第4話 影道くん、外道パッシブな一日
異世界1日目。木々に囲まれた森の中にて。
目を開くと緑に囲まれた青空が視界に入る。空は日本と同じように薄い青色で綺麗だと思う。身体を起こして周囲を見回すと、緑の木々に囲まれた黒土の上に横たわっていた事が分かる。冷たい尻を気にしながら、俺は思い切り腕と背中を伸ばした。日本で感じるような草と松葉の匂い。何だか落ち着くな。
少しだけ安堵した俺は、あぐらをかいて持ち物を確認する。確か、あの怪しい男(神)は「最低限のものは準備しといたで」的なことを言ってた。じゃあ、金とか武器とか、可愛い従者(当然女)とか?
キョロキョロと周囲を探してしまう。
……人っ子一人いなかった。
しかも、ズボンのポケットに入っていたのは小型のナイフのみ! 本当にこれだけ? マジかよ……。しかも服は上から下まで真っ黒。正直、格好いいとは思えない。水すらないのか。
よろよろと立ち上がると視線の高さから身長があまり変わっていないことに気付く。だいたい180cmか。身体に異変がないか確かめながら、水を探しに行くことにする。ここがどこであっても水は大事だし、喉が渇いたぜ。
フラフラと森を当てもなくさまよう。目に入ってくるものは日本とは違うものばかりだ。頭上にいる鳥の鳴き声も違う。チュンチュンじゃなく、ジージータッタ、ジージーという聞いたこともないさえずりだ。落ちている葉っぱを拾うと、トランプのダイヤみたいな形。やっぱ異世界なんだな。
散策しながら30分ほど歩いたろうか。行く手にキラキラした水の流れが見えてきて自然に小走りになる。よっしゃああ!! 川発見! 10mほどの幅をもつ川のほとりへたどり着いた。石がゴロゴロしてるけど視界が開けていて、涼やかな風が頬をなでる。すくってみると水は綺麗だし飲めそうではある。
で、飲んでみました。
爽やかなのどごし、爽快~! うまいぞ~!! とガッツポーズが出る!
……10分後、草陰にしゃがみ込むこと6回。体中の水分がなくなったような気がする。俺はフラフラする足をもつれさせて、川岸の砂場にドサリと仰向けに倒れてしまった。動けねえぜ。
なあ、俺、死ぬの?
水は飲めない、食べ物はない。これから、どうなるんかな? この異世界で……。
空を見上げたまま30分くらいたったろうか? 俺の鼻腔に、かすかに肉の匂いが漂ってきた。本能がその肉を求めている! 俺は夢遊病者のようにフラフラと立ち上がり、匂いのする方へゾンビのように歩いて行く。蛇行した川岸を上流に向かって歩くと、ぽっかりと広間のような空間が広がっていて、そこにヨーロッパ風の男2人と女2人が立っていた。へえ、全員金髪か。気後れするぜ。
彼らは直径2mくらいの平べったい石の上に、バスケットを置いて食べ物を準備していた。何とか食べ物をもらえないかな。でも、言葉が通じるんだろうか。
木の陰で物思いにふけっていた俺の目に異様な光景が跳び込んできた。4人の足元にガリガリに痩せた女の子がいて、立ち上がってピクニックの準備をしている。髪の色は太陽の光が反射し、虹色に光っていて綺麗だ。それはいい。だけど、準備している間、金髪男女が拾った石を投げつけていたんだ。笑いながら、な! 視線を下に移すと逃げられないように足に紐が巻き付けられてる。
ひでえ。
そんなことしてんじゃねえよ、と俺の胸に怒りが込み上げてくる。少し前の自分の姿とその少女が重なっちまう。
姿を現してゆっくりと近くに歩き始めると4人は明らかにギョッとした視線で固まった。そりゃ、そうだろう。全身黒ずくめの黒髪の男が近づいてきたら警戒するよな。
金髪の女が男の脇腹を肘でつついている。
「ね、ねえ。黒髪の男が近づいてきてんだけど」
「お、おう……。こりゃ、まずいな。お前、教会の十字架は持ってきたか?」
「あるわけないでしょ!!」
言葉は分かるんだ、とほっとしたけど十字架って……俺って悪魔? 困惑しながらさらに接近する。空腹だからね。俺を見ていた女の子は、金属のプレートに肉、果物、白い粉の入った小皿を載せ、小走りで俺に持ってきた。
「あ、あの。これ、どうぞ」
「……」
黙ってプレートを受け取った俺は、そのままボサッと突っ立っていた。中々、考えがまとまらない。何もしてないのに明らかに恐れられてる。異世界だと俺の顔、怖いのか? 傷つくぜ。
プレートには鳥の手羽先が2つ、りんごらしき果物が4つと小皿が1つ置かれていた。プレートを近くの石の上に置き、その横に腰掛けて小皿の粉をなめてみた。
塩!!!
