4-16.傭兵たちの夜
4-16.傭兵たちの夜
ルークたちが街に帰還したころには、すでに夕日は地平線に消え、あたりは薄暗くなっていた。
街の通りには魔石灯に明かりがつき、ルークたちが進む道を照らしている。
ギルドがある通りは広く、人通りが多い。
ルークは街の喧騒を聞いていると、ふとコボルトの巣で相対した変異体のことを思い起こし、ぶるっと身体を震わせた。
「なんだか」ルークは隣を歩くソルを見ながら言った。「今、無事に帰ってきたって実感したよ」
ソルはよくわからなさそうな表情をしながら「そうなんだ? よくわからないけど」といたずらげに微笑んだ。
ルークはその答えに笑い声を上げた。
ルークたちがギルドに入ると、ギルド内は依頼を終えた傭兵たちで賑わっていた。
どの地方のギルドでも変わらず、朝と夕暮れは傭兵たちが詰めかける。
一団を代表して、カレンとバルトが受付に向かう。
他の者は邪魔にならないように、ギルドの壁際に集まった。
カレンたちはしばらく受付嬢と話していたが、やがてルークたちのところに戻ってくる。
「依頼達成の報告をしてきたよ」
カレンは小さく息を吐いて、手を自分の肩に置いて揉むような仕草を見せた。
バルトはカレンの様子に微笑みながら、後を引き継いだ。
「今回はあまりにも予定外が多かったからな。明日、ギルドと交渉する」
バルトの言葉にカレンは頷くと、傭兵たちに向き直る。
「そういうわけで、このあと打ち上げをしよう! みんな荷物を置いたら、ギルド横の店に集合だ」
傭兵たちは威勢良く返事をすると、各々が家や宿屋に向けて歩き出す。
「ユーゴ、俺たちはカレンとともに騎士団に向かおう。ソルが捕まえた男と所持品を引き渡さないとな」
バルトの言葉に、ユーゴは真面目な顔に変わった。
「書類の内容は確認したのか?」
バルトは小さく首を振る。
「冒頭だけな。あまり深入りしないほうがよさそうだ。それも含めてアルドヴェインさんに報告しよう」
「わかった。リフィル」
ユーゴが顔を後ろに向け、リフィルを呼ぶ。
「ティナやフェインと一緒に、先に打ち上げに参加しててくれ。俺たちは後から行く」
「わかったわ、ティナちゃん、フェイン、行きましょう」
――――――――――――――
ルークとミナ、ソルは同じ宿屋に宿泊しているが、サラだけはグラントに実家があるため、しばしの解散となる。
サラは途中の道で別れるときに、寂しそうに微笑んだ。
「3人は同じ宿屋でうらやましいなあ」
「サラさんもこっち来る?」
ソルは無邪気に言った。
「さすがに無駄遣いが過ぎるよねえ」サラはソルの言葉に笑いながら言った。「その分、パーティの消耗品とかに使った方がよさそう」
「じゃあさ!」ミナはぴょんと小さく跳んで少し前に出ると、楽しそうに3人の方に振り返った。「4人で小さな家を借りてもいいね」
「それいいな」
ルークはすぐに同意した。
「パーティの目標にしようか」
「いいねいいね! 楽しみができたね」
ソルも笑顔で同意した。
「ほんとに楽しみね。それじゃあいったん私は家に荷物を置いてくるね。またあとで」
「うん、また」
――――――――――――――
ルークたちが宿屋に向かうと、すでに傭兵たちは着席していた。
ユーゴやカレン、バルトは不在のようだったが、それ以外の面々はすでに酒を飲み、雑談に興じている。
ルークは視線をさまよわせると、手を振るサラを見つけて歩き出す。
手前から席が埋まっているようで、奥の6席が空いていた。
ふと横を見ると、今回の合同依頼で、ルークたちを除くと唯一の若手パーティの姿が見えた。リーダーのアルドはルークと目が合うと、にかっと笑ってコップを掲げた。ルークも軽く手を挙げて挨拶を返した。
ルークたちがサラに近づくと、サラは隣に座るイリアに向けて「じゃーん、わたしのパーティメンバー」と楽しそうに言った。
「サラちゃん、よかったね」とイリアが微笑んだ。
ルークはサラの隣に座ると、サラは「待ってたぞー」と小さくささやいてルークを肘でついた。
