門松健太編 下
健太は家に着いてすぐに外行きの着慣れない服を脱いだ。普段はネットで買った安いシャツにデニムなので、解放感がすごい。
ただ解放されたのはあくまで外側、身体的な感覚の話で、頭の中は梅宮としたデートのこととお礼のメッセージのことから離れられなかった。
「あんまり、最後のこと引っ張らない方が良いよな?」
健太は梅宮とのデート直前までの楽しげな雰囲気のトーク画面を眺めながら呟く。ようやく彼女に会えるという期待感でいっぱいだった頃の自分が文字の中ではしゃいでいるのが見える。
健太はできるだけ同じようなテンションを維持するようにメッセージを打ち込み始めた。
『今日は楽しかったです!今日のカフェ中々良かった——』
「いや、カフェの自慢してどうすんだよ。冗談混える感じで…。」
『——失礼かもですけど、宵子さん食べっぷりが良くって、見ていて気持ちよかったです笑。また、美味しいお店探しときますね!』
「『もう!恥ずかしいんで、健太さんやめてくださいよ笑』…みたいな感じで返ってくるか、な…?」
——やっぱり最後に告白したのはまずかったかな…。
——でも、あそこで言っておかなかったら、もう次が無いような気がしたんだよな…。
——やっぱ、触れないで流すのは卑怯な気がする。送っ、とくか…!
『最後に好きとか言って困らせちゃいましたよね、、宵子さんとはなんというか共感できることが多いし、話しやすくって笑。運命なんじゃないか、なんて思ったんです笑。』
健太はやるべき事は終えた気持ちで、風呂場に向かう。両親はもう既に就寝しているので、静かに行動する。
風呂場に入ると、足元が濡れていて少し冷たい。対照的に頭が火照っていたことに気付かされる。
シャワーがお湯に変わるのを待ちながら、今日の自分の行動を振り返ってみると、かなり浮かれていたように感じる。
——赤点ではない、とは思うけど。良くて六十点とか?
——もう…返事はないかもな。
健太はネガティブな気持ちに飲まれそうになっていると、風呂場の外から——。
ピロンッ
「ぉ…。」
健太の心が踊る。”光明がさした”という表現が今の状況にぴったりな気がする。
濡れた体の水滴を軽く落として、脱衣所が濡れるのも構わずに出てスマホを手に取る。
案の定、梅宮からのメッセージだった。
『今日は楽しかったです!やっぱり健太さんとは話していてすごくフィーリング合うなぁって思って///今度はどこか遊びに行きたいですね!』
「あぁ〜、良かった…!もう返してくれないもんかと…。」
健太の脳裏には、何の連絡もなく突然に消えていったメッセージの向こう側の女性たちがチラつく。
——宵子さんはあの”クソ女”たちとは違うんだよ。もし、俺が”無し”だったとしてもフェードアウトなんかするわけない…!
——でも、やっぱり告白のことは流すか。まあ仕方ないだろう。
——次は遊び…か。そうだな…。映画館とカラオケはネットで良くないって書いてたから…水族館か動物園とかか?じゃあ…!
『次はどんな所が良いですか笑?俺が決めてよければ次は水族館にしません?夜の、本来なら閉館後の時間帯に行くツアーみたいなのがあって、いつか行ってみたいなって思ってたんです!来週末とかあいてます?』
健太は次のデートの誘いを打ち込み送る。変にネガティブになっていたのが嘘のように今は気分が良い。
スマホを洗面台に置いて、再び風呂場に戻る。手早くシャワーを終えて、今日という日をいい気分のまま終わらせたい。
健太はシャワーのザアザアという音で聞こえなかったが、脱衣所ではスマホが再び鳴っていた。
ピロンッ
『すみません、、来週末はちょっと母と出かける用事があって。ごめんなさい。また、行けそうな日があったら連絡しますね!』
ブツッ
スマホの電源が落ちた——。
———
翌早朝。
健太は日が昇るより早くに目が覚めた。
嬉しい出来事が連続したために、興奮して眠りが浅くなっていたらしい。
昨日の梅宮とのデートは上手くいった。最後に早まって告白してしまったのにも関わらず梅宮の反応は悪くないのだ。
下品な話だが、痛いくらいに健太は朝勃ちしていた。
——こんなにガチガチになってるの高校生以来だな。
「うわぁ…パンツにシミまでできてる。ガキじゃあるまいし。」
「そうだ、宵子さんからメッセージ来てるかな?」
健太は自分の股間のカウパーをティッシュで拭き取りながら、スマホを手に取る。
『来週末じゃなくて再来週の方が良いです!土日ともまだ予定ないから、ずっと一緒にいれますよ!』
「う〜わ、マジかよ!宵子さん積極的すぎないか!?」
