門松健太編 上
「門松健太編 上」に続いて本日中に、中と下も投稿します。
よろしくお願いします。
俺には女性というものがわからない。
愛する人が欲しかった。愛する人に愛されたかった。今はもうただただわからない。
結局のところ、どれだけ優しく接しようが身だしなみに気をつけようが、フィーリングとやらが合わないといけないらしい。
自分なら、美醜も性格も、趣味嗜好に至るまで合わなかったとしても、好きになれば飲み込めるのに。
気に入らないところがあれば直す用意だって俺にはある。ただ一言、「それはわたしは嫌だ」とか、「こういうようにしてほしい」と言ってくれるだけで良いのに。
女性たちは気のあるようなセリフを簡単に吐いて、こっちに興味がなくなれば何にも言わないでただ消えていく。
気遣いを求めるくせに、相手への気遣いはあるのか?
俺の心はどうなるというのか。
———
今日、俺は、門松健太は初めて街コンに参加する。
きっかけというものは特にない。強いて言えば寂しくなったからかもしれない。
長らく結婚だとか恋人だとかそういうことに興味を持たずにいた。独身貴族と言えば聞こえは良いが、そういった女性関係に縁がないままに人生を終えるのは違う気がしたのだ。
はっきり言って人間は嫌いだ。自分のことしか考えていない。法律は守るくせに刑事罰のないルールなら平気で破ったりするのも気に食わない。
だからといって全員がそうでないことも知っている。そういう価値観の合う女性が見つかって愛し合う関係になれたらそれはさぞ楽しかろうと思う。
だから、手始めにマッチングアプリに手を出してみた。しかし、男性に”いいね”をする女性のなんと少ないことか。
毎日地道に女性のプロフィールを眺め、気になった人には”いいね”をする。女性側も気づいているはずなのに、まずマッチングには至らない。
自分のプロフィールが悪いのかと、取っ付きにくい変なところは消して頻繁に書き換えもする。自分の写真だって加工まではしてないものの、”清潔感”とかいうものは出せていると思う。だが、それでも上手くいかない。
さらに、少ないまでもなんとかマッチングに漕ぎつけた女性は同じ人間であることを疑うくらいにメッセージが返ってこない。一生懸命に話しかけても「はい」か「いいえ」しか話さない。そうでない人もいるが、食事に誘えば無視だ。
——彼女らは何がしたいんだ?AIに話しかけた方がよっぽど会話が成立するじゃないか。
健太は内心諦め半分、期待半分の気持ちで街コンの会場に向かって歩いていた。土曜日の休みを潰して来るのだから、相性の合う人を見つけたいと本当に思う。
「そうだ、口臭ケアのタブレットを一応…。あれ、ない。持ってくんの忘れたか…。コンビニ寄って…ついでに飲み物も買うか。」
健太は真っ直ぐに会場に向かうことに躊躇する気持ちもあり、言い訳を口にしながらコンビニへ入った。
場所が街中であることもあり、店内は人で賑わっている。カップルの姿もあり、二人でおしゃべりしながら商品を選んでいる。
——楽しそうだな。俺にも見つかるだろうか、ああいう相手が。
口臭ケアのタブレットと安いプライベートブランドのお茶を買って、健太はコンビニを出る。
イベントの開始時刻まで後三十分。ゆっくり歩いて行っても間に合うはずだ——。
———
会場はビルの一室、レンタルオフィスにあった。会場の前まで来ると、スタッフらしき人の声が聞こえてくる。
「〈参加者の方は〜。〉」
「すうぅ、はあ…。行くか。」
健太は軽く緊張はするが、「なるようになるだろう」と考えて一歩を踏み出した。
会場前には女性のスタッフと、黒のワンピースを着た小柄な女性がいた。
——この人も参加者だろうか。
そう考えながら、前の女性への案内が終わるのを待つつもりで視線を外す。そこに女性スタッフが話しかけてきた。
「あ、参加者の方ですね?」
「こちらの紙にプロフィールを記入してください。それを元にお相手の方とお話ししてもらいますね。」
