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門松健太編 中

 街コンが終わった当日の夜、電車の中でお礼メールと共に梅宮をデートに誘った。正直お酒の勢いもあったが、次の会う約束もできないままフェードアウトにされるのは避けたかった。


——とはいえ、急ぎすぎたかな。断られるかもな。


 健太は少しネガティブになってしまう。そんな気持ちは吹き飛ばすように、というか考えないように耳にイヤホンをして明るい曲をかけた。


 電車の外は真っ暗だった。


———


ピロンッ


 翌朝。

 健太が布団で寝ていると、枕元で振動と共に電子音が鳴った。

 休みの日にはアラームをかけないのだが、昨日は普段とは違う過ごし方をしたので間違えてかけてしまったのかもしれない。

 健太がスマホを手探りで探すと、充電器に刺していたのに、充電されておらず電源は切れていた。


「ん…あぁ?今ので切れたのか?ちっ。ふ…わあぁあ。」

「あ、もしかして宵子さんからの返信か?馬鹿だな俺。」

 健太はひとまず通勤カバンに入れっぱなしにしているモバイルバッテリーでスマホを急速充電する。


 ただいくら急速だといっても、数分間もぼーっと寝転んでいる気分にもなれなかった。だから、洗面所に向かって朝の支度をすることにしたのだった。


 健太は歯を磨きながら、ぼんやりと思案に耽る。果たして、メッセージはイエスなのかノーなのか。それ以前に宵子からの返事だったのか、あるいは夢だったのか。


——だめなら、また街コンに申し込まないとな。対面ならとりあえずまともに会話できるしな、アプリと違って。


 口の中の泡を吐き捨て、水ですすぐとさっぱりした気持ちになる。ネガティブな気持ちもついでに流れていったらしい。


 台所に向かいドリップバッグのコーヒーを準備して、ケトルでお湯を沸かす。その間に健太は自室にスマホを取りに戻った。


——さて、返信は来ているだろうか。


 健太がスマホに電源を入れる。立ち上がるまでの数十秒が妙に長く感じてもどかしい。

 ようやく立ち上がったスマホにパスコードを入れて、メッセージアプリを開くと——梅宮からの返信が来ていた。


『返信遅くなってごめんなさい。疲れてたから眠っちゃってました…。』

『昨日はありがとうございます!こちらこそ楽しいお話ができて良かったです。お誘いありがとうございます。週末の土曜日の昼の14時以降なら、大丈夫です!楽しみにしてますね!』


「お、おお…!よっしゃ!!きたあ!」

「よかったあ〜。まーた断られるかと思ってたのに、はあ…。宵子さん会ってくれるのか…。」

 健太はつい嬉しくなって大きな声を出してしまう。多少は充電できたスマホを回収して、コードの充電器を手に台所に戻ろうとすると——。


「〈健太!朝っからうるさいぞ!近所迷惑だろう!〉」

 健太の父親が怒鳴る声が、両親の寝室から聞こえてきた。


「ああ、ごめん、父さん!」

 健太は口だけ謝るが、頭の中ではどう返信するかを考え始めていた。


 台所に戻るとケトルのお湯はもう沸いていた。一度耐熱の計量カップに移して温度を下げる。テレビか動画サイトでこうして淹れたほうが良いと知ってから、健太は必ずそうしている。


——どうせ飲むなら美味い方がいいもんな。


 そしてそのお湯をちょっと多めにドリップバッグのコーヒーに注ぐと、良い香りが立ち上がる。まずは蒸らしだ。

 香りを鼻で軽く楽しんでから、台所に置いたままにしているパイプ椅子に腰掛け、スマホを取り出した。

 充電器をコンセントにさして、頭を悩ませる健太。どう返信するかも大切だ。当日とか直前にドタキャンされるかもしれないのだから。


——同じくらいの文章量で簡潔に。あとは…。ネットによれば…がっつくのは良くないとか、メッセージアプリはあくまで連絡取り合うツールとして使えってことだけど…まあ喜んでる感じで返信しとこう。


『おはようございます!——いえいえ、自分も寝ちゃってたので、気にしないでください。』

『ところでありがとうございます!土曜の二時からで大丈夫ですよ!カフェ行くのめっちゃ楽しみです!』


 健太はとりあえず、上がったテンションに任せて素直に喜ぶメッセージを送る。


——どこのカフェにするか決めないとな。待ち合わせ場所も。


——ああ、それから着てく服も新調しといた方がいいかな?


