1-5.白い鳥
1-5.白い鳥
旅立ちの朝、ルークは日の出を待たずに宿を出た。
「いつか戻ってきてね」
「必ず戻ってくる。また、きっと部屋を借りるから」
宿屋の主人と最後の挨拶を交わす。
早朝ではあるが、仕事に向かう人々や傭兵たちとすれ違う。
ルークは街の景色を目に焼き付けようと、ゆっくりと歩いた。
「ルーク」
街の広場で声をかけられる。
振り返ると、エイルとガイアが立っていた。
思わず「あ」と声にならない声が漏れた。
ルークは、ふたりには別れを伝えていなかった。
3人で白金になる。
この別れは、ルークにとっては、夢に向かうための旅立ちだ。
あえてふたりには別れを伝えずに、街を出るつもりだった。
何も言えず、立ち尽くすルークに、エイルが歩み寄る。
エイルの手には1本のナイフがあった。
「ルーク、このナイフを持っていけ。頑丈で、戦いや解体、野営でも役に立つはずだ」
「エイル」
「無理をするなよ、ルーク。焦って危険な真似はするなよ」
無表情のまま、早口で話すエイル。
「ありがとう、エイル」
ルークはなんとか言葉を絞り出した。
ナイフを受け取ろうと手を出すが、しかしすぐに手を止めてしまう。ナイフを差し出すエイルの手が、少し震えていることに気づいた。
「エイル」
涙が溢れ出そうになる。
ルークは目を見開き、必死に泣くのを我慢した。
今日だけは泣くわけにはいかない。
ぎこちない動きでナイフを受け取る。
唇を噛み締めるエイルと目が合い、頷き合った。
「おい」
エイルの向こうから、野太い声が聞こえる。
「うわ」
ガイアから何かを投げられ、空いた手でなんとか受け取った。
包装を確認すると、どうやら干し肉のようだ。
「ルーク」
ガイアの声に顔をあげると、ガイアはすでに背を向けていた。
「白金になる夢、諦めたわけじゃねえよな」
「もちろんだ、ガイア」
ルークは震えながら、それでいて確かな声で答えた。
「ならいい」
ガイアが背を向けたまま、歩き出す。
エイルと目が合う。お互い苦笑して、頷き合った。
「ふたりとも、またな」
ルークの言葉に、ガイアとエイルは軽く手を上げる。
ルークはナイフと干し肉を鞄に入れ、歩き出した。
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ルークは乗合馬車の受付をすますと、近くのベンチに腰かけた。
宿屋で購入したサンドイッチを取り出し、包みを開く。
食べ終わり休憩していると、見覚えのある顔が見えた。
グラントを勧めてくれた男と、少女が歩いている。
ルークは立ち上がり、ふたりに駆け寄った。
「おはよう」
あいさつを交わす。
「へえ」
男はまじまじとルークの顔を見つめる。
「なんだか、いい顔つきになったね」
ルークは少し照れくさくて、鼻をかいた。
「俺、グラントに行くよ」
「いいじゃない、魚料理が楽しみだね」
「おにいさん、私たちもそのうちグラントに行くつもり。あっちで会ったらよろしくね」
「そうか、うん、そのときはよろしく頼む。あ、俺はルークだ」
「私はノエラ、こっちの先生はテレウス先生」
「よろしくねルークくん」
しばらくふたりと話していると、馬車のほうからハンドベルの音が聞こえた。
出発の時間になったようだ。
「じゃあ、俺は行くよ」
ルークは足元の荷物を背負うと、馬車に向かおうとする。
「あ、ちょっと待って」
テレウスがルークを呼び止めた。
「握手しよう」そう言いながら、テレウスは左手を差し出した。
右手を出しかけたルークは一瞬きょとんとしたが、左手でテレウスの手を掴んだ。
「おまじない」
テレウスがそう言うと、ルークの左手の魔法陣が、一瞬だけ淡く灰色に光った。
「あれ」
ルークはぽかんと口を開ける。手を放して、手の甲をまじまじと見つめる。
手の魔法陣をさすってみるが、とくに反応はない。
気のせいだっただろうか。
テレウスはそんなルークを微笑みながら眺めると、馬車のほうを指さした。
「ルークくん、それじゃあまたね」
「あ、うん、またな」
ルークはふたりに手を振ると、馬車に向かって歩き出した。
空には、数羽の白い鳥が飛んでいる。
鳥たちは、馬車の上空をくるくると旋回していた。
やがて、1羽の鳥が西に向かって飛んでいくと、他の鳥たちは、隊列を組むように後に続いた。
鳥たちは雲の上を目指して、ぐんぐんと高度を上げていき、やがて馬車からは見えなくなった。
ルークを乗せた馬車もまた、西に向かって出発した。




