第12話 ダーク、のんびりと馬車に揺れる
「良かったですね、ダークさま。こんな立派な馬車をもらえて」
ガタガタと音を立てながら、俺たちの馬車はゆっくりと前へ進んでいく。
ローナが運転できるのも驚きだが、それ以上に驚いたのは、こいつの食欲だ。自分の横に大きなバスケットを置きながら、パンを次から次へと口の中に放り込んでいる。
「お前……。食べ過ぎだぞ」
「いえ、モグモグ、いいんで、パクパク。いっぱい、あり、モグモグ、ますからね」
しゃべるか食べるかどっちかにしろよ。
呆れながら俺はもらった地図をしげしげと眺める。日本のような本格的な地図はないものの手書きの地図も分かりやすい。それに芸術的な意味でも格好いいぜ。
この先にさっきのコラリ村よりも少し人口の多いキティラの町があると、3人組から教えてもらった。村長の話だと馬車で5日くらいかかるらしい。
村から大分離れた所で、俺はローナからあることを打ち明けられていた。
「ん? 占い?」
「はい。私、占いができます」
そういえば前に聞いてたけど、すっかり忘れてたな。鼻息の荒いローナだが「占い」だからな。大吉→よい出会いがあるでしょう的なものだったら、当てにならないことはお正月の初詣で実感済みだ。
「結果がぼんやり分かるんです」
「ぼんやり?」
「はい、明日いいことがありそうだな~とか」
……ん。微妙。
「そんとき、いいことはあったのか?」
「はい。いつもは1つだけもらえるパンを2つもらえました」
んんんんん? どうなんだ、この能力は? 正直、このスキルが何の役に立つのか分からない。微妙な効能だ。
それでも俺のスキルよりはいいよな。作動しているのか分からないし、そもそもスキルをもっているのか、それすらはっきりしない『外道』と比べればな……。
眠くなってきた俺は運転をローナに任せ、後ろの荷台に移動する。思い切り手を伸ばして床板に寝そべった。幌の向こうに白い雲に囲まれた青空が見える。
(異世界も空は青く、雲は白いんだな)
ガタガタと音を立てて揺れる荷台の中で、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。
§
この馬車旅の間は特に何も起こらなかった。ローナがバカ食いして食料は大丈夫かとハラハラするくらいで、あとは人や馬車にすれ違う以上のことは何もなかった。
ただこの1週間で俺は大分この世界に馴染んでいた。変わらない空が広がっていることに安心したし、言葉が分かることにも心底ほっとした。食べ物に困ることもなく、ラッキーが続いている。ローナのおかげかもしれないな。
平らな道が真っ直ぐに伸びる場所までくると、遠くに教会の塔が見え始めた。今日はコラリ村から出発して6日目。俺が異世界に来てから3週間目になる。うとうとしながら、俺はもう一眠りしようとゆっくりと目をつぶった。
「……ご主人さま。起きていらっしゃいますか?」
ローナの声に俺は現実に引き戻される。太陽の位置から結構長いこと眠っていたことが分かる。
「何だ?」
「はい。実はキティラの町が見えてきたので、私、占ってみたんです」
「ほう」
あの役立たずのスキルを使ったのか。
「ご主人さまは望みを叶えられる可能性あり。私はモヤモヤだそうです」
「モヤモヤ?」
微妙と言いかけて、待てよと俺は思い直す。俺の望みは「可愛い彼女とキャッキャ、ウフフすること」だ。と、いうことはここで彼女ゲットかあ!!
さあ、盛り上がって参りました。
「詳しい内容は分からないのか?」
ローナは小首をかしげて考え込んでいたが、やがてブルブルと頭をふる。
「もう一度やってみたんですけど、同じことしか思い浮かびませんでした」
ま、まあいい。
俺は久しぶりに胸の高鳴りを覚えながら、町の門をくぐろうと……。
「そこの馬車、止まれ!」
門番の若い兵士が俺たちの前に立ちふさがった。
「ペルケレ族がこの町に何の用だ! キティラの町はフォモール神を称えている。黒髪の悪魔は、この町に一歩たりとも入れないぞ!」
やる気のある門番だな。でも俺は何が何でもこの町に入る! 俺の願いを叶えるためにだ! 御者台から降りた俺は門番の方へゆっくりと歩いていく。
「ご主人さま。フォモール神は、この大陸で一番信仰されている神です。もめると面倒なことに……」
いいや! 「可愛い彼女」のためなら俺は押し通る!