 コーヒーのために用意したお湯の存在を忘れて黙々とスマホで来週に向けた準備を始める。口が寂しくなって思い出した時には、お湯はもう一段階冷めてしまっていたが、健太は構わずコーヒーを淹れきった。


———


 健太が最後に送ったメッセージを後から見返すと、軽い質問の形になっていなかった。

 会話を上手く回すなら答えやすい、返したくなるメッセージにしないといけないらしい。だから、普段は女性へのメッセージには気をつけていた。だが、嬉しくなってしまったために型を崩してしまっていたことに気づいていなかったのだ。


——ああ、やっちゃったな。でも、俺ばっかり気を回してメッセージするみたいなんより、お互いが歩み寄る関係の方が良いからなあ。


——ちょっと待ってみて返事なければ、どこで待ち合わせるとか相談のメッセージ送りゃいいだろう。


 ただ、そうは思っても今朝は梅宮とのやり取りを見返したり、来週に向けた準備でいっぱいいっぱいだった。おかげで健太は昼前まで外に行く気になれなかった。日曜日の朝は、ジムに行く習慣があるのに。


 お昼ご飯も家で済ませてからようやく健太はジムに向かう。一週間で体型が変わるはずもないが、できるだけ筋肉をつけて、腹回りについた柔らかい脂肪も落とせるくらいに運動したい気分だった。


———


 昼過ぎ、健太はジムから戻ってきてシャワーを浴びていた。

 普段なら五キロ程度を三十分と少しかけて走るだけなのに、今日は興がのって一時間で十キロも走ってしまったのだ。流石にそこまで走ると汗だくになってしまう。

 風呂場から出てくると、洗面台に置いたスマホの画面がぱっとつく。


ピロンッ


 スマホに着信だ。健太は体の水滴を軽く拭いてスマホを取り上げる。


『わたしもカフェにはよく行くので楽しみです!健太さんもカフェが好きなんですよね(確か言ってましたよね?)コーヒーお好きなんですか?わたしは苦いのはちょっと苦手で、いつも甘くして飲んでます笑』


——おお、なんか感動。ちゃんと返してくれる人ってあんまりいなかったからなぁ。向こうからも話しかけてくれるし。


 健太は素直に嬉しくなる。向こうもこちらに好意を持ってくれているように感じる。もちろん、確実にそうと言えないことは分かっているが。


——宵子さんのこと結構好きになってきたかも。こういうやり取りできるのって良いな。


「早いとこ、返信しとこう。気づいてんのに放置すんのも悪いしな。」


———


 梅宮とのメッセージのやり取りは平日もずっと続いた。仕事の合間に確認するのがすごく楽しみだった。メッセージでも話題は尽きずにお互いの趣味から人生のことなどをたくさん話していた。


『健太さんて、大学は地方とのことですけど、どちらの県にお住まいだったんですか?』


『四国でした、、大学の近くは流石に色々店はあったんですけど、やっぱり東京とか大阪とは違って高い建物とかなくって笑。車の免許取るまでは自転車だったから移動とか結構大変でした、、』


『た、大変そうですね〜。田舎暮らしとかちょっと憧れるんですけど、車の運転できないと厳しいですかね笑。あ、でも健太さん運転できるなら、安心ですね笑笑。』


 一日の内、朝昼晩のタイミングで交互にメッセージを送り合うやり取りは心地よかった。梅宮のメッセージも温度感が高めで、ときどきドキリとさせられる。健太は知らず知らずのうちに、梅宮のことが”気になる”程度の気持ちが、”好き”という気持ちに育ってきていた。


 そして迎えた土曜日。健太は梅宮と約束していた時間より早めに待ち合わせ場所の駅に向かうことにした。

 遅れるのは避けたかったのと、梅宮のメッセージアプリでのアイコンが本人とわかる写真でなかったのできちんとこの人とわかるかが不安だったからだ。


——小狡い気はするけど、見つけてもらった方が確実だろうしな。


 ただ、少し早く、というか一時間も早く着いてしまい健太は暇になってしまった。特にすることもないので、駅に併設されたモールの家電量販店に向かうことにする。買いたいものがなくても、見ているだけでなんとなく楽しいし、時間を潰すには丁度いい。


