第23話 ダーク、シスターと一騎打ち
あっというまにローナは机に突っ伏していた。だからジュースにしとけとあれほど……。
「ふふ、可愛い従者さんね」
「従者じゃねえ」
俺は誤魔化すためにビールをぐっとあおる。とん、とジョッキを置くと、シスターは少しだけ遠くを見つめる目つきになる。
「きっと、貴方が好きなのね」
音も立てずに立ち上がったエルティナは、ローナの横に移動すると自分の羽織っていた薄いマントを肩からかけていく。俺は黙ったままその様子を眺めていると、彼女は肩をすくめたまま自席に戻り、目の前にあったエールをぐっとあおった。
「で、俺に何か用か?」
エルティナは口の前で手を組み直し、形の良いあごの下に当てる。ほほう、美人ともなると、こういった仕草ですら絵になるな。
「暗黒魔法を使ってほしいの」
! 正体を現したな……。
シスターの癖に暗黒魔法の依頼とは……。こいつこそ暗黒の破壊神とやらの手下なんじゃねえの? 俺の目がすっと細くなり、腕を組んだまま背もたれに寄りかかる。それを見たシスターは笑顔のまま俺の考えていたことを見抜いた。
「ふふっ。私は本当にダーナ教のシスターよ。そうは見えないかもしれないけど」
俺は警戒したままシスターから視線を逸らす。ただならぬ雰囲気になってきたと俺は落ち着くために、トマトをフォークで突き刺し口に運ぶ。酸っぱさとほのかな甘さが、俺に冷静さを取り戻してくれる。
「目的は何だ?」
トマトを咀嚼しながら俺はボソボソと話を続ける。こいつ相手に遠回しな言い方は逆効果だろう。
「別に何も。モフォール教の司祭や司教が地上から一人でも減ってくれるなら、それでいいのよ」
エルティナの整った顔からは想像もできない、ぞっとする声が響く。俺の背中に冷たい汗がつうっと落ちていった。
「はい、お次は店自慢のスープね」
宿屋の店主らしき男が、3つのスープをとんとんとんと俺たちの前に並べていく。いい意味で気がそれた。
エルティナは横に置かれた木のスプーンを椀の中へ上品に入れ、ジャガイモとマッシュルームのスープを口に運ぶ。目を見開いたシスターは、「ここのスープは最高よ」と俺に勧めてくる。たしかに言うだけのことはある味だ。
「で、ペルケレ族のダークさん。貴方は何をしたいの?」
俺はアニーシャの一件を話して聞かせる。
「モフォール教が組織ぐるみで女を掠い、娼館に売っている。その証拠を掴みたい」
「ふうん、楽しそうな話ね」
楽しそうと言いながら目は全然笑っていない。
「証拠を掴みたいなら、司教か司祭から直接聞くしかないわ。で、どうなの? 暗黒魔法はできるの?」
やべえ、それが一番重要だぞ。俺は暗黒魔法なんてできないんだから。
「はい、シュニッツェル(薄いカツレツ)、お待ちどう!」
皿に入れられたシュニッツェルが、1・2……5枚ほどあるのか。俺はソースをつけずに自分の皿に取り分けると、フォークでちょうどいい大きさに切り分け、ガブリと口の中で咀嚼を始める。
「……できるぜ」
「じゃあ、作戦を話すわ」
閉店が近づいているのか、店内の明かりはどんどん暗くなっていく。シスターの青い目が一層青くなるような、そんな作戦がその場で告げられたのだった。
§
「私たちを司教に差し出すんですか?」
ローナの素っ頓狂な声を聞きながら俺はやれやれとため息をつく。案の定、ローナは涙目になっている。だから、作戦を最後まで聞けよ。エルティナからの提案をローナとアニーシャに分かりやすく伝えていく。俺の部屋だったからいいようなもの食堂で話してたら結構やばかったぜ。
ドアの近くにエルティナが腕を組んで立っている。どうしても話し合いに加わりたいというのだ。
「嫌よ、私!」
ローナとアニーシャは口を揃えて抗議する。アニーシャに至っては、どうしてそんなことをしなければならないのかと俺とエルティナを責め立てる。
「アニーシャ。お前、復讐したいんじゃないのか?」
「そ、それはそうだけど」
シスターはローナを説得することに決めたようで、優しく話しかけていた。
「ローナちゃん、貴方も今までずいぶん辛い目に遭ったんじゃないの? 虹色の髪に難癖をつけて、サテンカーリ族は住んでいたエリアを追い出されていったわ。そう、この北の町シルッカは、もともとサテンカーリ族のものじゃない!」
目から火が出るような強い口調だ。そんなことがあったなんてな。
「どう? 二人の安全は保障するわ。暗黒魔法でモフォール教に一泡吹かせましょう!」
俺は不安だぜ。
何といっても、計画の中心である暗黒魔法なんて俺は使えないんだからな。
ただ、正義の味方ぶった奴が裏で悪いことをしているのが気にくわない。俺の通ってた高校でも日常茶飯事だった。親友を語って悩み相談を受けながら、逆に恋人を寝取る女、友人を装いながら、裏では酷い言葉で友人をこき下ろす自称親友。
異世界も元いた世界も人って奴はどうにもならにものさ。
「わ、わたしはいいわ。あいつらには酷いことをされてるからね」
アニーシャが吐き捨てるように宣言する。まあ、分からんでもない。聞けば、モフォール教に借金のカタに売られたらしい。
「ローナちゃん。あなたもモフォール教には恨みがあるでしょ。そもそもサテンカーリ族を差別してるのは、あいつらよ」
「私は別に……」
こいつ……シスターらしくない。というより軍の参謀といった感じだ。こんなに素敵な見た目とボディなのに俺は警戒しちまってる。
「ご、ご主人さま。私、どうしたらいいですか?」
断ってほしいと目で訴えるローナを見て、俺はさらに考える。巨大なモフォール教団に俺たちだけで戦いを挑むのは無謀なんだ。この得体の知れないダーナ教の助けが必要なのだ。
「ロ、ローナ。実は俺もエルティナさんと同じ意見なんだ」
そう言うと、その理由を詳しく話して聞かせる。涙目になったローナだったが、それでも無理に笑顔を作り出す。
「わ、分かりました。私、やります」
「すまん。絶対に助けに行く」
それを見ていたシスターは、軽く手を叩いて協力関係ができたことを喜んでいた。俺は喜べねえぜ……。
「じゃあ、細かいところをつめましょう」
食堂の明かりがさらに暗くなり、逆にシスターの目が青白く光り始めるのだった。




