梅宮宵子編 中
街コンが終わった当日の晩、宵子は門松からデートの誘いを受けた。いや、付き合ってはいないからデートというのは早い。カフェでお茶するお誘いを男性から受けたのだ。
ただ、あまりにとんとん拍子に話が進むので、宵子は頭が痛くなってきていた。
メッセージはすぐに開かないように長押しで中身を確認してそのスクショを由美にも送る。
「ねぇ、ゆん。どう思う?いきなりすぎるし、断った方が良いかな?」
「〈んー、よいちゃんは行きたくないんだ?〉」
「違うよ!ただ、急すぎるっていうか…。」
「〈なるほろ。…その健太って人はさ、話してみた感じどうなん?マッチしたんしょ?嫌なやつってわけじゃあないんしょ?〉」
「…まぁ、ね。神経質っぽいけど、話は合うし…。不器用だけど、優しい…かも。」
「〈んじゃあ行きなよ、とまでは言わんけどさ。たまには勇気出してみたら?このまま恋人もできないでおばあちゃんになりたくないって言ってたじゃん。〉」
「う、う〜ん。そう、だね。行く…かあ。」
「〈ま、焦んなくて良いよ。今晩ゆっくり考えてみて、明日の朝にでも返信したら?〉」
「え〜?大丈夫かな?まだ八時過ぎだし、未読スルーしたみたいに思われない?」
「〈焦らしてんの!いいじゃん、大切な返事だからちょっと考えてました〜、てへっ。とか言えば。〉」
「〈ふぁ…あ。わたしそろそろ寝よっかな。実は昼から飲んでたんよ。よいちゃんから良い報告も聞けたし満足よ、あたしゃ。んじゃ、おやすみ〜。〉」
由美の声が一層ふにゃふにゃになる。宵子のために頑張って起きてくれているらしいのが分かる。
「…うん、おやすみ、また相談させてね。」
宵子はもう少し相談して文面を考えるのも由美に手伝って欲しかったが、流石にもう付き合わせられなかった。
「〈うん、任しとけって!んじゃねぇ〜。〉」
宵子が通話を終えるより早くぷつりと電話が切れる。部屋に静かさが戻り、顔を上げてなんとなく見回すと、給湯器の画面がオレンジ色に光っているのが見える。
——そうだ、お風呂沸かしてたんだった。少し冷めちゃったかな…。
晩ご飯もまだ食べられていないことも思い出すが、今日はちょっとお腹いっぱいになる出来事が多すぎて、食べる気にはなれなかった。
———
翌朝。
宵子は目を覚ましてすぐにスマホを手に取る。もしかすると、返信を待ちきれなかった門松から断りが来ているかもしれないと思ったからだ。
しかし、スマホには昨夜眠ってしまった後誰からも連絡は来ていない。——いや、由美から変なスタンプが一つ深夜二時ごろに送られて来ているがそれはノーカウントだ。
スマホの通知に門松からのメッセージが今もあり、流石にもう決断を後回しにできる時間はなかった。宵子は意を決して、門松に送るメッセージをメモ帳で作る。
『返信遅くなってごめんなさい。疲れてたから眠っちゃってました…。』
『昨日はありがとうございます!こちらこそ楽しいお話ができて良かったです。お誘いありがとうございます。週末——』
途中まで書き上げたメッセージだが、どのくらい一緒に過ごすかも考えないといけないことに宵子は気づく。恋人でもないのに、一日中を一緒にというのは流石にまだ早いと考えてしまう。
——どうしよう。丸一日空いてはいるけど、まだ緊張するしなぁ。昼から少し空いてることにしようかな。
『——土曜日の昼の14時以降なら、大丈夫です!楽しみにしてますね!ただ、ごめんなさい、夜は家族と外食——』
——夜は空いてないとかわざわざ書いたら、健太さん気分悪くするかな?なんか、ヤリモクをわたしが疑ってるみたいな感じに思われるかな?
