ」
ローナさん、きっといい子なんだろうなあ。奴隷になっても優しさを忘れてないもんな。少しずつ俺の警戒心が下がっていくのが分かった。
この世界で生きていく術をローナさんに尋ねると、とんでもない回答が返ってきたのだった。




