第14話 ダーク、立ち上がる!
「おかえりなさい……って、どうしたんですか?」
女将さんが俺の憔悴しきった姿を見て心配したんだろう。外まで出てきて出迎えてくれたんだ。俺たちが後をつけられていることに気付いた女将さんは、すぐに宿に入るよう話すとドアにガチャンと鍵を掛けてくれた。
「女将さん。これじゃ、お客さんが入れないですよ」
「どうせ誰も来ないよローナちゃん。気にしないで」
そう言いながら、俺たちを2階の部屋へと案内してくれた。途中で女将さんはランプに火を入れ始める。もう、そんな時間になっていたのか。ぽう、ぽうっと宿の中が明るくなっていく。
「ここが二人の部屋です」
古さを感じるとはいえ、なかなか綺麗なベッドだし掃除も行き届いている。とてもいい部屋だ。お礼を言うと女将さんは何かを察して部屋を出て行った。その瞬間、俺はベッドの中に倒れ込んでいた。心臓が急にバクバクと波打つのを感じる。手に汗をかいてる。
(どうすればいい?)
要求された金は払えないしバックレすることもできない。自分とローナの戦闘力はグリーンスライム並みだし、今の所八方塞がりだ。目をつぶっても頭が冴えて眠れない。何分くらい、そうしていただろうか。トントンとドアがノックされ、ローナが開けるとスープとパンを載せた盆をもった女将さんが立っていた。部屋に入ってきた女将さんはテーブルの上に盆を置く。
「で、何があったの?」
身振り手振りを交えながらローナが一部始終を話して聞かせる。全部を聞き終わる前に、女将さんは俺たちのために怒ってくれたんだ。
「それがあいつらの手なんだよ。イカサマして金を巻き上げるだけじゃすまなくて、借金のカタに若い女の子を連れていくことなんて日常茶飯事さ」
俺にスープをすすめながら女将さんは町のことについて話し始めたんだ。
「あいつらがこのキティラの町に来たのは、今から10年くらい前だったかねえ。それまで娼館と賭博場は町に必要ないと宣言していた前市長が突然亡くなって、新しい市長になってから、あっという間に開業してしまったのさ」
女将さんの声に耳を傾けながら、俺は自分を落ち着かせようと一口スープをすする。熱い塊が喉を通り過ぎていき、やがてズシンと胃に落ちる。お腹がポカポカして俺は少しずつ頭が冷えてきた。
「新市長と娼館の繋がりは何度も噂されたんだけど、そのたびに事実はもみ消されていったんだ。今の副市長は前市長派だったから、その証拠を握ろうとして失敗し、今じゃ窓際に追いやられてるよ」
テーブルの上に置かれたパンをつかんだ女将さんは、一口千切るとポイっと口の中に放り込んだ。
「この宿屋も旦那と二人で開業し、お客さんもたくさん来てたんだよ。ところが新市長になって、この地区に娼館ができてからというもの、すっかり治安が悪くなったというわけさ」
窓の外のケバケバしい光を忌々しげに眺めながら、女将さんはジャッと音を立てながらカーテンを閉めた。
「うちの旦那は副市長と仲が良かったから目をつけられてね。罪をでっち上げられて町の牢屋に入ってるよ。もう2年になる。うちの宿も目をつけられて散々嫌がらせをされたんだよ。リサも学校やあいつらの手下にいじめられてね。毎日、泣いて帰ってきたもんさ」
涙ぐむ女将さんに俺は何も言えない。ローナはそっと女将さんの隣に座り手を握る。こいつ、いい奴だな。それとは裏腹に俺の胸に怒りの炎が燃え始めていた。
「あんたたちは早く逃げな! 副市長にお願いして、まともな警備兵をつけてもらうから。なあに私たちは大丈夫」
そう言うと女将さんは明日返事を聞かせてと言って、俺たちの部屋を出て行ったのだった。
「女将さんは大丈夫ですかね?」
そんなことをして大丈夫なわけがない。もしかして、自分も牢に入って旦那さんと会おうとしているのだろうか……。
「そんなことさせられないな」
気に入らねえ。
リサちゃんをいじめていた奴ら、女将さんに嫌がらせをした奴ら、娼館を設置した奴ら、現市長、全てが気に入らない! 俺は人をいじめるようなクズは、どうにも許せない。前世のトラウマを今も忘れることができない。
「ローナ。お前、今日占いを何回使った?」
「ええと、確か5……いえ6回です!」
そうか。こいつの占い魔法は6回が限度なんだ。それが分かっただけでも大収穫だ。そもそも今日のゲームも最後の1回以外は上手くいってたんだ。ローナが連れていかれるのは断固阻止だ。俺のせいで、こいつがまた奴隷にされるのはやりきれない。
「ローナ。すまん」
頭を下げた俺にローナは慌ててその小さな手を振る。
「私はご主人さまを信じてます。あのような外道の輩に鉄槌をくらわせてくださるんですよね」
俺を信じてくれるのは嬉しいけど勝算は小さいぜ。不安要素も山盛りだ。
「じゃあ、俺の作戦を聞いてくれるか?」
「もちろんです。ご主人さま」
ローナが俺を見つめているこの瞬間は、すっごくいい場面なんだろうけど、目の前のローナから全く女を感じません……。
§
次の朝、気がついたら俺はベッドの上で大の字になっていた。そういや夜遅くまでローナと相談していたからな。まあ、あいつは食べることに集中してたけど。
身体を起こそうとすると、俺の胸の辺りにボサボサ髪のさ〇子みたいなものが乗ってるううううう!
うひゃあと言いながら逃げようとしても、なぜか逃げられない。この怪異が俺の腰をしっかりと抱きとめている。に、逃げないとおおおお!
「あ、ご主人さま。おはようございます」
前髪が顔を覆い、リアル〇だ子が俺の方へと寄ってくる。ロマンスの神様、仕事しろよ!! 18才と17才の男女がベッドにいるというのに怪談じみた状況になってるぞ!
ようやくローナの手を振りほどき、そっと手を重ねる。
「ご、ご主人さま?」
頬を赤らめるローナの手を握り、俺は無言のまま一気に相手の肘を固める。S字固めだ。
「ギ、ギブ! ギブ! どうして、朝一番からサブミッションなんですかあ(泣)」
§
「女将さん、き、昨日のお……願いを」
相変わらずコミュ障だけは治らないな。とりあえずローナだけでも普通に話せて良かった。
「はいはい、決まりましたか?」
俺は女将さんに近寄って耳元であることをお願いする。話が進むにつれ、女将さんの目が大きく広がっていった。
「分かった。じゃあ、その通り話してくるよ。……大分、危ない橋のように思えるけど」
「何とか……」
それを聞くと女将さんは外へと出て行った。俺たちはあらかじめ聞いておいた娼館へと歩みを進めるのだった。




