4-14.狩猟との違い
4-14.狩猟との違い
「へー、ミナちゃんは偵察に興味があるんだ?」
フェインは嬉しそうに微笑んだ。
「いいね、偵察のスキルはほとんどの依頼で腐らないと思うよ」
「わたしは変異体との戦いであまり貢献できなくて、少しでもできることを増やしたくて」
ミナはフェインと握手をする。フェインは柔和な表情を浮かべてミナの手を握った。
「それでここに? バルトさんに持ち場をもらえなかったの?」
「バルトさんたちからは、わたしは怪我をしちゃったから、大事をとっておやすみって言われちゃって。そしたらユーゴさんとティナさんが偵察の練習だって誘ってくれたんだけど……」
ミナは遠慮がちに言った。
「ああ、それで蓋を開けたら偵察のての字もなかったんだね」
フェインは愉快げに笑い声を上げた。
「ごめんね、ウチのパーティの人たちがいい加減なことを言って。それじゃあここで軽く偵察を試してみる?」
「迷惑じゃなかったらぜひ」
ミナの返事にフェインは頷いた。
「よし、それじゃあ、ユーゴさんとティナさん、本隊の動きに合わせて移動しながら、あっちの方角を適当に面で見といて」
「おいフェイン、俺たちは偵察向きじゃない」
「今回は、誰よりも騒がしいふたりでも大丈夫だよ。ふたりが引っ張ってきた若手の面倒を見るんだから、協力してよ」
フェインはユーゴとティナにニッコリと微笑んだ。
「それじゃあ、もうすぐ街道についちゃうし、俺たちも動きながら話そう」
ミナが村での狩猟経験について説明すると、フェインは頷いた。
「いいと思う。それじゃあミナちゃんは、偵察で大事なことってなんだと思う?」
「え? うーん、技術は前提ってことだよね? えっと、相手に合わせて動き方を決めるとかかな?」
「だいぶ近いよ。狩猟の経験を活かして考えてるね。俺は、相手というよりも、目的に応じて考えるのが大事だと思ってる」
「目的かあ。狩猟と違って依頼での偵察は、いろんな目的があるもんね」
「そうだね、今回の依頼みたいにコボルトの巣を襲撃するための偵察と、今の帰り道みたいに護衛対象がいる偵察では、やりたいこととやるべきことが全然違う」
「なるほど……護衛対象が戦えるのかどうかでも変わりそうだね」
フェインはミナの顔を見て「その通り」と返した。
「だから今回は騒がしいウチの脳筋ふたりにも任せられる」
フェインはユーゴとミナに視線を向けた。ミナもつられて顔を向ける。
ユーゴとティナは、偵察すべき方向に顔を向け、遮蔽物の後ろを細かく移動してはいたが、常に何かを会話し続けていた。
「今回の俺たちの目的は、戦闘を避けることではなく、全員が安全かつ迅速に街道に向かうこと。近づく敵を早めに見つけて全体に知らせることが求められている。別に敵がいても進路はあまり変えないし、俺たちが敵に見つかったっていい」
「たしかに狩猟とは全然違うね」
「そうだね。でも動きや観察力の部分では通づることは多いと思う」
そう言うとフェインは軽やかに大木の陰に身を寄せた。身体に力を入れているようには見えなかったが、身体のブレがなく俊敏だった。
ミナもできるだけ足音を立てないように、素早く後に続いた。
フェインの後ろに立つと、身を屈めてフェインの肘の辺りから顔を覗かせる。
「あの草のところ、どう思う」
「何かが通ったように見えるね」
「うん、ちょっと近づいてみよう……どうかな?」
フェインとミナは木々の間、草が倒れかけているところに顔を寄せた。
「うーんと、昨日今日ではなさそうだね。倒れた草が少し戻ってるし、折れたところも乾いてる」
「俺もそう思う。狩猟のときもこういうところを見てる?」
「獣道とか足跡を見るよ」
「じゃあこっちはどうかな?」
「この足跡は新そう。ロックドッグかな? コボルトの巣付近にもいたよ」
「いいね、じゃあこれは?」
フェインが示した足跡を見て、ミナは「人間の足跡」と呟いた。
フェインは頷く。
「狩猟で追うのは獣だよね? 依頼では人間を相手にすることもあるからね。色々な情報が読み取れるよ」
フェインは自分のブーツとユーゴの鎧装具を順に指差した。
「靴跡からどんな装備を選んでいるかもわかる」