宵子は夜の予定うんぬんの一文を消して、メッセージアプリを開き、健太に今作ったメッセージを送る。
——あぁ、送ってしまった…。土曜、か。
宵子は跳ねるように起き上がる。それから顔を洗ってジムに行く準備をする。今日はまだ日曜日。約束の日は一週間も先だ。どうしても気が乗らなければ前日に断りを入れれば良い。
気持ちを無理やりに切り替えた宵子は水を入れたボトルをトートバッグに入れてランニングシューズを履く。外に出ると、朝は朝でも早朝で日はまだ昇りきっていない。改めて時計を見ると六時前だった。
——やばっ、メッセージ送る時間、完全に間違えた。
———
宵子がジムから家に戻ってきた時、朝の七時になっていた。家に入るなり、ルーティンになっている歩数と消費カロリーの確認をするべくスマホを開く。運動は嫌いだが、毎日の目標の歩数を達成できているのを見るのは気分が良い。
この日も門松とのやり取りのことは忘れて、うきうきとスマホの画面を見ると——。
スマホの待受画面には門松の名前でメッセージ受信の通知があった。
——わ、もう来てる。やっぱ六時前に送っちゃったからかな…。起こしちゃったんなら申し訳ないな。
再び通知を長押しで確認する宵子。そこには門松の嬉しそうなメッセージが綴られていて、思わず笑みがこぼれる。ひとまずスクショだけ取って由美に送る。「なんて返信するか相談したい」旨も書き加えて。
——すっごい嬉しそう…。そんなに?そんなに嬉しいかぁ。悪い気はしないな。
宵子はまた門松への返信を少し横に置いて、シャワーを浴びに浴室に向かう。バスタオルの準備をしているとスマホの着信音が短く鳴る。それは由美からのメッセージを受け取った音だった。
『健太サンもうよいちゃんのこと好きなんじゃないの〜?よかったね。』
ピロンッ
立て続けに由美からメッセージが届く。
『わたしも楽しみにしてます、でいいじゃん?なんか付け加えたいなら、好きな食べ物でも聞いたら?カフェ行くんだし。』
——なるほど…?「わたしコーヒー好きなんです、健太さんは?」みたいな感じでいいんかしら?
そうして、門松への返信に頭を悩ませながら宵子は浴室に入った。
———
結局、門松への返信は昼過ぎにした。由美のアドバイスも考慮したメッセージは、仕事のメールでもないのに少し長くなってしまった。
だから、しばらくは返事がないつもりで宵子は家事を済ませていた。スマホで動画配信サイトを開き、韓国ドラマを流しながら平日のお弁当のおかずを作る。宵子の休日のルーティンだ。冷凍しておいて、毎日それを詰めて会社に持っていく。
宵子は別に家事が得意なわけでも、好きなわけでもない。だが、それでもこの休日らしい過ごし方ができる時間はリラックスもできて心地よかった。
ピロンッ
スマホの着信音が再び鳴る。普段ならそれほど気にはならないし、適当に通知を消してしまうだけだ。しかし、今は違う。宵子の体に緊張が走る。
——まさか、もう返信してきた?……あぁ、門松さんだ。返信はやっ。
宵子はまた長押しで内容を確認しようとするが料理中だったので、手が滑って既読をつけてしまう。
「あっ、開いちゃった!わたしが返信待ってたみたいじゃん!まあ、仕方ないか…。」
宵子は観念する気持ちで門松のメッセージに目を通す。宵子が少し長文だったせいか、門松のメッセージも長文だった。
『俺もコーヒー好きです!といっても、どこの国のなんの豆が〜みたいな話できないんですけど笑。甘いものも結構好きですよ!ただ男だから、外で女性がいっぱいのスイーツ店みたいなところに入る勇気はなくって——』
門松のメッセージは宵子の送った内容ひとつひとつに丁寧に返信してきていた。
——全部に返してるぅ。真面目そうな人だったもんなぁ。適当に流してくれて良かったんだけど…。