ソルとミナは向かいの席に座りながら、サラを笑顔で見つめた。
「もう結構飲んでるのか?」ルークは苦笑してサラを見た。
「全然だよー! あ、店員さん、こっちにおかわりちょうだい! 新しいのも3つ」
サラが威勢よく声を上げると、ルークたちの前にもコップが運ばれてくる。
「乾杯!」
お互いのコップを打ち付け合った。
イリアたちとも盃を交わす。
「新パーティに乾杯!」
「サラちゃんを迎えてくれてありがとう」
イリアがルークを見ながら言った。
「ああ、俺もサラさんとパーティを組めたらって思ってたから」
「ほうほう」イリアの向かいに座っていた女が身を乗り出した。「あ、メイナです。よろしく」
ルークたちも自己紹介をした。
「それで、どういうことかな?」
ルークは、グラント領に入ったばかりのころ、草原で腕飾りをもらってグラントで会う約束をしたことを話した。
「これがそのときにもらった腕飾り」
ルークは軽く腕を上げて、腕に巻いた革紐を撫でた。
「まあ、貝殻は割れちゃったんだけど」
サラは顔を耳まで赤くすると、酒を一息で呷ってコップをテーブルに置いた。コップとテーブルがぶつかって音を立てた。
「おかわり! おーかーわーりー!」
「ふーん」イリアとメイナはにやりと視線を合わせる。
「ちょっと詳しく聞かせなさい」と、イリアがサラの腕を引っ張った。
イリアのパーティは女性のみで構成されているとのことで、イリアのテーブルはひときわ騒がしかった。
奥の席の傭兵たちがルークたちを一瞥すると、にやりと笑顔を作るのが見えた。ルークに向かって、コップを掲げるようにした。
ルークも恥ずかしくなってきて、うつむきながら顔を赤らめて鼻をかいた。
「ソル、ミナ」
たまらずルークは話題を変えようとふたりを見た。
「あらためて、今回はすごい戦いだったな」
「そうだね、いろいろと課題が見えたよ」ミナが笑いながら頷いた。
「せっかくだから、ひとりずつ、必要だと思ったことを言っていく?」ソルが少しだけ真面目な顔をする。
「そうだね。えっと、じゃあわたしから」
ミナがコップを口に付けてから、視線を上に向けて話し出した。
「わたしは決定力不足かな。大きいコボルトが出てきたとき、強い攻撃ができれば状況を変えられると思ったよ。あと、近寄られたときに弓を振り回すことしかできなくて……素早く距離を稼ぐとか、近接攻撃の手段を持ちたい」
ルークは頷いた。
「弓の腕はさすがだったし、指揮は問題なかったから、いい選択だと思う」
「じゃあ次は俺だね」ソルはルークとミナの顔を見た。
「俺は、魔法を使う相手の経験が少ないかな。ほとんどがじーちゃんとの模擬戦か、秘境での魔獣が相手だったからね。今回の相手は魔法が得意だったから、どうしても戦いが単調になったよ。俺自身も中距離の手段を持つとか、魔法に対抗する方法を習得したい」
「ソルの剣は本当にすごいから、そうなったら完璧だね」ミナが微笑む。
「ああ、最強だ」ルークも笑顔で頷いた。
ルークはコップを口に付けるが、空になっていることに気づくと、店員に声をかけて酒を頼んだ。
酒が運ばれてくるのを待ってから、顎に手をやって話し出した。
「俺は肉体強化や身体能力の向上が必要だな。今回も例の」そこで一度言葉を切った。「あの、集中力が増す特技を発揮できたんだが、敵の動きは目で追うことができたけど身体がついていかなかったんだ。後日パーティだけのときに詳しく話すけど、とにかく肉体強化を磨きたい」
「意識が高くて何よりだ」
「え」
ルークは背中から聞こえた声に振り返った。
「バルトさん」
ルークの後ろに立っていたバルトは、微笑んでルークの隣に座った。
カレンとユーゴもそれぞれ席に着いた。
「くまさん」
「よう、飲んでるか」
ミナとユーゴがハイタッチした。
そんなふたりを見てカレンが目を丸くする。「くまさん? 面白い子だね」
「おまえたちみたいな若手がいると、張り合いがあるよ。なあイリア」