——あ、そうだ、充電ケーブル買っとくか。なんか調子悪いし。


 健太は家電量販店で、スマホの充電ケーブルを探しながら最新家電を眺めていると、待ち合わせ時間の十五分程前になる。


「ああ、そろそろ向かわないと。これだけ買ってこう。」

 健太が充電ケーブルを手にレジに向かうと思ったより列ができていた。


 待ち合わせに遅れはしないだろうが、「先に買っておけば良かった」と健太は内心後悔した。

 レジで会計が済んだ後、スマホで時間を確認しようとズボンに手をやる。健太は腕時計もしているが、なんとなくスマホの方で時間を確認してしまうのだ。「腕時計って時計というより結局アクセサリーだな」などと考えていた時——。


ピロンッ


 スマホに通知音と共にメッセージが届いた。梅宮からのもので、「駅の待ち合わせ場所に到着しました」との内容だった。

 健太は自分自身の迂闊さに苦笑いを浮かべながら小走りで家電量販店を後にした。


———


 待ち合わせ場所には小柄な、街コンでも見たハンドバッグを持った梅宮らしき女性がスマホを見て立っていた。


——あの人で…間違いないよな?


「こ、んにちは。宵子さん。」

 健太は人違いでないことを願いながらその女性に声をかける。


「こんにちは、健太さん。」

 梅宮はスマホから視線を外し、健太に向ける。街コンの時とは違い今日はパンツスタイルで、活発な印象を受ける。


「…あーその、行、きましょうか。この先に美味いコーヒーの茶店があるんですよ。ケーキも美味かったから、気に入ってもらえると思うんです。」

 健太は一週間ぶりに会った好きな女性にどぎまぎして、言葉が詰まりがちになる。


——服装を褒めたりした方がいいかな?でも、まだ恋人同士ってわけじゃないから、嫌がられたりするかな?


 健太は梅宮を案内する形で喫茶店に向かって歩き出す。褒めるタイミングは逃してしまったが、梅宮も特に気にしていないようなので安堵する。


「…そうですね。早速行きましょうか。」

「今日どのくらいに駅に着きました?もしかして待たせちゃいました?わたしメッセージ送ってからすぐに合流しましたし…。」

 梅宮が半歩遅れた位置から声を出す。


「えっと、一時間くらい前かな?ちょっとスマホの充電器買いたかったから早めに来てたんす。だから待ったとかはないですよ。」

 健太は梅宮の歩くペースに合わせて歩く速さを落として答える。「背の高さが違うので、歩幅も違うのか」と新鮮な発見をしてちょっとニマニマしてしまう。


「へぇ、充電器…。」

「……わたしコードとかすぐに断線しちゃうんですよね。使い方が悪いのかな?」

 梅宮は思い出すように口を開く。


 独り言のような言葉だったが、健太は最近のエピソードを思い出す。

「わかります、俺もすぐにダメにしちゃって。——ここです。」

 ただ、丁度喫茶店に到着して、話が途切れてしまう。


 この喫茶店は健太の行きつけ、とまでは言えないが父親に連れられて幼い頃から何度も足を運んだ店だ。

 子供の頃はコーヒーは苦手でクリームソーダとかばかりを頼んでいた。そして、日替わりのケーキだ。丁度良い甘さで、子供が頼むジュースにも、大人が頼むコーヒーにも絶妙に合う。

 大人になるにつれこの喫茶店の良さがわかってきて、今でもたまにわざわざ訪れる。


「ほぇえ…健太さんおしゃれな店知ってますねぇ。」

 梅宮はきょろきょろとおしゃれな店内に目を奪われたようで、感嘆の息を漏らす。


「あ、ん、まあね。本とか読むのにちょうど良いんすよ。」

 梅宮も気に入ったらしい様子に健太は少し嬉しくなる。


 店内に入った二人を出迎えに店員の若い女性が現れる。

「いらっしゃいませ。空いてる席にどうぞ。」

 にっこりと笑って会釈した女性は厨房に戻っていく。


「宵子さん、あっちの奥の席に行きますか。」

 健太は店の奥の壁際、ソファと木の座椅子の組み合わせの二人席を指差す。

「俺、トイレ…お手洗いが近いからさ、通路側に座っていいですかね?」


——上座っていうか、ソファ勧める方が多分良いんだよな?