……と言いたいけど、やっぱり無理だよな。俺の進撃がぴたりと止まる。でもなあ……。
その場に未練たらたらで立ちすくんでいると、俺の前に小さな人影が現れた。
「お待ちなさい! 何者であっても神の前では平等。ペルケレ族が町に入れないのは神の教えに背いています!」
おお。年若いシスターがいいこと言ってくれたあ!
しかも、このシスター。メチャクチャ、スタイルいいね。後ろ姿しか見えないけど、神さまに叱られそうな妄想をしちゃったよ。秒で。
「ふん。ダーナ神を称える異教徒が! いまいましい」
そう言うと、俺たちを見ながら、
「一人銀貨1枚だ」
と、吐き捨てるように話す。俺は懐から銀貨を2枚取り出すと、まずシスターの正面に行き、手のひらにお金を載せる。
「あ、あの……?」
戸惑うシスターを見ると、ふああ! この人、スタイルがいいだけじゃなくてアイドルばりに可愛い! この世界にアイドルがいるのかは知らんけど。
「寄進だ」
そう言いながらシスターの手を包み込むように握る。シスターは最初、きょとんとしていたが、やがて大きな微笑みになる。
「あなたに神の祝福がありますように」
ま、まぶしい! シスターは一礼をすると、そのまま町の中へと入っていく。いや、このままお別れはダメだ! 名前を聞いて食事をしたい! で、でも、足がすくむ……。いや、もう当たって砕けろだ!
コミュ障だって恋がしたい!
地下アイドルが歌いそうなセリフを思い浮かべながら、俺はシスターの後を追いかけ……。って、後ろからはローナが俺の服を掴み、前は門番が俺の行く手に立ちふさがっていた。
「おい、お前! 勝手に入るな! まずは銀貨を払え!」
わ、忘れてたよ。俺は銀貨2枚を取り出し、今度は極力相手の手に触れないようにそっと手渡す! よし、じゃあ、追いかける……。んん? ローナが服を放さない。
「どうした?」
すると、ローナは少しだけ怒ったような声で、
「ご主人さまは、やっぱり……大きいのがいいんですか?」
と、咎めるような悲しそうな目で俺を見つめてくる。何だ、こいつ? それよりも、シスターの姿が見えなくなりそうだ! やばい!
「……放せ」
その瞬間、ローナははっとしたように俺から手を放す。
「も、申し訳ございません、私ったら何てことを。どうか宿で罰をお与えください」
ええ? 罰なんて与えないよ。
それを聞いていた周りの人は、ヒソヒソと話をしながら俺たちを遠目に眺めていた。
「おいおい、あのペルケレ族。シスターに色目を使った上に自分の奴隷に罰だなんて……。少しは欲望を抑えろよ」
「これもプレイなのよ、プレイ。きっと宿の中で、あの少女が……。あの細い目。いやらしいことしか考えてないって目よ!」
「昼間っから奴隷プレイとは……。宿で少女にエロの限りを尽くすんだろうな。どんだけ外道なんだよ!」
ひどい……。何で? 何でこうなるんだ? 俺、悪いことしてないよね。まあ、ちょっとだけシスターにイケナイ気持ちを持っちゃったのは確かだけど。でも、罰なんて与えないし、プレイなんかしてないんだよ(泣)。
気を取り直して、シスターの姿を目で追う。
シスターはとっくに雑踏の中に消えてしまった。嗚呼……。俺は心底がっかりしながら、人目を避けるように町の中に入っていく。ローナは馬の口を取りながら、なぜか嬉しそうに俺の後をついてくるのだった。




