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「さて、めしにするか」とリアムが言った。
時計を見るとだいたいお昼ごろだ。
ここでも一日は24時間制らしく、壁にかけられた時計の針は12を指している。
昨日は少しクラッカーをつまんだ程度で寝てしまい、朝は軽めとのことでりんごを二切れ食べたのみだ。お昼ご飯と聞いて空腹を思い出した。
「何かお手伝いしま…する?」
まだ砕けた口調に慣れないユイにリアムは片眉を挙げたが、それについては何も言わなかった。
「いや、そんなに手間ではない」
「じゃあ見てても?」
「ああ」
了承の返事を聞き、ユイもキッチンへ向かった。
男の一人暮らしらしく、フライパンが一つに包丁とまな板ぐらいしかない。
リアムはかごから芋を2つ取り出し、杖を振った。すると、芋と包丁がふわりと浮き、勝手に皮をむき始め、器用に4等分された。それを水の入った鍋に入れ、再び杖で火をつけた。
そして、慣れたように戸棚から缶詰を取り出し、芋をゆでている鍋にすべて開けた。中身はミックスビーンズのようで、なべ底にカラフルな色が散らばっている。
鍋にふたをした後は、かごからミニトマトを一掴み取り出し、ざっと洗うと2枚の皿に盛り付けられる。
その隣には薄く切ったバゲットを2枚ずつ載せた。
芋とビーンズをゆで終わると、リアムはまた杖を振った。すると、勝手に火が止まり、芋とビーンズは湯から上がって皿に行儀よく着地した。そして塩とバターがどこからともなく飛んできて、ビーンズと芋の上にそれぞれ着地した。
「よし、食べよう」
「ああ、えっと、おわり…?」
さらに乗っているのはそのままのミニトマト、パン、バターの載ったゆで芋と塩を振ったビーンズたち。
確かに手間ではない。だが果たして「料理」というのかは甚だ疑問だ。
「これじゃ足りないか?」
「いやいや!リアムさんはいつもこんな感じのご飯を食べているんですか?」
「そうだな。ほかの家も昼飯はこんなもんだ」
「そうなんだ……」
リアムはさして気にした風もなく皿をダイニングに並べると黙々と食べ始めた。
ユイも同じように席につき、小声で「いただきます」と言って食べ始めた。
「それ、なんだ?」
「へ?」
「その、「dv&e%p$c`@」?」
そういってリアムはユイの真似をして手を合わせるしぐさをした。
「あ、食べる前にやったやつ? 私の住んでいたところは、食べる前に食べ物に感謝する習慣があるの。命を頂くから、「いただきます」って言うの」
リアムは感心したようにふむ、と言った後、同じように手を合わせて「イタダキマス」と言ってから食べ始めた。
ユイももう一度「いただきます」と言ってから食べ始めた。
さっきよりもおいしく食べられた気がした。
*****
「…なんだって?」
「だから、私がご飯、作ってもいい?」
日もとうに暮れ、そろそろ夜ご飯の準備に取り掛かるような時間、ユイレルがカウチソファから立ち上がったタイミングで、夜ご飯を作ることを申し出た。
「ユイが作るのか?」
「簡単なものだろうけど」
ユイは家では土日の時間のある時に少し作る程度だ。
しかし、お昼の材料を見る限り、極端に知らない食べ物はない。
あれ以外に何があるかわからないが、このままではお昼とほぼ同じようなもので済ませそうな様子だったが、それは避けたかった。
了承を得ると、さっそくキッチンに入る。
先ほどのミニトマトに玉ねぎ、イモ。肉やソーセージもある。
戸棚にはビーンズの他にも様々な缶詰があった。
一通り食材をひっくり返し、段取りを決めるとユイはさっそく作業に取り掛かった。
まずはキャベツを千切りし、ボウルにレモンのしぼり汁、マスタード、塩と一緒に入れ、軽く混ぜ合わせた後、重し替わりに水をたっぷり入れた小さめのボウルを上に置いた。
リアムにお願いして鍋を温めつつ、牛肉を一口大に切り、鍋に突っ込む。
その間に玉ねぎ、芋を一口大に切り、鍋に追加した。
肉と野菜のいい匂いがキッチンを占めていた。
となりでコンロのスイッチと化しているリアムも表情を和らげて鍋を覗いていた。
ざっと火が通ったら、水と葡萄酒を入れる。
その間にミニトマトを粗みじん切りに刻んで鍋に追加した。
ミニトマトをつぶすようにお玉でかき混ぜ、塩とスパイスで味を調えれば大抵はうまくいく。
少し冷ました方が味が染みるので、鍋を横に置き、代わりにフライパンを置いた。
温まったところでソーセージを入れ、コップ半分の水を足してゆで焼きにする。
こうすると皮がぱりぱりになっておいしいのだ。
水気が大体とんだら横にスライスしたパンも一緒に入れて軽くあっためる。
「はい、できた」
牛肉入りトマトスープに即席ザワークラウトもどき、ソーセージとパン。
一汁三菜とまではいかないが、それぞれを皿に盛ればそこそこに見える。
ユイは「うお、すげえな」と小声でつぶやくリアムを見て内心こっそり子どもみたいと思いながら皿をダイニングに並べていく。
温かい料理の蒸気と匂いが部屋の隅々まで広がっていった。
「「いただきます」」
二人で手を合わせ、食べ始める。
「……うまいな」
リアムは感動したようにつぶやいた。
「口に合ってよかった」
「ユイは料理人かなにかやってたのか?」
ユイはリアムの大さな表現に苦笑してしまう。和食に置き換えれば浅漬けに味噌汁に焼くだけ料理を足した程度なのだ。
「いやいや、これくらいなら割と誰でもやるよ」
「パンがあったけぇ」
「ソーセージの横に置いておいただけだよ」
「このスープ?のようなものはハノーファー国にはない」
「私のところは毎食スープは付けるの」
リアムは感心しきりで、いつもより口数は多く、余れば翌朝に回そうと思っていたトマトスープまでぺろりと平らげた。
「ユイは料理がうまいな」
一通り食べ終え、リアムは食後に温めてアルコールを飛ばした葡萄酒を嗜んでいた。
「簡単なものでそういわれると……」
「いや、ハノーファー国ではここまで手のかかる家庭料理は基本的にない。こういうのが出るのはそこそこの値段のする店だ」
「そうなんですか……」
「そこでそうなんだが」
リアムは仕切りなおすように葡萄酒を一口含んだ。
「ユイにめしをお願いしたい」
「ご飯づくりってこと?」
「ああ。材料はキッチンのものを何でも使っていいし、必要なものはホリデーでも開いてる店で買ってもいい」
「いいよ。わかった」
少しでもユイレルさんに恩返しできるなら嬉しい。
リアムはほっとして表情を緩め、ありがとう、と言った。
その笑顔は少年のように純粋だった。