4-10.巨大なコボルト
4-10.巨大なコボルト
巣から這い出た巨大コボルトは、ゆっくり辺りを見回した。
ルークは座ったままの姿勢で、口を開いたまま巨大コボルトの方をぼうっと眺めた。
巨大コボルトは倒れたサラの方を見ると、ゆっくりと足を踏み出す。
「サラさん! ミナ、ルーク!」
少し離れたところからソルの叫び声が聞こえた。
ルークははっとした表情で頭を小刻みに振ると、強く息を吐いて自分の頬を叩いた。
「ルーク!」
ミナの声が聞こえる。
ルークはミナを見て頷いた。
「ミナ! 油矢を使ってみるか?」
「そうだね、できることをやらなきゃ」
ミナは足の痛みに顔を顰める。
身体をずらして、荷物の方に腕を伸ばす。
魔獣の皮膜でできた皮袋を開いて、特殊な矢を取り出した。
鏃に小型の油袋を取り付けた特殊矢だ。普通の矢に比べ、重量がかなり重い。
「わたしの肉体強化と弓でも、この距離なら」
ミナは、膝立ちの姿勢のまま弓を構えて、コボルトに狙いを定めて矢を放つ。
矢がコボルトに着弾すると、薄い袋は押しつぶされ、中の油がコボルトの顔や胸に飛び散った。
巨大コボルトがうめき声をあげて、顔や胸をこする。
「ルーク!」
ルークは片膝を着いた姿勢で、腰に手を伸ばす。
しかし、そこには魔石を入れた袋がなく、伸ばした手は宙をかいた。
ひゅっと息を漏らす。
先ほど小コボルトに、袋を引きちぎられていたことを思い出す。
「ルーク! これを!」
遠くに座るソルが何かを投げてよこした。
ルークは身体を伸ばして、何とかそれを受け止めた。
手を開くと、そこには人差し指サイズの剣の飾りがあった。
「ソル? いったいなにを」
「魔石! 飾りの魔石!」
「あ」ルークは声を漏らす。剣の飾りには、刀身と柄の間に小型の魔石が埋め込まれている。
ルークは左手に剣の飾りを握り込む。
左手を突き出すと、いつもより小ぶりな火の玉が巨大コボルトに向かって飛び出した。
ルークの炎が油に引火し、巨大コボルトの顔を炎が包む。
巨大コボルトは悲鳴を上げる。
腕をばたつかせ、身体の上をせわしく撫でまわす。
「やったか?」
そのとき、巨大コボルトが全身を震わせた。身体を覆う紫色の光が、一瞬だけ強く輝く。
巨大コボルトが腕を広げ、胸を反らして軽く跳躍すると、破裂音がして紫色の光とともに、炎がはじけ飛び、かき消えた。
「あぁ……」ミナが座った姿勢のまま、息を漏らした。
巨大コボルトは首をぶるっと震わせた。
焦げた体毛を払い落すと、唸り声をあげてゆっくりと歩き出す。
「ルークくん、ミナちゃん、逃げて……」
サラが声を絞り出した。
ルークはサラに這いより、サラの前に片膝をつく。
身体を起こすとふらつき、たまらず地面に片手をついて姿勢を保つ。顔を上げて、巨大コボルトを睨みつける。
「こっちを見なさい! こっちを向いて!」
視線を横に向けると、少し離れたところにミナの姿が見えた。
サラの槍を手に持ち、杖のように地面についている。槍に体重を預けて縋りつくようにして立っていた。
立っているのがやっとの様子で、小刻みに足をずらして、なんとか重心を調節して姿勢を維持している。
「お願い! こっちに来て!」
「スピカ! くそ、ダメか……」遠くからソルの声も聞こえる。こちらに向かって必死に這ってくる姿が見えた。
ルークは小さく息を吐くと、膝に手をついて立ち上がった。
身体がふらつき、横に倒れそうになるが、足を動かして何とか踏みとどまった。
巨大コボルトを見据えて、剣を持ち上げて切っ先を向ける。
巨大コボルトが小さく唸り声を漏らし、身体を震わせた。
ルークにはその姿が、笑っているようにも見えた。
「だめよ、逃げなさい……」
サラのか細い声が背後から聞こえた。
身体に力は入らないが、自然と足が前に出た。
巨大コボルトは震えを大きくして、唸り声を強くした。
やがて震えを止めると、ルークに向かって足を踏み出す。
直後、巨大コボルトははっとしたように顔を上げると、横を向いた。
「おおおおー!」
女の声が遠くから聞こえる。思わずルークも、コボルトが視線を向けたほうを見た。
ティナが恐ろしい速度で走ってくるのが見えた。
先ほどの小コボルトやサラを凌駕するスピードで、こちらに向かってくる。
「みんなから離れろ!」
ティナの、会議のときとは違った、力強い声があたりに響いた。
巨大コボルトはティナの方に身体を向け、前傾姿勢をとって唸った。
ティナは巨大棍棒を軽々と持ち上げると、巨大コボルトに向かって跳躍する。
巨大コボルトは腕を上げ、ティナの棍棒を受け止める姿勢を見せた。
「どーんずらし!」
ティナは振り下ろした棍棒を空中でずらして角度を調整して、コボルトの両手にぶつける。
コボルトの両手が下向きに弾かれる。肘から先が、指ではじいたバネ細工の人形のように、ぶらりと揺れた。
そのままティナは片足を一瞬地面に着くと、回転の速度を全く落とさないまま再度跳躍して棍棒を振り下ろした。
「どーん!」
棍棒は巨大コボルトの頭を砕き、さらに首のあたりまでめり込む。
ティナは棍棒を持つ手に力を込めて、空中で跳躍するように回転して、巨大コボルトの背後に着地した。
「みんな! 大丈夫!?」
ルークたちはぽかんと口を開き固まるが、やがて身体から力が抜けるように地面に座り込んだ。
「さすがティナさん、助かったぁ」サラが声を漏らして、寝転んだ姿勢のまま、伸ばしていた腕を地面にぺたんと戻した。




