1-3.風
1-3.風
朝の風が頬を優しく撫でる。
窓の外から聞こえる鳥の鳴き声が心地よく、ルークは薄く目を開き、しばらく天井を見上げていた。
「朝か」
小さくつぶやく。
昨日、解散の話を受け入れてから、部屋でひとり酒を飲んでいた。
窓辺のテーブルに、酒瓶が転がっている。
ルークは酒瓶を手に取り、しばらく眺める。
「まだ、やっていける」
思わず、そんな言葉が口に出た。
苦笑しながら、酒瓶をテーブルの隅に立てる。
ルークは着替えると、テーブルの上の魔石を左手で握りこむ。
手の甲の魔法陣がわずかに光ると、空中に澄んだ水が現れる。
右手に持つコップの位置を調節して、コップを水で満たしていく。
ルークは一息に水を飲むと、自分の頬を両手で叩いた。
「よし」と小さく呟き、荷物を整えて部屋を出る。
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ギルドは今日も賑わっていた。
傭兵たちは依頼を探すために、掲示板の前に張り付いている。
反対側の壁際には、仲間を待つ傭兵たちの姿があった。
ルークは掲示板には向かわず、壁際に立つ傭兵たちに話しかけることにした。
いくつかのパーティが、それぞれ立ち話をしている。
ルークは1番手前の男に話しかけた。
「やあ、ちょっといいか」
傭兵たちがルークに顔を向ける。
「もしよかったら、依頼に参加したいんだけど」
男の反応を窺うように、ルークは言葉を切った。
傭兵たちは顔を見合わせると「すまないが」と言い、小さく首を振った。
「そうか、急にすまない」
ルークは明るく答える。
その後、いくつかのパーティに声をかけたが、いずれも空振りだった。
強くなるためには経験を積まなければ、そう焦るルークは、諦めずに辛抱強く声をかける。
ある傭兵からは申し訳なさそうに、しかしはっきりと断られた。
「ルークさん、俺たちはまだランクも低くて、力不足なんだ。気を悪くしないでほしいんだが、噂は聞いてる。俺たちじゃ、もしものときにフォローできない」
どうやら今日のところは、依頼に参加させてもらうことは難しそうだ。
ルークは明るく受け答えしていたが、さすがに気分が落ち込み、そのままひとりで掲示板に向かう気にはならなかった。
ギルド横のカフェに入り、コーヒーをオーダーして席につく。
「まいったな」
ルークは頭を抱え、ため息をついた。
ガイアとエイルは、それぞれ異なるパーティに勧誘されているらしい。
そんな噂に「まぐれ」のあだ名が相まって、どこかのパーティに入れてもらうのは非常に難しそうな状況だ。
「今日のところは、ひとりで依頼を受けるしかないか」
ルークはしばらくカフェで時間を潰し、閑散としたギルドに戻る。
ギルドには、日々、多くの依頼が集まってくる。
まだまだ依頼票は残っていた。
ルークは簡単な採集依頼を選び、受付で手続きを行った。
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「うう」
ルークは草原の木の横で、座り込んでいた。
回復薬を腕の傷に染み込ませる。
傷口は少し光ると、数秒で塞がっていく。皮膚に残った血液を布で拭う。
「こんなやり方、間違ってるよなあ」とつぶやき、ルークは小さく首を振った。
あの「たまに周りがゆっくりに感じる特技」を狙って出せないか検証するうちに、引きつけすぎた狼に腕を傷つけられてしまったのだった。
草原は地面が隆起しており、そこまで見通しが良いとは言えないが、休息を取るには十分に思える。
ルークはカバンから、卵サンドを取り出して食事を取ることにした。
じっとしていると、ガイアとエイルの顔が思い浮かぶ。
「なんだか独り言が出ちゃうな」と独り言を呟き、苦笑する。
寂しい気持ちはもちろんあるが、それ以上に、やる気が溢れてくる。
「こういうときこそ、やっぱ飯だな」
ルークは卵サンドにかぶりついた。
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翌日、ルークは朝からギルドにいた。
昨日のようにいくつかのパーティに声をかけてみるが、今日も依頼への参加はかなわなかった。