ミナは振り返ると、自分の足跡とフェインの足跡を見比べた。
「あとは歩幅から森に慣れているかとか、走っているか、歩いているか。追っているのか逃げているのか」
「人数も想像できるかな?」
ミナは自分たちの足跡を見ながら、首を傾げた。
「そうだね、ただ……前の人の足跡を、後ろに続く人が踏んで走るっていうのは、そこそこありふれた技術だから、決めつけないほうがいいね。そのときの状況と組み合わせることが大事だ。獲物を獲るためではなく、任務の目的を達成するためにね」
フェインの言葉に、ミナは大きく頷いた。
「情報を取捨選択して、判断することが大事なんだね」
フェインも一度頷くと、表情の笑みを強めた。
「そうだね。たとえば、ミナちゃんは合同依頼の会議に出たよね?」
急な話題の転換にミナは「え?」と短く言いながら、フェインの顔を見た。
「えっと、うん、出たよ」
「俺は現場まで偵察に出てたから会議には出席できなかったんだけど、なんかユーゴさんとティナさんは楽しそうだったらしいね」
「うん、ときどき依頼について発言してたけど、それ以外ではずっとヨーグルトの話をしてたよ」
「今日の朝、現場に向かうときも騒がしかったよね」
ミナは訝しげにフェインの顔を見た。
「えっと、どういう話?」
フェインは笑いを堪え、身体を丸める。
「すぐ気が散って、自分の興味が向いた方に意識が行っちゃう。ふたりはすごい傭兵ではあるんだけど、偵察なんて細かい仕事には向いてなさそうって情報が揃ってるでしょ。俺は偵察に慣れてるから、あのふたりに偵察の練習って言われても絶対に信用しない」
ミナは笑い声を上げた。
それから街道に着くまで、狩猟と依頼における観察の違いなどを話しながら歩いた。
「よし、草原が近づいて来たね。一度草原や街道の様子を確認して、本隊の移動を手伝おう」
「わかった。あ、そういえば、さっきのユーゴさんの隣に急にいたのって」
「さっき?」フェインはミナの言葉に首を斜めにした。
「うん、わたしたちがフェインさんのところに行ったときに、ユーゴさんの横に急にいたでしょ? あれは、どこに隠れてたの?」
ミナの言葉に、フェインは「ああ」と言いながら微笑んだ。
「うーん、俺は風魔法が大の得意でさ。と言っても、強力な魔法を撃つのは苦手で、細かく使うのが得意なんだ」
そう言うと、フェインが手をゆっくりと動かす。手のひらを上に向けて肘の高さに固定した。
足元の落ち葉が数枚、舞い上がる。フェインの身体を中心に円を描きながら上昇していく。
「わあ」
ミナは落ち葉を目で追って、息を漏らすように声を出した。
落ち葉は、フェインの手のひらの上にふわりと舞い上がると、上昇も下降もせずに高度を維持する。
フェインが手を軽く握ると、左手側の落ち葉は上下に往復するように動く。右手側の落ち葉は手首の周りをくるくると回転している。
「すごい」ミナは小さく拍手をする。
「細かい魔法を連射したり、同時にいろんな方向に向けて発動したり、違う魔法を平行して使ったりできるんだよ。ほら、頭の上」
フェインは微笑んでミナの頭頂部に視線を向けた。
「え」
ミナは頭に手をやると、頭の上には桃色の花が一輪置かれていた。
「全然気づかなかった」
ミナは手の中の花をしげしげと眺めた。
「さっきユーゴさんの隣に行ったときも、風魔法をいっぱい使ったんだ。みんなの意識を自然に他に向けるよう工夫したり、目に風をふかして瞬きするように仕向けたり、他にも何十パターンも魔法を使って、最後に頑張って素早く移動した感じ」
フェインは宙を舞う落ち葉の動きに合わせて言葉を区切りながら話した。
指を鳴らすと、落ち葉は緩やかに地面に向かって流れていった。
「その花は記念にあげるよ」
フェインはミナに微笑む。
「ありがとう、ルークとソルに黒曜石の人から授業を受けたって自慢しちゃおうかな」
ミナは笑顔で頷くと、腰のポーチに花をしまった。
「あらら」
フェインは苦笑する。
頭に花を乗せたままのティナがフェインの尻に膝蹴りを放った。
「みいちゃん興味なしー」
「顔はいいんだが、なんでモテないんだろうなあ」
ユーゴがティナの横で、同じく頭に花を乗せたまま言った。




