15バッハ バハムートちゃん破からの急
決戦の地に赴くために、バハムートちゃん御一行はイフリートがマーキングした……というかあった場所に来ていた。
「う〜〜〜〜〜〜わ、木っ端微塵じゃん、傷つくわ─────」
岩場が砕け散り、山が割れたその奥から瘴気が溢れている。 それはまるで『こっちだ』と言わんばかりに誘導していた。 御一行は勿論そちらに歩みを進める。
先頭は魔道士、それに続いてバハムートちゃん、少し後ろをイフリートとフェンリルという陣形である。
「……なぁどう思う? あの岩場」
「そうだな、街の人を襲ったモノと同じ、あれは雷で間違いない……それもかなりの威力のある一撃だ。 しかし………」
フェンリルは実際その目で見たというのに疑問しか浮かばなかった。
「……そんな筈はない……この大陸にも雷を使う精獣はいるけれど、あれ程の威力を持つモノはいない筈だ────」
嫌な予感がしていた……心当たりはある……だが、もしそれが当たっていたとしたら精獣界での大事に関わるからだ。
ここで精獣界について少し説明しよう……この世界は幾つかの大きな大陸で分かれている。 精獣はピラミッド式に高位、上位、下位の順でランク別されており、その中でもトップクラスのピラミッドの頂点、最高位精獣が各大陸でそれぞれ精獣を仕切っている。 ここの大陸ではバハムートちゃんであり、そのエリアの精獣達にとっては神にも等しい存在である。 また、精獣同士でも不可侵条約みたいなモノがあり、無断で勝手に他の大陸にいくのは御法度である。 もし高位クラスが侵入したとなれば、大陸間での全面抗争に発展する程の一大事である。 一旦そうなれば、どちらかが滅ぶまで、精獣はもちろん人類も巻き込みほぼ壊滅させられる程の大災厄になりかねない非常事態である。
あの威力は明らかに高位クラス、しかもトップクラスのモノであった。
「……麒麟、か」
バハムートちゃんが呟いた。イフリートとフェンリルがその名を聞き一瞬で硬直して、真っ青になった。
それは隣の大陸の最高位精獣の名前である。 敵の大将自らのおでましであった。
「大丈夫だ、お主らには手出しはさせぬ。 我がおるからな安心しろ!」
バハムートちゃんが2人に笑顔で言う。 敵うわけがないとわかっていても、フェンリルはその言葉に胸が詰まり、涙が出そうになるのをグッと堪えて微笑み返した。イフリートも同じ気持ちであろう、顔を見られたくないのかそっぽを向いていた。
すでに辺りは瘴気に満ちている。辺りはどんより薄暗く、草木は枯れ土は腐っていた。 バハムートちゃん達も魔道士の魔法のアイテムが無ければひとたまりもなかったであろう。
「お主も魔道士に何かもらったのか?」
「はい、こちらのピアスを頂きました」
シャランとクリスタルが連なった綺麗な装飾が施されたモノをみせた。
──ぐぬぅ、魔道士め、またこの様なオシャレなモノを……我にはこんな地味なマントだと言うのに………
ほっぺたをプクゥと膨らませたが、街のモノへの恩もあり今回はシブシブ胸の内に収めた。
フェンリルはピアスに触れながら目に決意を宿す……このお方だけは何としても……もしもの時はこの身を呈しても必ずや────
……なーんて考えてるんだろうな〜〜とイフリートは横目でフェンリルを見る。 その時はオレがやるしかねぇな、あ〜〜あ、なんか報われないなぁ〜〜〜とトホホする。
絶望感漂う中、それでも何とか前に進めているのは魔道士の存在が大きかった。 何よりも最高位精獣であるバハムートちゃんに勝ったという安心と信頼の実績があった。
「……麒麟は、何故あのような事を……、あのモノは最高位精獣の中でも心優しきモノであった。 無闇に人を傷つけるなど………」
「キミのせいだよ」
声のする方に一斉に視線が集まる。 奥のドス黒い闇の中からヌルリと絶望を纏いそれは現れた……漆黒よりも黒い、深き闇の様な色をした麒麟だったモノがいた。
「……キミを殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて……、ボクはこんなになっちゃったよ……バハムート」
ソレは不気味にニィと笑った。 麒麟は本来美しい色をしていて、見るモノを魅了すらした……その面影は微塵も残されていなかった。
イフリートとフェンリルはブワッと汗が吹き出し、悪寒と恐怖と支配でその場で立っているのがやっとだった。
……ヤバい、これマジでヤバいやつっすよ……そもそも目の前にいるのは何なんだ? オレらは一体何と対峙しているんだ─────? こんなの旦那が本来の姿であったとしても敵うわけがない……強さのレベルがまるで違う───いくら魔道士がデタラメに強くてもあんなのに敵うかどうか……
全盛期のバハムートの強さを良く知るイフリートだからこそわかるのだ。
ダメだ旦那……そう思いながらバハムートちゃんを見て驚く。 恐怖にも支配にも屈さず、バハムートちゃんは凛と立って麒麟を見据えていた。
「おい、魔道士……」
バハムートちゃんは魔道士の横に立って話しかける。
「少し、彼奴と話をさせてくれないか?」
「殺されるぞ?」
「……頼む」
「……わかった」
猛反対するイフリートとフェンリルに待っておれと一言告げてバハムートちゃんは麒麟に歩み寄る。 威嚇か1つの黒い雷がバハムートちゃんの近くに落とされる、当たったら勿論即死である。 くつくつと不気味に麒麟は笑う。 生きた心地のしないイフリートとフェンリルであったが、支配の中いつでも飛び出せる様に己を研ぎ澄ましていた。