嬉しいような、若干ストレスのようななんとも言い難い気持ちで頭を悩ませながら宵子もなんとかメッセージを書き上げる。できたメッセージは門松に合わせたらすごく長文になってしまった。
「ふ、ふふっ。めっちゃ長ぁ。あんまり長文嫌だから、最後に…。」
『長文失礼しました。長いと大変でしょうから、全部に返さなくて大丈夫ですよ!』
宵子は少し祈るような気持ちで書き加える。
宵子はしばらくはスマホは見ないつもりで、リビングの机の上に放置してお弁当のおかずを仕上げて冷凍してしまう。その後もスマホを遠巻きにしてテレビの前に座り、ドラマを鑑賞していた。
夕方になって部屋の中が暗くなってきた頃、そろそろ晩ご飯の準備を、と立ち上がった宵子。
やはりというか門松からのメッセージが届いていた。しかも三件あった。
『長文でも大丈夫ですよ!お話ししていて楽しいので——』
——長文やめてってつもりだったけど、言葉足らずだった?不器用という以上に鈍いのかな…。
宵子は門松の長文メッセージに辟易してしまう。しかし、宵子はいつか由美が言っていたことを思い出す。
——付き合っていくなら、お互いの共通点を見つけることより、違うところをどれだけ許していけるかだよ、とか言ってたっけ。
——角が立たないように健太さんに会った時にでも言えばいいか…。
———
門松とのメッセージのやり取りは平日もずっと続いた。流石に仕事の時間中にはメッセージをしてこなかったので、思っていた以上にストレスはなかった。むしろ、仕事とプライベートのメリハリがつくようで、長文でも宵子は嫌な気持ちにはならなくなっていった。
そして迎えた土曜日。丁度街コンから一週間。宵子は門松の顔も薄らぼんやりとしか思い出せなくなっていた。
駅で待ち合わせをしているが、正直門松を”門松”と認識できるか不安だった。
待ち合わせ場所にひと足先に着いた宵子は門松に到着したとのメッセージを入れる。既読はすぐについたが、返信はない。彼もこちらに向かっているのだろう——
「こ、んにちは。宵子さん。」
低い声が宵子の頭の上から届く。門松だ。
「こんにちは、健太さん。」
宵子はスマホから視線を外し、門松に向ける。街コンの時より少し服装がラフになっていて、長身によく似合っていた。
「…あーその、行、きましょうか。この先に美味いコーヒーの茶店があるんですよ。ケーキも美味かったから、気に入ってもらえると思うんです。」
門松はまた緊張しているようで、言葉につまりがちになっている。視線も宵子にちらちらと合わせるが、彼女が合わせようとすると合わない。
喫茶店に向かって歩き出すのを口実に視線を外せて、彼の背中はほっとしているように宵子は感じた。
「…そうですね。早速行きましょうか。」
「今日どのくらいに駅に着きました?もしかして待たせちゃいました?わたしメッセージ送ってからすぐに合流しましたし…。」
「えっと、一時間くらい前かな?ちょっとスマホの充電器買いたかったから早めに来てたんす。だから待ったとかはないですよ。」
「へぇ、充電器…。」
「……わたしコードとかすぐに断線しちゃうんですよね。使い方が悪いのかな?」
宵子も門松の緊張が移ってしまったらしく、会話が思いつかない。なんとなく居心地の悪さを感じてしまう。
「わかります、俺もすぐにダメにしちゃって。——ここです。」
門松が案内してきた喫茶店はお洒落な純喫茶といった感じの店だった。
宵子はカフェにはよく行く。だが、喫茶店というものはなんとなくタバコくさいようなイメージと、入り口の重さが苦手で入ってこなかった。
しかし、門松が選んだ喫茶店は内装も綺麗でタバコの匂いもしない。若いカップルもちらほらと席に座っているのが見える。
「ほぇえ…健太さんおしゃれな店知ってますねぇ。」
宵子はきょろきょろとおしゃれな店内に目を奪われながら感嘆の息を漏らす。
「あ、ん、まあね。本とか読むのにちょうど良いんすよ。」