女性スタッフはにっこりと笑いながら、B5くらいの右上に番号が振られた用紙と書きにくいプラスチックの鉛筆を健太に渡す。渡された用紙の番号は一だった。
「あ、どうもすません。」
健太は女性スタッフに会釈する。
先に案内されていたらしい女性は所在なさげに立っていて、そのやり取りを見つめていた。
——二人同時に案内するつもりなんだろうけど、先にいた人案内してあげたら良いのに。
健太はなんだか申し訳ない気持ちで、目を合わせないようにしていたのだが、女性の方が目を外さない。
仕方がないので目を合わせると、女性は優しく微笑み会釈をしてくれた。思ってもみなかった好意的な反応に驚きながら健太も会釈を返す。
——可愛らしい人だな。でも、思っていたより年齢層は若いのだろうか?流石に十歳も離れるのはきついんだけど…。
健太が会釈を返すのを見て、女性は会場に向かって歩き出した。
健太も少し間隔をあけて、会場に向かう。会場には既に何人も人がいてそれぞれにプロフィールを埋めている。
——これ、どこに座ったら良いんだ?男の人の隣…じゃなくて、誰か女性の隣に座って話しかけたりする方が良いんだろうな…。
——さっきの人は…なんか話しかけられてんのか…。あの人のそばが良いんだけどなあ。
「あなたはどうでした?迷いませんでした?」
さっきの女性に話しかけていた男性が、ちょうど会場入りした健太にも話を振る。彼の服装は青地のシャツにベージュのチノパンで、ネットで見た街コンに来る時の服装の正解みたいな取り合わせだった。自分と大して変わらないことに安堵する。
「へ?あ、自分はそんなに迷わなかったかな…。えと、門松って言います。よろしくお願いします。」
「ただ、初めて来たからちょっとだけ遠回りになっちゃったかな?」
健太はちょうど席を決めかねていたので、男性に話しかけられたことを幸いに、女性の隣に座ることにした。
健太が手荷物のカバンを机に下ろして、椅子を引いて座ろうとすると、また女性がこちらを見ているようで視線を感じる。
——また、見てる。なんだ?なんか変なところでもあるんだろうか?
「…えっと、何か…?」
健太は笑顔を作りながら女性に話しかけた。
「あ、や、えーと、梅宮宵子です。こういうところ不慣れで…。緊張しますよね!」
梅宮と名乗った女性は見ていた割に話しかけられると思っていなかったらしく、目が泳ぐ。
——ああ、俺と同じようにどう話しかけたらいいかわからなかった感じか。さて、なんて返すのが正解なんだ?
健太が少し悩んで一拍あけてしまい、気まずい時間が流れる。
先ほどの男性が見かねたのか口を開く。
「あ〜そうですよね!僕も緊張します。どうしよ、もう一回トイレ行っとこうかな、ははっ。」
「確かに!俺…僕も早めに書いてトイレ行っとこうかな…。」
健太は男性の雰囲気に助けられながら、同じくらいの明るさで答えてみる。
その流れで梅宮にも話しかけてみようと隣を見ると、彼女のプロフィールが目に入った。
「——梅宮さん…宵に子で、よいこですか?」
健太に話しかけられた梅宮は手元のプロフィール用紙から視線を外して顔を上げる。
「そうです。宵に生まれたからということと、駄洒落みたいだけどよい子に育ちますようにって両親が。」
「——”門松”さんって、おめでたい感じの名字なんですね!」
梅宮はにこにこと笑いながら健太の質問に答える。
健太も梅宮の様子を見ているとなんだか嬉しくなる。
「ふっ…。ですね。宵子さんはそのお名前気に入ってるんです、ね?」
——あ、つい名前呼びしちゃった。まあ良いか。
「…うーん、嫌いではない…ですけど。…でも、”子”とかつくとちょっと古臭い感じがして、嫌とまでは言わないですけど…。」
梅宮は少しぎこちない表情で笑う。
健太と梅宮、竹原が雑談をしながらプロフィールを埋めていると、受付にいたスタッフの女性が会場に入ってくる。
「では、そろそろお時間ですので始めますね。わたし、運営の篠田と申します。よろしくお願いします。」
そうして篠田の進行で街コンは始まった。
———