「久しいな、麒麟よ」
「やぁバハムート……」
「何故おっちゃん達にあの様な事をしたのだ?」
「……? あぁ……、アイツらから、キミの忌々しい匂いがしたからさ、ちょっと脅かしてやろうと思ったんだけど、派手に動くから手元が狂ってさ。 まともに食らったやつは死んだかい?」
楽しそうに話す麒麟を見て、バハムートちゃんはキュッと小さな拳を握って睨みつける。 その顔を忌々しそうに麒麟は見つめた。
「……キミは、随分と変わったね、色々と……。 あっちにいるのがイフリート、それから……フェンリルか、それにもう1人……あれは何だい? 不思議な感じがするな……キミ達をそんな姿に変えたのは、アイツかい?」
「彼奴か? 彼奴は憎たらしくて圧ばっかかけてくるイヤな奴ではあるが、強いぞ。 我よりも、そしてお主よりもな!」
くつくつと麒麟は笑う……そして黒雷を1つ落とす。 先程よりも近い距離だ……イフリートとフェンリルは鋭い眼をして臨戦態勢だ。飛び出す準備はできている。
「……我は確かに変わった……だが、お主ほどではない。 何があったのだ? 先程言っておったであろう、我の所為だって」
その一言であからさまに麒麟の纏う雰囲気が変わり、闇が濃くなった。
「……キミ、イクスの町を知っているかい? ホラ、キミが滅ぼした町だよ……」
「……スマヌ……わからぬ……」
精獣、しかも高位精獣ともなれば気晴らしや何気ない事で町に被害を出すのは割と普通の事である。王都や大都市ならまだしも小さい町など記憶にも残らない。 『あなた、あの虫を殺した事覚えていますか?』と言われている様なモノである。
「……おばあちゃんがいたんだ。 優しい人でね、キミが滅ぼした町で辛うじて生き延びたんだよ。 息子夫婦と住んでいたんだけど、2人共殺されちゃったからさ、キミに。 家も何も無くなって隣の大陸の親戚を頼って行ったはいいけど、可哀想にね、殺されちゃったんだよ……。 キミがあの町を滅ぼしさえしなければ、そんな事にはならなかったのかもしれないのにね……」
淡々と掻い摘んで話しながら、纏う闇が一層濃くなる。 バハムートちゃんは麒麟の話を聞いてキュッと胸が締め付けられた。
……もし我も、街のみんながその様な目にあったならば───みんなの顔を思い出す。
「そいつら全員殺してやったけど、全然気が済まなくてさ、……なんでだろ〜って考えて、あ、そっかって気づいたんだ。 キミを殺さなきゃダメって事に」
「麒麟!!」
バハムートちゃんが大声で呼ぶ。 もはや殺意しかないその目でバハムートちゃんを見る。
「なんだい? やるのかい?」
麒麟が鬱陶しそうに黒雷を放とうとした………が、バハムートちゃんを見て眼を見開き動きを止める。信じられないモノがそこにはあったからだ。
「すまぬ! 本当にすまなかった!!」
バハムートちゃんは深々と頭を下げていた。 最高位の精獣のこの様な姿など多分歴史上初めての事だろう。 麒麟はもちろんイフリートとフェンリルも驚愕していた。
「……我のせいでお主にそんな思いをさせて、そんな姿にしてしまってすまなかった!!」
「……何、ソレ? ……もういいや……死んでいいよ」
麒麟の角に物凄い勢いで凄まじくも禍々しいエネルギーが集まる。 放たれればここにいるモノは勿論、この大陸も無事では済まない程の威力である。
……クッソ、あんなの無理だ───旦那を庇ったところで一緒に消されるだけだ……何もできない、オレはこんなにも無力だったのか……イフリートは絶望する。
「バハムート様───!!」
震える足をガクガクさせながらも、フェンリルはバハムートちゃんの元に足を動かそうとしていた。
「待て、無理だ!!」 フェンリルの腕を掴む。
「離せ! わたくしはバハムート様をお護りするのだ! 誓ったのだ……あのお方をお護りするって────」
フェンリルは泣いていた……それを見たイフリートの目にも涙が溢れた。
……クソクソクソ、何とかしてくれよ、魔道士パイセン……!! ……涙を拭って祈る様に魔道士を見ると、そこには誰もいなかった。今そこに確かにいた筈だった。
え?……とイフリートが思ったのと、麒麟の必殺の一撃が放たれたのは同時だった。 その瞬間、そこは絶望という名の漆黒に塗りつぶされた。
……眩しい……、真っ白だ……。 ここは……あの世というヤツか? 我は死んだのか? 彼奴らは無事逃げられたかのぅ? ……ん?何だこれ?
バハムートちゃんの周りをポワポワした何かが浮かんでいた。つついてみるとポワっと弾けた。 それは自分の身体からでている。よく見るとマントからだった。 マントがポワポワ消えていってた。
「言ってなかったか?」
その言葉にバハムートちゃんは咄嗟に横を向く。 聞き慣れた声だった。
「それは一度だけどんなデカい衝撃からも護ってくれるんだよ」
魔道士がいた───障壁を展開させながら暴れ狂う麒麟を強引に術式の鎖で拘束していた。 眩しい光は障壁の光だった。 後ろにいるイフリートとフェンリルの無事も確認する。
一度だけ……か、一度だけ防げれば後はどうとでもなるというのだな、全く……なんてヤツだ、とバハムートちゃんはなんか可笑しくなった。 そんなバハムートちゃんに魔道士は一言だけ言った。
「よくやったな」
笑った。 確かに笑った。相変わらず口元しか見えないけれど、いつもの様な嫌味な笑いとかではない、笑顔に近いモノだ。 バハムートちゃんは満面の笑顔で応えた。
「おう!!」
そして漆黒だった世界は一気に真っ白に塗り変わった。