店内に入った二人を出迎えに店員の若い女性が現れる。
「いらっしゃいませ。空いてる席にどうぞ。」
にっこりと笑って会釈した女性は厨房に戻っていく。
「宵子さん、あっちの奥の席に行きますか。」
門松は店の奥の壁際、ソファと木の座椅子の組み合わせの二人席を指差す。
「俺、トイレ…お手洗いが近いからさ、通路側に座っていいですかね?」
「あ、はい。」
宵子は門松に勧められてソファに腰掛ける。
宵子がハンドバッグを脇に置いて落ち着くと、店員が戻ってくる。手にはメニュー表と、水の入ったグラスを持っていた。
「ご注文がお決まりの頃にまたお伺いしますね。」
「宵子さん、どうする?ケーキは日替わりなんだけど…。今日は、チーズケーキか。割と当たりだと思いますよ。」
メニュー表を宵子に向けて、自分は首を傾けながら覗き込む。
「じゃあそれと、カフェ・オ・レにしようかな…。ウインナーコーヒーでも良いけど…。」
「ああ、良いっすね。俺はアイスコーヒーで良いかな。」
「宵子さん甘いのが好きってメッセージでも言ってましたっけ?」
「そうですね。コーヒーはブラックも美味しいとは思いますけど、でも結局甘いのが飲みたくなりますね。」
「健太さんはもっぱらブラックですか?」
「んー、どうだろ?ブラックも好きなんすけど、苦すぎるのはちょっと苦手かな?様子見ながらミルク入れたりしますね。」
「じゃ、注文しますか。宵子さんはウインナーコーヒーで良いです?と、日替わりのケーキセットかな?」
「…はい、それで大丈夫です。」
宵子はほんの少しウインナーコーヒーの方が高いのでカフェ・オ・レに変えようか悩んだが、あえて門松を止める気にもならなかったのでそれで良いことにした。
門松は宵子が頷くのを見て、店員の姿を探して静かに手を上げる。
店員も門松の合図を認めて、微笑みを浮かべて歩いてくる。
「お決まりですか?」
「はい、ウインナーコーヒーの日替わりケーキセットと、アイスコーヒーの日替わりケーキセットで。」
門松がメニュー表を見ながら、注文する。
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
店員は注文を書き留めて顔をあげる。
門松は伺うようにもう一度宵子の方を見る。
宵子も他に頼みたいものはないので、再度頷いた。
門松は軽く微笑み店員に向き直る。
「はい、大丈夫です。」
「少々お待ちください。」
店員が厨房に歩いて戻っていく。
その姿を眺めながら、宵子が口を開く。
「健太さんは普段からケーキ食べるんですね。」
「まあ、嫌いではないですからね。誕生日とかも未だに母親が買ってくるので食べますよ。」
「宵子さんは、確か十二月二十七日が誕生日でしたよね。クリスマスケーキの後に誕生日ケーキも食べるんですか?」
「よ、よく覚えてますね…!んと、子供の頃は一緒にお祝いしてたから、ケーキは一個でしたよ。」
宵子は門松が自分の誕生日を覚えていたことに驚きつい声が大きくなる。年末だからと覚えてもらえることはあっても、中途半端な時期だからきちんと覚えてもらえたことはこれまでなかったのだ。
「ああ、年末だなって思って。あと十二に二十七だから数字的にも結構覚えやすいですし。」
門松は本当にただ覚えていただけのようで、事もなげに答える。
——だとしても、一回会っただけの人の誕生日覚えてるのはなかなか、変わってるっていうか…。
宵子は内心嬉しさよりも一歩引いた気持ちになる。覚えていることは悪いことではないし、門松本人が何か悪いことをしたわけでもないが、そういう気持ちになるのも仕方ない気がする。
そして、その戸惑いのせいで返答を逡巡してしまい、ほんの少し沈黙ができてしまう。
「…あの…宵子さん、は休みの日ってどんなふうに過ごすんですか?」
門松が話題を変えて宵子に質問する。
「え?」