健太にも恋人関係の人がいたことはある。しかし、それは高校生時代の話で、それもきわめてプラトニックな付き合いだった。つまり、このメッセージは健太には刺激が強すぎた。
「な、なんて返信するのが良いんだ?一応まだ交際前の男女だし…。」
胸がドキドキして、気分はまさにこの世の春といった感じだ。
何度もメッセージを打ち込もうとするが上手くまとまらない。性欲に支配された頭では、気の利いたメッセージなんて思いつきそうもない。
健太はすぐにメッセージを送るのはやめて、自室で両親が起き出す前に性欲を発散することにした。
———
健太は気分が良かった。実にスッキリとした気持ちで街へ繰り出していた。
健太は今朝、再来週のデートとは別に、梅宮をデートに誘ってみたのだ。
実際どうなるかはわからないがダメで元々だ。
『宵子さん、急でごめんなさい!再来週ってなると待ち切れなくって笑。実は俺、今日も暇で、もともと映画を観に行くつもりだったんです。良かったら昼から一緒に行きませんか??』
『中心街の南モールの映画館に行くつもりなので、もし都合がつくようなら、14時に現地集合しましょう!!』
現実を見るなら、梅宮は来ないだろう。ただ、万が一ということがあると思う。
万が一、梅宮の方も健太に既にメロメロで、すぐにでも会いたいなんて考えていたらどうだろう。健太自身の意見を言えば、惚れた相手に誘われれば多少の予定なら潰して会いに行きたいと思う。
そういうわけで健太は街中のオシャレなカフェに入り「なんとかフラペチーノ」とかいうやつをちびちびと啜っている。これまでならこういうカフェは決して入ろうとは思わない。自分みたいな独り身の男が寄り付くと、なんとなく社会という水に浮く油、は言い過ぎだが泡のようで相入れない感じがしたからだ。
しかし、今はもう違う。店に入っても「ようこそ」と自分の肩に手を回されているような感じさえするのだ。
——さぁて、流石に断られるかな?まあ、2日続けては大変だろうし、用事だってあるかもしれない。
——来てくれる可能性は大目に見積もって10%くらいかな?
「ふ、ふふっ。もし来てくれたら、焼肉とか一緒に行くのも良いな。それか回らない寿司屋とか…?」
健太は取らぬ狸の皮算用を始める。
——そうだ、一応アレ買っといた方が良いかな…。本当に万が一が起きた時に、持ってないせいでダラダラして空気壊すの嫌だしな…。
——「いや交際前にマズイよ、宵子さん!」なんちゃって!
「そういや、そろそろ返事来てないかな。」
健太は何気なくスマホをポケットから取り出す。
しかし、母親から『あんた、晩ご飯はいるの?』というメッセージしか届いていない。
母親からのメッセージはひとまず見なかったことにする。もし梅宮と合流してデートとなれば晩ご飯は要らなくなるからだ。
「今日は忙しいのかな…。まだ既読もついてない。」
健太は若干の焦燥感を感じる。これは、映画の時間が差し迫っているからなのか、それとも——。
———
夕方。
結局、梅宮からの返信はないままだった。ギリギリまで待つつもりで映画館の前に立っていたが、梅宮が現れることはなかった。それどころか最後に健太が送った映画の誘いのメッセージに既読がつくことはなかった。
映画なんてとても観る気にはなれず、南モールの中のフードコートで水を飲みながらスマホを何度も確認していた。
「宵子さん、どうしたんだろう…?まさか、事故にでも遭ったのか?それかスマホが壊れたとか?」
——宵子さんがなんの連絡もなしで、それこそ断りのメッセージもしてこないなんて考えにくい、よな。
「…せめて、既読がつけば…。あっ…メッセージが埋もれてるだけで、気づいてないとか。あるのか…?」
——これまで散々やり取りしていた相手のメッセージを、見逃して気づいていないとかあり得るか?いや、無いだろう…。
健太は検索サイトを開く。メッセージが未読のまま放置される意味を知りたかったから。
ただ、どのサイトも当たり障りのない答えばかりだった。
『忙しくて見れていないから。』
『気づいていないから。』
『気になる相手への駆け引き。』
AIにも尋ねてみるが、同じ答えだ。スマホが壊れている可能性があるのかも聞いてみると、『その可能性もある、ただ可能性としては低い』と言う。
追ってメッセージをすることも考えたが、検索サイトもAIも『二、三日待って返信がなければメッセージしてもいい』と言う。
これらのネットの意見に従う必要は無いとは思う。だが、心のどこかで的を射た意見だとも感じていた。