ひとりで依頼を受ける気にもならず、かといって宿屋でじっとしている気にもならない。
ルークは出店で軽食を購入し、城壁の門をくぐると、街から出て街道をぶらぶらと歩く。
「いったいどうすれば」
無意識に言葉が漏れる。
しまった、と慌てて口を閉じる。
目をぎゅっとつぶり、小さく首を振った。
ギルドでは明るく振る舞っていたが、ひとりでいるとどんどん気持ちが沈んでくる。
街の周辺は、人の往来も多く、兵士の巡回もあるため安全だ。
ルークは街道の塀に腰掛け、軽食の包みを開く。
「うまい」
もそもそと揚げ芋をつまみながら、今後のことを考えようとするが、何も思いつかず時間ばかりが過ぎていく。
ため息をつきながら、軽く握った拳を、おでこに当てる。
頭に手をやりながら、旅人や馬車を眺める。
しばらくその姿勢でいると、不思議な二人組が目に留まる。
ぷかぷかと宙に浮かんでいる男と、何か重いものを背負うような体勢で、ゆっくりと歩いてくる少女。
背中には何も見えないが、顔からは汗が吹き出し、とても演技には見えない。
男は若くも老いても見える、不思議な顔立ちをしていた。
すれ違いざまに、柔和な笑みが、ルークへ向けられる。
男は、ルークを見て足を止めた。ふわふわ浮いているため、正確には足は止めていないのだが、とにかくルークの前で止まり、顔や手元へと視線を動かす。
「へえ、今度はこの子にしたんだ」
深みのある渋い声だが、不思議と通る声。
軽妙な話し方も相まって、なんだかとても心地よい声だった。
「えっと、俺に言ったの?」
ルークの問いかけに、少女も足を止める。
ニコニコと微笑む男の代わりに、息も絶え絶えの少女が答えた。
「気にしないでいいよおにいさん。わたしの先生、ちょっとアレなんで」
男はくすくすと笑うと、指を鳴らす。
隣に立つ少女が「ぐえ」と呻き、膝をつく。
「うう……ま、また、始まった」
「ちょっと、大丈夫か?」
ルークは、呻きながら立ち上がろうとする少女に、思わず駆け寄る。
「お、構い、なく」
どうみても何も持っていないが、何かを背負う格好で固まっている少女。
ルークは手助けしようにも、どうしてよいかわからない。
そんなふたりを無視して、男は続ける。
「きみさ、難しい顔してたけど、なんか悩んでるの?」
「わ」
男は音もなく地面に降り立ち、ルークの顔を覗き込んでいた。
ルークは驚き、声を上げて軽くのけぞる。
「うまくいかないときは、思い切って旅に出てもいいかもね。グラントって知ってる? 魚と酒がおいしいらしいよ」
「え、いや、そんなことより、この子は大丈夫なのか」
「大丈夫だよ、修行だからね。強くなる方法なんていっぱいあるんだから」
微妙に話が噛み合わない。
ルークが言葉を返せないでいると、男の懐からけたたましい音が鳴った。
「いけない、もうすぐ予約の時間だ。ノエラ、訓練は終わりにして飲みに行こう」
男が手を叩くと、ノエラと呼ばれた少女が、荒い息を吐きながら尻餅をついた。
その瞬間、強い風が吹き、ルークは目を瞑る。
再び目を開けた時、男と少女の姿は消えている。
会話していたはずの男と少女が、瞬きの間に消えてしまった。
ルークは思わず声を上げた。
辺りを見渡すが、ふたりの姿はどこにも見当たらない。
「え」「あれ」などと言いながら、街道の真ん中できょろきょろしていると、周りの通行人に見られていることに気づいた。
ルークは、自分の不審な行動に気づき、顔が熱くなる。
慌てて小走りで街道の隅に移動すると、周りに愛想笑いをしながら、恥ずかしそうに鼻をかいた。
通行人の姿が見えなくなると、ルークは再び塀に腰掛けた。
包みに残っていた芋を口に入れ、水を飲み干す。
優しい風が草原を流れていく。
首筋の汗に風があたり、気持ちいい。
ふと青空を見上げると、白い鳥が飛んでいるのが見えた。
鳥は、ぐんぐんと高度を上げて、やがて雲の向こうに消えていく。
ルークは、鳥に向かって手を伸ばした。
「旅か」と、ちいさくつぶやく。
不思議と、焦る気持ちが薄れていく気がした。
男の「強くなる方法は色々ある」という言葉が、やけにはっきりと頭のなかで響いた。
「環境を変えるのもいいかもしれない」
自分の言葉に、ルークは小さく頷いた。