健太は色々な女性と話してはみたものの、うまく話せなかった気がした。ネットでどういう質問をすれば良いかとかは調べてから参加したのだが、雰囲気が上手く作れていない感じがするのだ。
そして、次が最後の相手だった。
最後の相手は少し気になっていた梅宮だった。
「よろしくお願いします。宵子さん。」
緊張がほぐれて慣れてきた健太は最初より流暢に話せるようになっていた。
「門松さん、よろしくお願いします。」
「僕から、自己紹介しますね。門松健太と言います。あだ名とかなくって、普通に門松とか、健太って呼ばれます。誕生日は十一月八日です。今はこんな感じですけど、昔は剣道してました。だから、割と運動は嫌いじゃないです。仕事はルート営業ってやつですね。だから、多少場所によって残業になったりするけど、それほど大変さがなくて良い感じです。タイプは好きになった人がタイプって感じですね。付き合ってみないとわからない気がします…。」
健太は時々笑顔を作るのを忘れないように気をつける。話しやすい雰囲気作りには大切らしい。
「改めまして、梅宮宵子です。友達からは梅ちゃんとかよいちゃんて呼ばれます。誕生日は十二月二十七日です。部活は料理研究部に入ってましたね。運動はあまり好きじゃないんですけど、最近ダイエットのためにジムに行ったりしてますね。」
健太は梅宮の話の途中で共通点を見つけてすかさず口を挟む。
「あ、ジム行くんですね!どこのジムですか?俺はリベラルに行ってますよ。」
「へー!偶然ですね!わたしもリベラルです!あそこシャワーも使い放題だし、24時間あいてるから行きやすいですよね!」
「——で、仕事は経理ですね。決算が近いと大変ですけど、普段は残業とかはなくって。できれば、ずっと働いていたいなって思ってます。で、最後タイプでしたね。タイプは…気遣いができる人がいいですね。」
——もしかして、変に遮っちゃったかな?む、難しい…。
どうやら梅宮は話し終えたようなので、健太は彼女の自己紹介から話題を拾う。
「うん、確かに。気遣い大切ですよね。夫婦だって、結局は血の繋がらない他人だから、長く続くためには気遣いが大切だと僕も思います。」
「門松さんは今は一人暮らしですか?」
梅宮が質問を投げかけてくる。梅宮は当然に苗字呼びだ。
「あ、健太で良いですよ。」
自分が誤って名前呼びしてしまっているので、同じように呼んでもらうのがスジだろう。
「——今は実家です。大学が地方で一人暮らしだったんですけど、家事とか大変で…。で、こっちに戻ってきてからはなんとなく一人暮らしする気にはなれなくって。だから次家出る時は結婚とかする時かなって考えてます。」
実家住みだと独り立ちできていない”こどもべやおじさん”と思われるらしい。だから、健太は梅宮の顔を伺うように見る。
「宵子さんは?実家…ですか?」
「いや、わたしは一人暮らしですね。わたしの場合ずっと地元で、大学も地元で…。実家を出る理由がないままだったから…だから、社会人になったタイミングで実家から少し離れたところにアパートを借りました。だから一人暮らし大変とかはわかりますね…。母の偉大さが身にしみます…。」
「でも、今の家は会社まではちょっと遠くて…。できれば中心街の方に引越ししたいなって。ただ、実家から離れると寂しいから恋人と一緒が良いなって思います。」
「そうなんですね!俺も会社まで二回乗り換えがあるから中心街の方に引越したいです!」
——良かった、何も思ってないみたいだ。まだ”俺と”とは思ってないんだろうけど、同棲とかも視野に入れてくれているみたいだ。
「なるほどー。——健太さんは料理とか結構されるんですか?」
「まあまあですかね。一人暮らししてたから、自炊で色々作ってはいました。今は実家なんであれですけど。」
「わたし…はどうでしょう…。やりはするんですけど、自炊って結局高くついちゃうから…。土日とかはちゃんとレシピ見ながら作ったりしますよ!——あ!メシマズってやつではない自信はあります!」
「なるほどー。仕事しながらだと自炊とか難しいですからね。宵子さんは頑張ってると思います。…素、敵だと思いますよ!」