よ、よし! これで肉を美味しく食べられる。感謝のまなざしを彼らに向けるけど、どうしてガリガリの女の子にあんな酷いことをしてたんだ? 女の子に石を投げるなんてジェントルマンとして許せない。注意の1つもしたくなる。
でも、言えない……。
異世界でもコミュ障なのは変わってなかった。どうしても尋ねることができない。でも、この女の子、可哀想だな……。お腹もすいてるはずだよな。
俺はプレートにのっている手羽先をプレゼントすることにする。
(力を出すには肉が大正義)
座っていた石から立ち上がり肉をもって女の子に近づいていく。
(ぬお!)
足元の石に滑った俺の手から、手羽先が放物線を描いて女の子の前にぽとりと落ちる。ああ、せっかくの肉が落ちてしまった。勿体ない。代わりにリンゴでもあげようとプレートを置いた場所に戻ると、金髪女の会話が耳に入ってきた。
「さすが、悪魔の眷属ね……。あの落ちた肉を食べろってことなのよ!」
「犬扱いは酷いわあ。私たちは、そこまでできないもの……」
男たちも言葉をつなげ、虹色の髪の子に向かって罵声を浴びせかける。
「おい! それを食べろと黒髪の一族さまがおっしゃってるんだ。ありがたく食えよ!」
「手を使うんじゃないぞ!」
ちょちょ! そんなことしゃべってないよ! これだから陽キャどもは嫌なんだ。ムッとしながら女の子に視線を移す。
えええ!? あの女の子、恐る恐る顔を下げ始めたよ!
3秒ルールは通用しない。衛生的にアウトだ!
慌てた俺は肉を回収するために女の子に急いで近づいた。女の子の顔が犬みたいにどんどん肉に近づいている! ダメだよ!
と、その瞬間、またしても苔石が俺の足を滑らせてしまう。
(うわ!)
倒れないように左足で踏ん張ったけど、右足は女の子が食べようとした肉を蹴飛ばしていた。
トボリと音を立てて肉は川の中に沈んでいく。
「あっ」
驚きと恐れの混じった表情で女の子は俺を見つめている。肩が小刻みに震えてる。無理もないか……。それを見ていた金髪4人組の視線が俺に集中している。
「黒髪のペルケレ族は半端ないわね。一度、犬のように与えた肉を蹴り飛ばす……」
「そうね。犬扱いだって屈辱なのに食べることすら許さない……。まさに「外道」の所行ね」
えっ? 外道?
「俺たちのやってた石投げなんて可愛いもんだよな。あれに比べたら」
おいおい。拡大解釈が過ぎるぞ! お前らの方がよっぽどタチが悪いと言いたい。でも俺は口で説明することができなかった。コミュ障だから……。
「そうだ! 虹髪サテンカーリ族への「功徳」は黒髪さまにお願いしねえか?」
「いい考えだ。軽い気持ちでひどいことをしてくれるに違いない。いくら「功徳」とはいえ、俺たちには心理的に戸惑いがあったものな」
嘘つけ! 戸惑いなんて1ミリもないだろ!
でも、この流れってどうなの? いつの間にか俺がとんでもない迫害者みたいな扱いになってる。呆然と立ちつくす俺の足元で、虹色の髪の女の子がうずくまっている。
気がつけば金髪4人組はバスケットをぶら下げて、そそくさと遠くに離れていた。その中の一人が声を張り上げる。
「黒髪さまあ。その虹髪のけがれた女は差し上げます。どうか、たっぷりと功徳を積んでください」
「じゃ、じゃあ。私たちはこれで」
関わり合いになりたくない、とばかりに5人の男女はそそくさと去って行った。
何だよ……。展開が早すぎて、ついていけねえ。
チュートリアル(体験しながら学べるように導く、やり方指導みたいなもの)に慣れた俺には、この世界は難しすぎる。早くも俺は異世界転生を後悔するはめになった。
ま、まあ。とにかく、この世界のことを知らないと話にならない。早速、うずくまっている女の子に声をかけることにした。