宵子は戸惑いのせいで、その話題の切り替わりについていけずに問い返してしまう。
「や、休みの日の過ごし方です!」
門松は少しだけ声を大きくする。
「…あぁ、えっと…ジムに行ったり、あと平日のお弁当のおかず作ったり…が多いですね。友達とショッピングに行くことも多いかな。」
門松の焦ったような顔にほんの少し罪悪感を覚えながら、宵子は普段の土日を思い浮かべる。
「へえ、お弁当作ってるんですね。俺も新卒のころちょこっと作ったりしましたけど、面倒になっちゃって、今はコンビニ弁当ばっかりです。」
門松は水の入ったグラスを手に持つ。一口だけ口をつけた後、厨房の方に視線を向ける。
「大したものじゃないですよ?毎日似たようなおかずだし、平日はご飯とおかず詰めるだけですから…。」
宵子もつられて厨房に目を向ける。
店員はまだ来ない。コーヒーとケーキならすぐに届きそうなものだが。
宵子に視線を戻した門松が尋ねる。
「あ…もしかして、この前の街コンの時に絆創膏していたのって料理していた時に怪我されたんですか?」
「え?…………あぁ!それは料理じゃなくてただちょっと切っちゃっただけで——」
宵子は自分でも忘れてしまっていた、ちょっとした切り傷のことを思い出すのに時間がかかってしまう。
——そんな細かなことまで覚えてられるものなの?ちょっとキ…とか思っちゃダメかな…?
宵子が驚いているところに、店員がお盆に載せたケーキセットを持ってくる。
「お待たせしました、アイスコーヒーのお客様。」
店員の手には一セットだけがあり、宵子の分のケーキセットは後のようだ。
「あ、俺です。——ありがとうございます。」
門松はコーヒーとケーキを受け取る。
「ウインナーコーヒーのセットもすぐにお持ちしますので、少々お待ちください。」
門松は店員を見送ったあと、宵子の分の到着を待つそぶりを見せる。だから宵子は——
「すぐ来るらしいですし、お先にどうぞ。」
「あぁ、すません。気を遣わせちゃって。じゃお先に。」
門松はそう言って、アイスコーヒーを一口だけすする。
「お待たせしました。——ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「では、ごゆっくりお過ごしください。」
「いただきます。」
宵子はウインナーコーヒーに口をつける。コーヒーが深煎りなのか苦味が強い。飲めなくはないが思っていたより苦いと感じた。
「砂糖入れます?」
門松が宵子の様子に気付き、角砂糖の入った入れ物を差し出す。
「はい、入れたいですね。ありがとうございます。」
「ははっ。宵子さん、結構甘党なんですね。」
「ケーキも食べてみてくださいよ。俺好きなんですよね。」
門松がチーズケーキをフォークで切り分けて食べながら言う。
勧められるままに宵子もケーキを口に運ぶが、ちょっと匂いが鼻についてくどく感じてしまう。
宵子はチーズケーキそのものが昔好きでなかったことを思い出す。最近は気にならなかったし普通に食べられたのだが——
「美味しいでしょ?チーズが濃厚で甘さも控えめで。チーズケーキってなんかチーズ感ないの多いけど、ここのは違うんですよ。」
門松が嬉しそうに手元のケーキに集中して食べ進める。
「…そうですね!すごく美味しい!」
宵子は門松が気を悪くしないようにと鼻呼吸を止めて、一気に食べ進める。最後の一口は砂糖マシマシのウインナーコーヒーで流し込んだ。
「宵子さん、いい食べっぷりですねぇ。…あんまり女性に言うのはあれかもですけど、お腹空いてました?レストランの方が良かったですかね?」
門松は宵子をにこにこと満足げに見る。
「いや、まあ…ははっ。お昼、食べてなかったので…。」
——って言うしかないよね…。
——人から何が嫌いって言われて、自分は好きなのにっていうパターンはよくあるけど、その逆は初めてだなぁ…。
