4ー8.能力と器、意識と動き
4ー8.能力と器、意識と動き
ルークは大コボルトに向き合うと、ごくりと唾を飲み込んだ。
これまで対峙してきたコボルトと比べて非常に身体が大きく、顔を少し上に向けて見上げるような形になる。
紫の光に淡く包まれたその姿は、大きさ以上の圧力を感じさせた。
腰を捻り、魔石を腰袋から取り出す。
その際に一瞬だけ背後に視線を向ける。
ルークと目が合ったミナが、弓を構えて頷いた。ルークも小さく首を動かす。
剣を掲げ、大コボルトに切先を向ける。
息を短く吐き、足を踏み出した。
大コボルトに近づき、あと数歩のところで肉体強化魔法を強め、一瞬で距離を詰める。
大コボルトは腕を振り上げて地面に叩きつけるが、ルークは小さく横に跳んで腕を躱して回り込む。
すれ違いざま、大コボルトの腰を剣で切り払うが、小さな傷しか与えることができない。
大コボルトの身体や体毛は硬いが、それだけではなく、紫の光に剣が触れると、わずかに剣が押し戻されるような圧力を感じた。
大コボルトは唸りながらルークの方に身体を向け、腕を振り下ろした。
ルークは後ろにステップを踏んで腕を躱す。左手に握った魔石を握り込む。
大コボルトの腕が空振りして、地面に叩きつけられる。
直後、ミナが放った矢が、大コボルトの腕に突き刺さる。
同時に、ルークは火の玉を放ち、大コボルトの顔にぶつけた。
大コボルトは悲鳴を上げながら、腕をめちゃくちゃに振り回した。
ルークはさらに数歩下がって距離を取った。
大コボルトが腕をぶつけた地面が、深くえぐれている。
「すごい力だ」
頬を汗が伝う。ルークは腕で顔を擦った。
「ルーク、こっちの大きいのはそこまで動きが速くない。安全重視でいこう!」
「了解! 気のせいかもしれないが、剣が弾かれた感覚があった。突きの方が有効かもな」
「そうだね、わたしの矢は刺さったし。ただ、深入りしすぎないように!」
ルークは頷くと、再び前に出て大コボルトに剣を向ける。
先ほどのように大コボルトに接近するが、今度は前傾姿勢のまま身体を止める。左手の魔石を握りしめる。
大コボルトは横向きに腕を振っていたが、ルークの目の前を腕が通過する。
ルークが放った炎が大コボルトの顔に直撃し、その隙にルークは懐に潜り込む。
胸に向かって剣を突き出すが、大コボルトは身体を捻って剣の軌道をずらす。
ルークの剣は、大コボルトの腕をわずかに引き裂いて、宙を滑る。
ミナの矢が大コボルトの胸に突き刺さった。コボルトが短く唸る。
大コボルトが腕を大きく振るうが、ルークは姿勢を低くして腕を躱した。
大コボルトは腕を振り抜いた勢いのまま身体を回し、肩からルークの方に倒れ込むようにする。脚と腰を回転させ、前傾姿勢のまま加速して身体を前に押し出した。
「うっ」
ルークは咄嗟に身体を捻って左腕の小盾を構えるが、強い衝撃を受けて後ろに跳ね飛ばされる。
がくっと首が揺れ、一瞬視界が白く光る。
身体が後ろに投げ出されて、仰向けのまま地面を滑る。
掠れた息を吐き、咳をした。
「ルーク!」
ミナの声が聞こえ、慌てて地面に手をついて起き上がる。
目の前に大コボルトの姿が見える。
大コボルトは片手で地面を強く押して、跳ねるようにして身体を起こした。もう片方の腕を高く振り上げる。
その瞬間、ルークの目の前に緑色の光が揺らいだ。
飛び込んでくるサラの背中が見える。
サラは大コボルトに向かって槍を突き出し、大コボルトの胸を貫いた。
大コボルトは血を吐きながら、腕を振り抜く。
腕はサラの身体にぶつかり、サラが横に飛ばされ地面に叩きつけられる。
「サラさん!」
「だ、大丈夫……」
サラは身体を動かさずに腕だけ持ち上げて、ルークの背後を指差した。
ルークは慌てて振り返ると、迫る小コボルトが見えた。咄嗟に剣を突き出すと、小コボルトは急停止して反転し、ミナの方に駈ける。