メッセージだけを見るなら、梅宮の行動は理解できない。
しかし、昨日の別れ際の梅宮の様子を改めて思い出してみれば、答えは出ている気がする。
健太の心の曇ったフィルターを外せば、梅宮はデートの終わりには健太との距離を取っていた気がする。
頻繁に時間を確認していた気がする。
目も合わなくなっていった気がする。
——メッセージは…よくわからないけど、脈無しってことなんだろう。俺は…。
健太はもうここで待つのはやめて、立ち上がる。紙コップの水を飲み干して、帰路に着いた。
晩ご飯も食べようという気になれなかった。
———
梅宮からの連絡が途絶えて、丸一日が過ぎようとしていた。
健太の心は荒れ始めていた。頭の中は梅宮のことでいっぱいで、普段ならしないのにスマホを風呂場にも持ち込んで着信がないか確認したりもした。
好きになった女性とデートまでして、告白もした。話も合うし、共通点もたくさんあってこの人しかいないんじゃないかとすら思っていた。
しかし、その人からの連絡は来なくなった。たった一日のことではある。ただ、これまでの連絡の頻度を考えれば十分に異常事態だった。
追ってメッセージをするのはやめた方がいい気がして、映画に誘ったメッセージの後は何も送っていない。ただただ我慢して梅宮が返事をくれるのを、あるいは既読だけでもつくのをひたすらに待った。
何度もメッセージアプリを開いてトーク画面を見たが、既読の文字はつかない。
——俺が一体何をしたというのだろう。宵子さんに喜んでもらえるように、楽しんでもらえるように気を配って、それで——。
——悪いところがあれば教えてくれれば良いのに。そうすれば君が心から好きになれるそんな男になってあげられるのに。
「…ダメだ。…いや違う。”まだ”未読なんだ。振られたのかどうかさえ…。」
健太の目には涙が浮かぶ。振られたのなら、気持ちの整理もなんとかつけられよう。でも、振ってすらもらえないのはキツすぎた。
「もう君には会えない…んだろうな。”もう一度会ってください”なんて、言わなければ良かった…。」
———
深夜。
健太は普段はしない深酒をしていた。
翌日は平日、月曜日で仕事がある。だが、精神的に参ってしまい布団に入ったところで眠れそうもなかったのだ。
——失恋ってやつだよな。高校ん時の別れ話は辛くなかったんだけどな…。本気度の違い、かな?
健太はリビングのソファに腰掛けて缶チューハイに口をつける。
テレビには何の興味もない深夜アニメが流れている。異世界に転生した主人公がハーレムを築き上げるという内容のようだ。
アニメのヒロインが窮地を主人公に助けられ、惚れて顔を赤くしている。
「不登校のやつが異世界に行っただけで、なんで女が惚れるんだ?ちょっと助けられたくらいで惚れるか?人の心ってそんな単純じゃあないだろ!」
「はっ、アニメだからか…。俺もバカだな…。」
ピロンッ
突然、健太のスマホが通知音を鳴らす。びくりと体を震わせ危うく缶チューハイを落としそうになる。
スマホを見るとメッセージが届いていた。
梅宮からだった。
『体調は大丈夫です。正直な——健太さんの——を男性——好きになれそうに——、一方的に断ってしまってごめ——もう連絡してこないで——い。』
酔っているせいか、メッセージはところどころぼやけて見える。
「は?」
健太は頭から冷水をぶち撒けられたような感覚を覚える。
「宵子さんからメッセージが、来たけど…。なんだこれ?」
——振られたのはわかる。別にもう構わない。ほとんどそのつもりでいたから。
——しかし、なんだ?文脈がおかしくないか?
健太は酔いを覚ますべく、スマホをその場に置いてソファから立ち上がり洗面所に向かう。
顔を冷水で洗う。だが足りない気がして、風呂場でシャワーの水を頭にかけた。
そうしていると頭が冴えてきて、洗面所の手拭きタオルを頭に巻いてリビングに戻る。
改めて確認したメッセージは中身がおかしかった。
『ごめんなさい、健太さん、、スマホの調子が悪くてメッセージに気づいてませんでした、、わたしも健太さんに会いたかったです。』
——なんだ、これは?さっき見たメッセージはどこへ消えたんだ?
——俺は振られたんじゃないのか?
「一回メッセージを送って、送信を取り消し、書き直して送った?……いやいやいや!おかしいだろう!言っていることが真逆すぎる!」
健太は頭を掻きむしり、脱力してソファに倒れ込むようにして座る。
——なんだ?アカウントの乗っ取りとかか?金の催促されるんならわかるけど…。じゃあ、やっぱり宵子さんからのメッセージ、か?