「あ、はい。」

 梅宮は少し微笑み、ハンドバッグを脇に置く。


 二人が席について一息ついて顔を上げると店員が戻ってくる。手にはメニュー表と、水の入ったグラスを持っていた。

「ご注文がお決まりの頃にまたお伺いしますね。」


「宵子さん、どうする?ケーキは日替わりなんだけど…。今日は、チーズケーキか。割と当たりだと思いますよ。」

 メニュー表を梅宮に向けて、自分は首を傾けながら覗き込む。


「じゃあそれと、カフェ・オ・レにしようかな…。ウインナーコーヒーでも良いけど…。」

 梅宮はメニュー表を除きながら呟く。目線は甘いものの方を向いている。


 健太はいつもと同じものを頼むつもりなので、メニューは見なくても問題ない。

「ああ、良いっすね。俺はアイスコーヒーで良いかな。」

「宵子さん甘いのが好きってメッセージでも言ってましたっけ?」


「そうですね。コーヒーはブラックも美味しいとは思いますけど、でも結局甘いのが飲みたくなりますね。」

「健太さんはもっぱらブラックですか?」


「んー、どうだろ?ブラックも好きなんすけど、苦すぎるのはちょっと苦手かな?様子見ながらミルク入れたりしますね。」

「じゃ、注文しますか。宵子さんはウインナーコーヒーで良いです?と、日替わりのケーキセットかな?」

 健太は梅宮がおそらく食べたい物を注文してあげようと思って言う。彼女が何を頼んだところで奢るつもりだから、好きな物を頼んでほしい。


「…はい、それで大丈夫です。」

 梅宮は逡巡の後に口を開いた。


 健太は梅宮が頷くのを見て、店員の姿を探して静かに手を上げる。


 店員も健太の合図を認めて、微笑みを浮かべて歩いてくる。

「お決まりですか?」


「はい、ウインナーコーヒーの日替わりケーキセットと、アイスコーヒーの日替わりケーキセットで。」

 健太がメニュー表を見ながら、注文する。


「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

 店員は注文を書き留めて顔をあげる。


 健太は梅宮に悩んでいるそぶりがあったので、最後に確認するつもりで顔を見る。

 梅宮は問題ないらしく軽く微笑んで、再度頷いた。


 健太は店員に向き直る。

「はい、大丈夫です。」


「少々お待ちください。」

 店員が厨房に歩いて戻っていく。


 その姿を眺めながら、梅宮が口を開く。

「健太さんは普段からケーキ食べるんですね。」


「まあ、嫌いではないですからね。誕生日とかも未だに母親が買ってくるので食べますよ。」


——正直あんまり食わないけど、人よりは食ってるから良いよな、これくらいの嘘は。


「宵子さんは、確か十二月二十七日が誕生日でしたよね。クリスマスケーキの後に誕生日ケーキも食べるんですか?」


「よ、よく覚えてますね…!んと、子供の頃は一緒にお祝いしてたから、ケーキは一個でしたよ。」

 梅宮がやけに驚いた顔をする。


「ああ、年末だなって思って。あと十二に二十七だから数字的にも結構覚えやすいですし。」

 健太はなんとなく好きな数字の羅列で覚えやすかったのと、十二月生まれの知り合いもいなかったので覚えていた。


 しかし、梅宮は妙に驚いていて会話に間があいてしまう。ダメではないと思うが、それがなんだかとてもまずいことのように感じられた健太は無理矢理に話題を振った。

「…あの…宵子さん、は休みの日ってどんなふうに過ごすんですか?」


「え?」

 梅宮は聞こえなかったようで、聞き返す。


「や、休みの日の過ごし方です!」


——声、低くて小さいから聞き取りにくいってみんなから言われて、気をつけてたのに。やっちゃったな。


「…あぁ、えっと…ジムに行ったり、あと平日のお弁当のおかず作ったり…が多いですね。友達とショッピングに行くことも多いかな。」


「へえ、お弁当作ってるんですね。俺も新卒のころちょこっと作ったりしましたけど、面倒になっちゃって、今はコンビニ弁当ばっかりです。」

 健太は水の入ったグラスを手に持つ。一口だけ口をつけた後、厨房の方に視線を向ける。


——早くコーヒーとケーキ届かないかな。とりあえず今の空気を誤魔化したいんだけど…。


「大したものじゃないですよ?毎日似たようなおかずだし、平日はご飯とおかず詰めるだけですから…。」


 健太は梅宮に視線を戻して尋ねる。

「あ…もしかして、この前の街コンの時に絆創膏していたのって料理していた時に怪我されたんですか?」


——ネットで見たあなたのことをよく見て覚えてますアピールしといたら女性は喜んでくれるらしいが…どうなんだ?