「うーん、夜ご飯には早いけど…。この後は近くのレストランに移動しますか。宵子さん何が食べたいです?」
門松は自分のスマホを取り出して、マップを見る。
「え…なんでも、いいです。——ごめんなさい、ちょっと思い浮かばなくって。」
「じゃあ、パスタの店にしますか。たまに行くんですけど、そこもデザート豊富で良い感じなんですよね。」
——あれ?二軒目行く流れになってる?まあ、夜じゃないからいいか…。
———
それから宵子と門松はいくつか雑貨店などの店を回った。
先にレストランへ門松が案内してくれたが、昼の部の営業は終わっていて夜は十七時開店だったからだ。
宵子は元々夜まで一緒にいるつもりはなかった。だが、レストランに行くことを了承してしまった以上、「開いてないなら、帰りますね」などと言える勇気はなかった。
レストランでも門松は紳士的だったとは思う。宵子のグラスの水が無くなれば、気にかけてくれる。二人がそれぞれで頼んだパスタも「こっちも食べてみます?」と言って、自分が口をつける前に取り分けてくれた。
——健太さんは悪い人ではないと思う。けど、細かいところが合わない気がする…。
——同僚とかなら仲良くできるけど、友達とか恋人にはそもそもならないタイプって言うか…。
そして、帰り道。
すっかり日は沈んでしまっていた。一緒に過ごすつもりは無かった夜になっていた。
門松が連れて行ってくれたレストランは知ってか知らずか——おそらく知らないのだろうが、歓楽街の一本脇道に入ったところだった。
カップルや客引きの男性、派手な格好をしたギャルやホストらしき男性が通りを行き交う。
「今日はありがとうございました。パスタも美味しかったです。それにお金も出してもらっちゃって…。」
宵子は少し食べ過ぎた感覚があり、疲れてしまっていた。「早く家に帰ってゆっくり湯船に浸かり、リラックスしたい」という気分だった。
「いやあ、良いんです。それより、ごめんなさい。そういうつもりはなかったんですが、夜まで連れ回しちゃって。」
通りの人通りの多さに門松は宵子の少し後ろを歩いていた。
「じゃあ今日は…これで…帰りましょう、か?」
宵子は「もう解放してくれ」という気持ちで提案する。少し振り返ってみると、門松と目が合った。
あまり合わない門松の目が宵子の目から離れない。
そして、門松は意を決したように口を開いた。
「…え、と。宵子さんが嫌じゃなかったらもう少しお話しできませんか?」
「もう一軒ってこと…ですか?」
「…もう疲れてしまったので、また今度お話ししません?」
——彼に限ってはないと思う。いやあるのかな?ラブホテルで休憩なんて言い出したりするつもりなのかな?
——普通に嫌というか、まだ好きあってもないのにあり得ないでしょ。
「そうです、よね。すみません、帰りましょうか。」
——彼は”無し”かな。申し訳ないけど。やっぱり恋人とかはない。良くて友達かな。
駅までの道のりは宵子にとって長いものだった。カフェやレストランでは会話はあまり尽きなかったのに、帰り道ではほとんど話さなかった。
駅に着いてみると人はあまりいなかった。ラッシュの時間からは外れているからだろう。二人が駅のホームに向かう階段を登り始めた時——
「宵子、さん。俺…宵子さんのことが好きです…。まだ会って一週間なのに何言ってんだって思われるかもですけど…。また会ってほしい…です。」
——何を言っているんだ、この人は?こんなところで。
——人通りは多くないとはいえ、ゼロではない。勘弁してほしい。”無し”だ。
「ぁー、そうですね…ははっ。また会いましょう。」
「じゃ、わたしあっちのホームなんで。ご飯おいしかったです。ありがとうございました!」
宵子は愛想笑いをしながら答えた。そして、門松の目はあまり見ないようにして歩き去った。
宵子は背後に門松の視線を感じたが振り返ることはしなかった。