「どんな料理が得意なんですか?」
——頑張って褒めてみたけど、変に詰まっちゃったな。
「得意、料理は…だし巻き卵、かな?お弁当に入れるのによく作るから。」
梅宮は困ったように笑って答える。
「おぉー、良いですね!綺麗に巻くの難しいんですよね、あれ。最初の方なんか巻くの諦めて適当に端に寄せて塊作って、それを芯に巻いたりしてますね、俺は。」
「ちょっと片栗粉入れるのがコツですよ!破れにくくなるから、巻きやすくなります!それから——」
梅宮は健太の話をよく拾ってくれるし、何より興味を持ってくれているようでかなり話しやすかった。
盛り上がっていた二人の会話だが、それを分断するように今まで流れていた音楽が止まる。
そして、篠田によってアナウンスがされる。
「〈本日のイベントはまもなく終了となります!投票用紙に記入いただけましたら、この、わたしが持っているこの箱に投票してください!小休憩を挟んだ後に、成立したカップルを発表しますね!〉」
——あぁ、これで終わりなのか…。うまく話せていただろうか?宵子さんとマッチングすればいいけど…。
健太は”梅宮”の名前と、一応他にも感触の良さそうな女性たちの名前を記入して投票した。
———
十分後。
参加者たちが投票を終えて、篠田が中身を改め終わる。
「お待たせしました!カップルは…2組成立してます!おめでとうございます!」
篠田が拍手をして祝う。仕事だから何度もやっているだろうに満面の笑みを浮かべて嬉しそうだ。
篠田につられて参加者たちもパチパチと拍手をする。
「吉田様と貝塚様のカップル、門松様と梅宮様のカップルの二組です!こちらへどうぞ!」
篠田に名前を呼ばれて、健太は驚きと嬉しさが込み上げてくる。
——初めての街コンで早速マッチングできるとは…!良かったぁ〜、頑張ってきたのに何にも収穫なかったら流石に心折れてしまうだろうし。
健太はにやけそうになる表情筋を押さえつけながら立ち上がる。
少し離れた場所で梅宮と、別の男女の組も立ち上がる。
篠田の元に向かって健太が歩いていくと、段々と梅宮との距離も近づいてくる。どんな顔で見れば良いのかわからず、目を合わせることができなかった。
———
イベントの終わりはあっさりとしていた。成立したカップルに篠田が何やら祝いの言葉を言って、参加者たちが改めて拍手をした。それからお互いに連絡先を交換した。
健太にとってはまともに連絡先を交換するのはこれが初めてだったので、親兄弟と親しい友人以外の女性の連絡先はなんだか輝いて見えた。
健太がニマニマしながら顔を上げると、離れた場所で梅宮と最初に少し話した男性が会話しているのが見えた。どうやら連絡先を交換しているらしい。
——俺も他の女性のところに行って連絡先交換した方が良いのかな?まあ、マッチングはしてるんだし別にしなくて良いか…。
連絡先交換が終わった後、参加者たちで二次会に行く話になった。健太自身も街コンの後はそういうものに参加できるように予定を空けていたので行くつもりだ。
しかし、肝心の梅宮は参加せずに帰るらしい。予定があるとのことだ。
もう少し梅宮とも話したいと思っていたが、仕方ないだろう。
———
二次会後。
健太はそこそこに飲んでいた。結局、他の女性や男性とも連絡先を交換して帰路に着いていた。
帰りの電車の中でお礼メッセージを梅宮に送ろうとスマホを開く。家に帰ると両親が、特に母親がうるさく文面を考えにくいのだ。
『今日はありがとうございました。宵子さんとお話しできて楽しかったです!自分緊張しいで、上手く話せなかったから、誰からも投票されないだろうなって思ってたんで、カップル成立して良かったです!』
——ちょっと長くなったけど、まあこんなもんだろう。
——そうだ、また会う約束もした方が良いよな?
『宵子さんとまたたくさんお話できたらなって思ってるんですが、来週末にでもカフェでお話ししませんか??』
——これで、またスルーされたらきついなあ。まあ、ダメで元々か。




