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リアムもホリデー中は特にやることはないらしい。
「家のどこかにはいる」と言っていたが、大抵リビングに行くと、カウチソファに深く腰掛けて本を読んでいるか、テーブルで何か書き物をしていた。
ユイも特にやることがなかったので、せめてもので家事を申し出ると、「家事も魔法でやるからいいんだ」と言われた。
リアムが杖を一振りすると、シンクに置かれていた皿とスポンジが浮き上がり、流れるように洗い終えると、ハンガーから布巾が外れ、拭き終わると皿は勝手に戸棚へと帰っていった。
「すごいですね……」
「だからやらなくていいんだ」
手持ち無沙汰になったユイは、短い間だけだが、この国の様子を知っておいて損はないだろう、とダイニングにおいてある新聞を読むことにした。
「え、写真が動いてる…!?」
「写真は動くものだろう」
「私の知ってる写真は、その瞬間だけ映すから、こんなに動いてないよ?」
「へぇ、不思議なもんだな」
一面の記事は連続殺人事件の犯人が捕まったという記事だった。
写真はその犯人のマグショットらしく、やせこけたスキンヘッドの男がボードを持ってうつろな瞳をこちらに向けていた。
ボードには「シュレヒター・シュヴァルツ」という名前や身長などが書かれていた。時折にやりと笑みを浮かべており、写真であってもこちらを見ているようで気持ち悪い印象だった。
新聞の中にも様々な記事があり、時折リアムに質問しながらゆっくりと新聞を端から端まで読んだ。
もともと勉強は嫌いではない。ただ学校の勉強はあまり好きではないだけなのだ。
ユイは夢中で新聞を読み進めた。
「っふぅ」
最後の面を読み終わり、満足とばかりにため息を吐くと、カウチソファに座っていたはずのリアムが目の前で頬杖を突きながらこちらを見ていた。
「っわあ、びっくりした」
「集中してたからな」
「いつからそこ座ってたの?」
「さぁな」
リアムはお茶飲むか、と言って立ち上がった。ハノーファー国では紅茶を飲むのが習慣らしく、それに漏れずリアムも一日になんどか紅茶を入れてくれる。
本当はユイもお手伝いしたいところだが、竈に火をつけるのも魔法らしく、私はせいぜい棚からカップを出す程度だ。
「なにか面白いものはあったか?」
紅茶を入れて一息ついた後、リアムが言った。
「んー。私が住んでいた場所と全く違うので、何もかも新鮮ですね」
「例えば?」
「スポーツも種目が全く違いますし、こういう広告だって」
ユイはそう言いながら新聞をめくって見せた。「私の世界ではそこらへんに『魔法薬学の事実・新改訂版』なんて売ってないし」
「なるほど……」
「私も魔法使えたらなぁ!」
「……使えるかもしれないぞ?」
リアムはにやりと笑った。
「え?」
「魔法」
「が?」
「私がですか?」
「他に誰がいるんだ?」
リアムはカップを置くと、ゆっくりと立ち上がり、つかつかと私の方によって来た。
そしてポケットから杖を取り出し、私に差し出した。
「持ってごらん」
おそるおそるリアムの杖を受け取る。
触った感触は軽い25センチほどの枝のようだ。先に行くにしたがって細くなっており、表面をよく見ると、年輪のような模様がある。持ち手側の先は杖がねじれているデザインだった。
「しっかり……そう柄の部分をしっかり握って……」
リアムはそう言いながら私の手ごと杖を掴んだ。大きくて暖かい手の感触と思ったより近い距離にどぎまぎしつつ、されるがままに手元を見ていた。
「強く握ったまま、杖を振るんだ。本来俺の杖だから、魔力のある他人には拒絶反応を示して杖自身が吹っ飛ぶ。魔力がなければそれはただの棒だから反応しない」
一応大事な杖だから吹っ飛ばないように強く握ってくれ、と再度念押しされ、私は強く握り直した。
そのまま、軽く杖を振る。
一瞬ぐっと杖に引っ張られる感覚があったが、杖はユイの手の中だ。
「……どうだ?」
「引っ張られるような感覚はあったんですけど、そんなに強くなかったような?」
ユイのあいまいな表現に、リアムも首を傾げた。
「じゃあ、軽く握って振ってみるか」
リアムに提案されるままに、軽く握ってカウチソファに向かって軽く振った。
杖はするりとユイの手の中を抜けたが、目の前のカウチソファにポトリと落ちた。
とても「吹っ飛ぶ」なんて表現はできそうにない。
「ええと、これは……」
ユイは予想と違う様相にリアムに声を掛けると、リアムは神妙な面持ちで杖を拾い、まるで今まで自分のものではなかったかのようにじっくりと表面を撫で、検分していた。
「リアムさん……?」
たまらず声を掛けると、弾かれた様にリアムはこちらに視線を向けた。
「ああ、すまん。ユイは確かに魔力はあるようだが、」
「だが?」
ユイレルさんはそれきり何も答えず、「ホリデー明けにな」とだけ言った。