バルトは店員から酒を受け取りながら、ルークたちの方に目をやった。
ルークがバルトの視線を目で追うと、イリアたちが黙って自分の方を見ていることに気づいた。
「え、みんな聞いてたのか?」
イリアたちが頷く。
「うん、すっごくいい話をしてたからつい」
「ソル」バルトがソルに顔を向ける。「アルドヴェインさんが会いたがってたぞ」
「あ、じーちゃんの話をするって言ってたの忘れてた」
ソルが頭をかく。
「あれ」イリアが驚いたように声を上げた。「この前アルドヴェインさんからレイヴァン様の剣を見たって自慢されたんだけど」
イリアが腰を浮かせた。
「もしかしてソルくんって」
「うん、俺のじーちゃんがレイヴァンだよ」
ソルの言葉にイリアが口に手を当てた。
「え! わたし、レイヴァン様の弟子が師範をやってる道場に所属してるんだ! え、わたしもレイヴァン様の話を聞きたい」
「いいよ」
ソルは微笑んだ。
「その代わり、イリアさんの剣も見せてほしいんだけど。あの紐飾りのかっこいいやつ」
ソルの言葉にミナが苦笑した。
「ほんとにそういうの好きなんだから」
「いいよいいよ! あとさっき対魔法について話してたよね。道場にも行かない? きっと勉強になるよ」
「おお、いいんじゃないか」ルークが言う。
「そうだね、ぜひお願い。まずは明日アルドヴェインさんのところに行こうと思うけど」
「わたしも行く!」
イリアの切実な声に、みんなが笑い声を上げた。
「じゃあさ、ミナちゃんは、またウチの道場においでよ」
「またお邪魔しちゃっていいの?」
ミナが首を傾げた。
「うん、シオン兄さんもまた連れて来いって言ってたの。うちには小柄な門下生も多いし、ユーゴさんみたいにショートスピアを使う人もいるから。さっき言ってた課題の答えが見つかるかもよ」
「あ、じゃあ次は道場の使用料を」
「いいのいいの、わたしんちなんだから。またわたしのコーナーを作るから」
「わたしのコーナー?」ルークとソルは顔を見合わせた。
ユーゴは苦笑して「ほどほどにしとけよ」と言った。
「あ、でもルークはどうするの?」ミナがルークの顔を見た。
「それなんだが」バルトが手元のコップに目を落としながら言った。「ウチのティナと依頼を受けてみないか?」
「ティナさんと?」
ルークは少し大きめの声を出して、バルトの方に向き直った。
「ああ、実は俺たちがそれぞれ用があってな。あいつは少しの間、暇なんだ」
「俺は構わないけど」
ルークは頬をかきながら言葉を続ける。
「俺なんかが黒曜石の人とふたりで依頼だなんて」
ユーゴが笑って遮った。
「いや、ティナに合わせる必要はないぞ。あいつの肉体強化魔法はぴか一だからな。修行に付き合ってもらえって意味だろ? バルト」
「ああ、それにひとりにしとくと無茶するからな。どちらかというと面倒を見といてほしい」
バルトは酔いが回っているのか、いつもよりも少し砕け口調で話した。
「こちらこそ願ってもない話だ」
ルークは大きく頷いた。
「ちょっとサラちゃん」メイナが身を乗り出してサラに顔を近づけた。「いいの? ふたりにしちゃって」
イリアも頷く。
「え……」サラはふたりの言葉に狼狽した。動揺して髪を指でいじる。
そのとき、少し離れた場所から歓声が響いた。
その場の全員が視線を向けると、椅子の上に立つティナの姿が見えた。
大柄なマシューと肩を組んで大声で歌っており、もう片腕はクロノの首をロックしている。
クロノは身体を揺すって必死にもがいているが逃げ出すことができない様子だ。
周りを囲むフェインたちが手を叩いて大声で笑っている。
サラとイリア、メイナは苦笑して顔を見合わせる。
「やっぱりほっといて大丈夫かも」
ルークは少しひきつった顔でバルトを見た。
ユーゴは笑い声を上げた。
「バルト、ルークがあいつからちゃんと学べるのか不安そうだぞ」
バルトはため息を吐いた。
「心配するな。あいつは戦術や肉体強化魔法については、しっかりと言語化ができる」




