第22話 ダーク、再び出会う
「ま、まあ。とりあえず宿が決まったから飯にでも行くか」
「はい!」
宿では食事をまだ提供できないと、アニーシャの父から悲しそうに話されたことを思い出す。宿の玄関から外に出ると、ふわっとスープの匂いが漂っていることに気付く。こいつはコンソメっぽい匂いだな。鶏肉の香ばしい匂いがしてるぜ。
食堂の窓から薄暗い明かりが見える。こんな夜でもやってる店は、飲み屋か食堂、娼館くらいなもんだろう。ローナを引き連れ、あちこちの食堂に目をつける。けれども、どの食堂でも入ろうとした途端に侮蔑と拒絶の目を向けられてしまうのだ。
「おいおい。ペルケレ族はお断りだ! ましてサテンカーリ族なんて、うちはそんな店じゃないからな!!」
けんもほろろに追い出される。さすがに宗教都市に近いだけある。俺らには風当たりが強いぜ。今は夜の8時。露店はもう閉まってるし、食堂は門前払い続き。
「詰んだな。こりゃ……」
広場に戻り噴水側のベンチに座る。石の冷たさがひんやりと尻に伝わってくる。青白い月からは、身体を震わすほどの冷気が下りてくる気がする。
「ご、ご主人さま。もう帰りませんか? 明日、露店で買えばいいですし、パン屋さんだって開いてますよ!」
俺の横で足をブラブラさせながらローナは笑顔で話しかけてくる。こいつはめげないし前向きだなあ。
「でもな、その露店やパン屋がダメだったら、どうすんだよ?」
「そこはアニーシャさんをこき……、ケフンケフン! お願いするんですよ」
ふむ、悪くない考えだ。ま、これで飢え死にしなくても良さそうだな。俺はよいしょと膝を叩いて立ち上がると、向こうから白いベールを被った女が近づいてくることに気付いた。おいおい、あのシルエットは……。
「ペルケレ族の……ダークさんでしたね。こんなところで会うなんて偶然ですね」
ほう。このダイナマイトバディはダーナ教のシスターだ。もう一度、出会えるなんて、これは運命ですいね!
「そういえば名乗っていませんでしたね。私はダーナ教の司祭でエルティナと申します」
ふわりと礼儀正しく挨拶をするシスターは、この上もなく美しい。名前の響きも美しい。でも、シスターなのにこんなに身体のラインを見せていいもんだろうか? まあ、俺は嬉しいことこの上ないんだけど。
「立ち話も何ですので嫌われ者同士、食堂に行きませんか? いいお店を知ってますよ」
まさに渡りに船だ。どんなことを考えているのか分からんが、ま、ついて行くか。食べられなくて涙目を浮かべるローナを眺めているのも鬱だからな。
ベンチから腰を上げると、ローナは座ったままシスターを睨みつける。
「ダークさま。この女は絶対に悪いことをたくらんでます! 宿に戻りましょ!」
その警戒っぷりを見ていたシスターは、怪しい目つきでローナに近づいていく。
「あらあら。可愛い護衛さんがいるのね。あの時のサテンカーリ族の子ね」
ローナのあごをくいっと人差し指で跳ね上げると、ローナは身震いをしながら反射的に俺の陰に隠れてしまう。こいつが苦手らしい。ふふっと小さく含み笑いをした後、シスターは「こっちよ」と言わんばかりに、さっさと歩き始めていた。
「ご主人さま!」
帰ろうと俺の腕を引っ張るローナに、こっそり耳打ちする。
「ローナ。こいつと俺たちは共通の敵を抱えてる。味方につけておきたいんだ」
「おっぱいが大きいからですか?」
な、何を言うんだだだ。こ、こいつ俺の心を読んだのか? た、確かに、そう言った面は否定できない。疑念を含んだローナの目が青く光っている。
「どうせ、私の胸は水平線より平らですよう!」
そっぽを向いたローナを必死になだめながら、俺はシスターの後を追いかけていく。やがて、大通りから細い道に曲がり、道幅も狭くなってきた行き止まりに、小さな食堂がぽつんと見えてきた。左右は古びた煉瓦のアパートに囲まれている。どうみてもお上品な店じゃないな。
「ここよ! お二人さん!」
シスターは手招きしているけれども薄暗さでその表情は見えない。どうするかと入口で躊躇している俺に近づいたシスターは、俺の腕を掴んできた。すぐさまローナがその手を払いのけ、俺の腕にしがみついてくる。
「さ、そんなところで止まってないで!」
地下に通じる階段を下りてドアを開けると、薄暗い店内にテーブル席が4つ見えた。シスターはその中で唯一、窓際に設置された席へと俺たちを案内する。俺とローナは隣同士になり、向かいにエルティナが座る。メニューを開きもせず、エルティナはすぐに手を上げる。
「エールでいいかしら?」
「俺はいいが、こいつにはリンゴジュースを頼む」
むうとローナは頬を膨らませる。
「私だってお酒が飲めますよ。私もエールで!」
10を数える間もなく、俺たちのテーブルにエールが3つドカドカと置かれる。
「じゃあ、乾杯ね」
俺たちはぎこちなくビールジョッキを掲げる。シスターは音をさせないまま、みるみるうちにジョッキを空にしてしまう。
「ふう! やっぱりこの街のピルスナーは美味しいわ!」
そう言うと、すぐに2杯目を注文していた。私もまけないとばかりにローナはぐいっとビールをあおっていた。大丈夫かな?
ちびちびとビールを飲む俺の前に料理が運ばれてくる。山盛りのソーセージに、タマネギのスープか。俺はまずソーセージにフォークを突き刺すと、その刺した部分から肉汁が溢れ出す。そいつをあまりこぼさないように、ぽいっとソーセージを口の中に放り込む。プリッパキッという音と共に、肉の旨みが口いっぱいに広がる。
「ローナ! このソーセージ、食べてみろよ!」
ローナの方を見るとビールジョッキを抱えて、今まさに2杯目を飲み干そうとするところだった。おいおい、こいつ。誰と闘ってンだよ……。