「わ」ミナは肉体強化魔法を強め、滑らかな動きで横に走るが、小コボルトは細かく軌道を変えてミナに追い縋る。
ミナは小コボルトに向かって、弓を叩きつけようとするが、小コボルトは身体を倒して地面を滑るように懐に潜り込み、ミナに体当たりをした。
ミナの体が吹き飛び、荷物を置いていた木の根元にぶつかり止まった。
「うう」
ミナは起きあがろうとするが、浮かした身体を地面に戻す。
顔を顰めて足首を押さえて、木に背をつけて座った。
荷物袋から解体用ナイフの柄が飛び出しているのを見て、引き抜くと小コボルトに向けた。膝をついて背中を木から離し、小コボルトを睨みつける。
小コボルトはミナに迫ろうとするが、はっと顔を後ろに向けて横に跳んだ。
ルークが腰袋から新しい魔石を掴み、小コボルトに向けて炎を連射する。同時にミナと小コボルトの方に向かって駆ける。
小コボルトは炎を警戒しているのか、ルークの炎から勢いよく距離を取る。大袈裟とも思えるような避け方を見せた。
一方でルークも余裕を失っており、力が入りすぎるあまり、魔素を早々に消費して手の中の魔石が鈍色に変わってしまう。舌打ちをして、再び腰袋から新しい魔石を取る。
その隙を見逃さず、小コボルトはルークに迫る。
小コボルトが振り抜いた腕を、ルークは左腕の小盾で弾いた。
剣を突き返すが、その時すでに小コボルトは剣の届かない位置まで下がっており、ルークが剣を引く動作に合わせて再び接近してくる。
ルークは盾と剣を動かしてなんとか小コボルトの腕を弾くが、防御が追いつかない。
小コボルトの爪がルークの腕を撫でて、服に血が滲んだ。
「くっ」と、思わず声が漏れる。
ルークが剣を振り抜くと、再び小コボルトはルークから離れるが、今度はそのまま倒れたサラに向かって走り出す。
ルークは咄嗟に駆け出した。
手の甲につけたグローブの隙間から、灰色の光がわずかに漏れた。
地面や岩壁、木や岩から色が失われ、視界が灰色に包まれる。
小コボルトはサラに向けていた身体を反転させると、真っ直ぐにルークに向かって突っ込んでくる。
ルークは足を前について走る勢いを止めて、腰を落として剣を構える。
小コボルトが間合いに入った直前に剣を突き出しかけるが、小コボルトはルークの前で横に跳んで回り込む。
ルークは小コボルトの動きを目で追いながら、突き出しかけた剣を引いて、必死に身体を反転させる。
小コボルトは腰を捻り、腕を振り上げる。
ルークは小コボルトの動きを見て、小盾を構えようと左腕を前に出す。
振り下ろされる小コボルトの腕に、ギリギリで小盾での防御が間に合う。
ルークは剣を前に出そうとするが、小コボルトはさらに横に動き、ルークの斜め前に身体を滑らせる。
「周りがゆっくりに感じる特技」を発揮しているにもかかわらず、小コボルトの動きはあまりにも速い。
動きは目で追えるが、ルークの身体の動きがついていかない。
ルークは歯がゆい思いで身を捩った。
小コボルトの爪がルークの身体を掠める。
避けることに成功したと思ったのも束の間、ルークの腰袋が小コボルトの爪に引き裂かれ、中の魔石が飛び散る。
小コボルトはルークから離れるようにステップを踏むと、歯を剥き出しにして口を大きく開いて身体を震わせた。
小コボルトは足を止めず、ルークを中心に回り込むように動き、ルークの死角に潜り込もうと接近してくる。
ルークは懸命に身体を動かして剣を向けるが、小コボルトは剣を掻い潜るように動き、ルークに向かって爪を突き出した。
ルークは強い息苦しさを感じ、無意識に息を吸った。
灰色の景色に、少しだけ色が戻る。
緩やかに流れていた時間が、スピードを取り戻そうとする。
小コボルトの爪がルークの身体に迫る。
ルークは防御が間に合わず、思わず目をぎゅっと瞑った。