「〈何よ、わたしのお礼が受け取れないって言うのお?お世話になったからその恩を返すって言ってるだけでしょ!”スジ”を通すって大切なことなんだから!〉」
アニメのヒロインの声がやけにリビングに響く。
健太は耳障りに感じてテレビの電源を落とす。暗い画面に映り込んだ自分は酷い顔をしている。
気づけば、日付も変わっていた。そして、外からはシトシトと雨の降る音が聞こえ始めていた。
———
翌朝。
いつもの朝だ。リビングには両親がいる。父親はスーツに着替えてテレビでニュースを流しながら新聞を読んでいる。母親はスマホでパズルゲームをしながらコーヒーを飲んでいた。
「おはよ、あんた今日は傘持っていきなさいね。お父さんも忘れちゃダメよ。」
健太の母親が顔を上げる。
「んん。というか、もう降ってるんじゃないか…?」
父親は新聞に埋もれるようにして呟く。
「うるさいわね。降ってなかったら忘れるでしょあんたたち。」
「…俺、今日は休むわ。ちょっと気持ち悪いから、さ。」
健太は迷いながら、小さな声で宣言した。
「なあに?風邪?気をつけなさいよ。すぐにお腹出して寝るんだから。」
「ん、風邪かな…。」
健太は母親の心配そうな声を聞いて少し暖かい気持ちになる。
——風邪じゃない。ただの失恋、だ。
「じゃあ、寝ときなさいよ。あとでお粥かなんか作って持ってってあげるから。」
「ありがと…。」
健太はもごもごと口の中でお礼を言う。母親はもう聞いていなかったが。
そして、歯磨きだけは済まして、再び自室に戻る。布団の上に寝転がり、ぼんやりとスマホを眺める。
健太は昨夜梅宮からメッセージを受け取ったものの、返せずにいた。
不明なことが多すぎて、最適解というものを完全に見失ってしまっていた。
「俺は振られた。これはおそらく間違いない。デートの終わり際の宵子さんは脈無しの態度だったから。」
「デートが終わった後、宵子さんからメッセージが来た。これも間違いない。でも、内容がおかしい。妙にこちらに気を持たせるような態度だったのに、そのくせ未読スルーしたり。」
「そんで最後のメッセージだ。俺の記憶にある宵子さんのメッセージと内容が違いすぎる。」
——なんでメッセージの内容を変えて送り直すんだ?それも真逆の内容に変えて…。
「気持ち悪い…。」
健太は枕に顔を埋める。スマホを適当に滑らせ、行方は確認しなかった。近くにあればどうしても手に取って見てしまうから。もう、答えのわからないことを考えたくなかった。
———
夜。
コンコンッ
不意の音に健太は目を覚ます。
母親が部屋の扉をノックした音だった。
「健太、起きてる?もう夜だけど、食欲はある?お粥あるけど。」
平静を装った心配そうな母親の声。
健太は起き上がって返事をする。
「…ん、起きるよ。お粥もらうわ。ありがとう…。」
「そう。こっちで食べる?」
「いや、リビング行って食うよ。」
「そ。」
軽く頷き母親は歩き去った。
健太は時間を確認しようとスマホを手探りで探す。スマホは枕元で見つけるが、電源が切れている。
「充電するの忘れ——いや、今日は使ってない…。スマホゲーでも立ち上げたまま寝たのか?」
「…あー、や、違うな。」
健太はもうそれ以上を言葉にしなかった。考えることもやめた。
大きくため息をついて立ち上がる。そして、深く考えないようにして、ただ普段と同じ行動をとる。少し違うのは買ったばかりの充電器を取り出して使ったことだけだった。
そして、健太は部屋を出た。
ブブッ
ピロンッ
健太のスマホに電源が入る。
そして、通知音が鳴り誰も見ていないスマホにメッセージが表示される。
『健太さん、こんばんは!もし良かったら、今からわたしの家に来ませんか??』
「ファントム・バイブレーション〜鳴り止まない通知〜」はこれにて完結です。
読んでくださりありがとうございました!
方向性は違えど、他にも作品は投稿しておりますのでそちらもどうぞよろしくお願いします。
【ちょっとしたお願い】
本作では、男女それぞれの視点から「恋愛中の認識のズレ」を描いてみました。
ホラーとしての感想とは別に、宵子のような女性側の心理や、健太のような男性側の心理について、「こういう感じはリアルだと思った/ここはあまり現実ではなさそう」といったご意見があれば、ぜひ聞いてみたいです。
もちろん作者であるわたしによる異性視点の心理描写はどうしても想像に頼る部分がありますので…。
男女それぞれの恋愛における考え方や行動について、実際の感覚と比べてどう感じたか教えていただけると嬉しいです。