「え?…………あぁ!それは料理じゃなくてただちょっと切っちゃっただけで——」

 梅宮が驚いているところに、店員がお盆に載せたケーキセットを持ってくる。


「お待たせしました、アイスコーヒーのお客様。」

 店員の手には一セットだけがあり、梅宮の分のケーキセットは後のようだ。


「あ、俺です。——ありがとうございます。」

 健太はコーヒーとケーキを受け取る。


——よりにもよって俺が先か…。宵子さんが先なら「お先にどうぞ」とでも言って気遣いできるんだけど…。


「ウインナーコーヒーのセットもすぐにお持ちしますので、少々お待ちください。」


「すぐ来るらしいですし、お先にどうぞ。」


「あぁ、すません。気を遣わせちゃって。じゃお先に。」

 健太はそう言って、アイスコーヒーを一口だけすするフリをする。当たり前のように食べ始めると印象が悪い気がするから。


 店員は思っていたよりも、ずいぶん早く戻ってくる。厨房の入り口にでも用意していたらしい。

「お待たせしました。——ご注文は以上でお揃いでしょうか?」

「では、ごゆっくりお過ごしください。」


「いただきます。」

 梅宮がウインナーコーヒーに口をつける。コーヒーが苦いのか、眉を顰めている。


——本当に苦いの苦手なんだ、ちょっと可愛いな。


「砂糖入れます?」

 健太は梅宮に角砂糖の入った入れ物を渡す。


「はい、入れたいですね。ありがとうございます。」


「ははっ。宵子さん、結構甘党なんですね。」

「ケーキも食べてみてくださいよ。俺好きなんですよね。」

 健太は空気が上手く切り替わったのを確信してチーズケーキに手を伸ばす。

「美味しいでしょ?チーズが濃厚で甘さも控えめで。チーズケーキってなんかチーズ感ないの多いけど、ここのは違うんですよ。」

 健太が好物のチーズケーキを梅宮にも布教できてなんだか誇らしいような気持ちになる。


「そうですね!すごく美味しい!」

 梅宮も気に入った様子で、ケーキを食べるフォークが止まらない。最後の一口はウインナーコーヒーと合わせて食べていて満足そうだ。


 ただ、あまりに食べっぷりが良いので、梅宮に尋ねてみる。

「宵子さん、いい食べっぷりですねぇ。…あんまり女性に言うのはあれかもですけど、お腹空いてました?レストランの方が良かったですかね?」


「いや、まあ…ははっ。お昼、食べてなかったので…。」

 梅宮は恥ずかしそうに照れて俯く。


「うーん、夜ご飯には早いけど…。この後は近くのレストランに移動しますか。宵子さん何が食べたいです?」

 健太は自分のスマホを取り出して、マップを見る。


——よし、自然な感じで次のお店にも誘えたぞ。せっかく来たから、たくさん話したいもんな。


「え…なんでも、いいです。——ごめんなさい、ちょっと思い浮かばなくって。」


「じゃあ、パスタの店にしますか。たまに行くんですけど、そこもデザート豊富で良い感じなんですよね。」

 健太はまた、家族でもよく利用するレストランを提案する。母親がお気に入りなので、梅宮もきっと喜んでくれるだろうと考えて。


———


 それから健太と梅宮はいくつか雑貨店などの店を回った。

 本当なら直接次のレストランに行くつもりだったのだが、昼の部と夜の部で営業時間が分かれていて今は開いていなかったのだ。


——段取りが悪いとか思われたかな?ウインドウショッピングになっちゃったけど、女性って何見るんだろう?服とかで良いのかな?


 健太の心配をよそに、梅宮は特に気にした様子もなく雑貨を見て「これ可愛くないですか?」とか、「こういうのペアで買って部屋に置いてたら可愛いかもですね」とか話してくれる。


——あんまり、気にしてないのかな?夜になっちゃうしあんまり長く引き止めるつもりは流石にないんだが…。


——…いや、むしろ引き留めた方がいいのか?わかんねえー!流石に付き合う前なのにホテルとかに誘ったらおかしいだろうし!いや、ウェルカムだけどさ!


 健太にとっても思いがけずにデートが長引いた。

 異性の友達と出かけることはあっても、これまで二人きりでという経験はなかった。女性がどういうものをどう思って見ているのかを知れるのも興味深かった。また、二人でこういう商品がどうだとか言い合うだけでもとても楽しめた。


 レストランに入店してからも、気遣いを忘れないで振る舞えたと思う。二人で別々の料理を選んでシェアした時も、間接キスにならないように気をつけたし、食べ方にもマナーにも気をつけたつもりだ。


 その成果か、梅宮もぎこちなさがなくなり、心地よい沈黙の時間もできた。

 ただ、流石に夜になってしまったので梅宮は頻繁に時間を確認する様子が見られた。


——やっぱ、引き留めすぎたよな…。この後は誘わない方が良いよな。


 健太も流石に満腹で、眠気すらも感じ始めていた。


———


 そして、帰り道。

 すっかり日は沈んでしまっていた。


 レストランは昔ながらの商店街にあり、割と人通りがある。また、いわゆる陽キャたちで賑わっていて、居酒屋やバーやスナックが入っているビルの前で楽しそうに騒いでいる。健太は人混みがあまり好きではないが、目を細めると色とりどりのネオンが綺麗に見えるこの通りは好きだった。

 ただ、最近まで気づかなかったが、一本隣の道はいわゆる風俗街らしい。メンエスだとか、ピンサロだとかで有名だと健太の会社の新卒の男の子が言っていた。


「今日はありがとうございました。パスタも美味しかったです。それにお金も出してもらっちゃって…。」

 梅宮は疲れた様子で眠たそうにしている。


「いやあ、良いんです。それより、ごめんなさい。そんなつもりはなかったんですが、夜まで連れ回しちゃって。」

 健太は通りの人の多さを見て、はぐれないように梅宮の斜め後ろを歩いていた。


「じゃあ今日は…これで…帰りましょう、か?」

 梅宮は名残惜しそうに言葉に詰まる。


——梅宮さん、疲れているだろうに…。まだ一緒にいたいと思ってくれてるんだろうか?


——いや、流石にそれはない…と思う。俺だったら帰りたいって思いそうだしな。


——でも、万が一違ったら?これが夜のお誘いってやつなら、ヘタレ野郎だって思われるかも…?


 健太は今この時に何というか決めなければならないのに、答えが決められない。その正解を探すように梅宮の目を見る。


 そして、健太は意を決して口を開いた。

「…え、と。宵子さんが嫌じゃなかったらもう少しお話しできませんか?」


「もう一軒ってこと…ですか?」

 梅宮は固い声を出す。

「…もう疲れてしまったので、また今度お話ししません?」


——正解は「帰る」らしい。


「そうです、よね。すみません、帰りましょうか。」


——引かれてしまっただろうか?温度感を読み違えたってやつか…。


 ゆっくり歩いて二人は駅に向かう。健太は話しかけたかったが、さっきの失敗を払拭できるような上手い話題が思いつかず二人の間には沈黙が流れる。


——せっかく好きになったのに、さっきのつまらない失敗でもう会ってくれなくなるかもしれない…。


——初めてのデートだけど、しっかり好意を伝えておいた方が良いんじゃないか?でも、さらに引かれるか?


——いや、街コンで会ったときから、宵子さんも俺に好意があるようなそぶりは何度かしてくれていたし、勇気を出した方がいい気がする…!


 健太はかなり悩んだものの、梅宮に告白することにする。しかし、いざ口を開こうとすると声が出てこない。別れが近づき、駅の階段を登り始めた時。いくらかあった選択肢が”デートの終わり”のみになったときにようやく覚悟が決まった。

 

「宵子、さん。俺…宵子さんのことが好きです…。まだ会って一週間なのに何言ってんだって思われるかもですけど…。また会ってほしい…です。」


——言ってしまった。


「ぁー、そうですね…ははっ。また会いましょう。」

「じゃ、わたしあっちのホームなんで。ご飯おいしかったです。ありがとうございました!」

 梅宮の反応はあっさりとしていた。そして微笑んで会釈し、駅のホームに向かって歩き出した。


 健太は梅宮にとって自分が”あり”なのか”無し”なのか判断がつかず、その場に立ち尽くしていた。

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