4-7.紫の光
4-7.紫の光
岩の上で巣穴の出口を見張っていたサラが声を上げた。
「みんな、警戒して!」
腰を下ろして待機していた3人は、即座に武器を持って立ち上がった。
直後、出口から男が飛び出してくる。男は白色のコートをまとっている。土に汚れてくすんだ色をした布が、ひらりと揺れた。顔の上半分を大きなゴーグルで隠している。
男はルークたちを見ると一瞬足を止める。
前衛のルークとソルにそれぞれ顔を向けると、ルーク側に向かって駆けだす。
「巣から人が?」ルークはつぶやいた。
男は、ルークたちと距離を取るように、岩壁に沿って走っている。
「おい、コボルトに捕らえられていたのか?」ルークは男に声をかけて、足を一歩踏み出した。
男は動き出したルークを見ると、ルークに向かって何かを投げつけた。
「うっ」
ルークは声を漏らすが、かろうじて左腕の小盾で弾く。体勢を崩して、尻もちをついた。
ルークの横に、ナイフが落ちて地面に突き刺さった。
「ソル、カバー頼む!」ルークはナイフを見ながら声を上げた。
ソルは男に向かって駆けだす。
サラも男の行動を見て、ソルに指示を飛ばす。
「巣穴から飛び出して、傭兵を襲う。魔獣につかまってた人間の行動じゃないわ。話を聞きたいから、捕まえて!」
「わかったよ」ソルは速度を上げて、男との距離を詰めていく。
ソルが追いつく寸前、男は突如振り返り、剣を振るう。
ソルは岩壁を蹴って横に跳ぶと、地面を転がる。勢いを利用して立ち上がると、長剣を抜いた。
「ルーク! 隊列!」
立ち上がりながら男を見ていたルークは、ミナの声を聞いて出口に顔を向けた。
「なんなの、こいつら」サラが声を漏らす。
出口から2体のコボルトが這い出てくる。
小柄なコボルトと大柄なコボルトだ。
どちらも全身が淡い光に包まれている。
小コボルトは唸ると、前に飛び出す。
小コボルトは恐るべきスピードで駆け抜け、ミナに迫る。
ルークとミナはとっさのことに動けず、小コボルトの腕がミナに迫るが、緑色の光をまとったサラが前に立ちはだかった。
サラは身体の勢いを止めずに槍を動かして、小コボルトの身体を打つと、小コボルトは跳ね飛ばされた。
空中で身体を捻って手足で着地すると、前傾姿勢のままサラに向かって唸り声を上げた。
「こんなのを街道に向かわせるわけにはいかないわね……わたしはこいつをやる! ルークくんとミナちゃんは、おっきい方を足止めして!」
サラの声に、ルークとミナは頷いた。
――――――――――――――
ソルは長剣を構えて男に向かって走る。
男は左手をかざすと、火の玉が立て続けに射出される。
ソルは身をよじって躱す。
男は火の玉でできた死角に身体を隠すようにして接近しており、上体を傾けたソルに向かって剣を突き出した。
ソルは後ろに身体を投げ出すようにして、剣を避ける。身体を倒しながらも長剣を持った腕を動かす。長剣の重みを利用して、腕ごと長剣を振り抜いた。
長剣の切っ先は男の腕を撫でて皮膚を切り裂き、白いコートの袖に血がにじんだ。
男は後ろに跳んで、岩壁まで下がって距離を取る。左腕を突き出して、再び炎を放った。
ソルは地面を転がって身体を起こした。
そのまま横に向かって走り出すと、円を描くように男に近づく。
男はソルに向かって腕を振るう。
『ソル、跳んで!』
頭に響いたスピカの声を聞き、ソルは跳躍する。岩壁を蹴って加速して男の上を跳び越す。
同時に、ソルが立っていたあたりに衝突音が聞こえる。緑色の光が揺らぎ、岩壁が薄く崩れてパラパラと砂埃が舞った。
着地したソルは、素早く長剣を動かす。
男は剣で長剣を止めようとするが、ソルは手首を巧みに動かし、剣を絡めとる。腕を跳ね上げて、男の剣を遠くに飛ばす。
男は舌打ちしながら、身を引いてソルと自分の間に炎の壁を出現させる。
ソルは斜め後ろに跳んで男から距離を取る。
『うーん、普通なら炎ごしに突き刺せそうだったけど』
『ダメだよ、ソル。捕まえてってサラさんに言われてるもんね』
『難しいな。剣は弾き落としたし、あとは接近して打撃がいいかな』
『ルークさんに投げてたし、ナイフだけ警戒しようね』
ソルは地面を転がって立ち上がり、長剣を構える。
炎を迂回するように走ると、炎の奥にいる男の姿が見えた。
男は、細いガラス瓶を口に当て、紫色の液体を飲んでいた。
「なんだ?」ソルは男に向かって駆け出す。
『ソル! 危ない!』
直後、視界を紫色の光が覆った。
ソルは、正面から全身を押す圧力を感じて、後ろに跳ね飛ばされた。
かろうじて受け身を取り、転がる身体を止めた。
片膝を立てて、男の様子をうかがう。
男は全身が紫の光に包まれており、口を歪めた。
両手を突き出すと、全身の光が強まる。
「うあ……」
立ち上がろうとしていたソルがうめき声を漏らして膝をつく。
『ソル!?』
「う、身体が、重い……」
身体全体を下に押し込むような圧力がかかり、ソルはたまらず手をつく。
男は笑いながらソルに駆け寄ると、ソルの身体を蹴り上げる。
ソルは後ろに倒れこんで地面を滑った。這いつくばったまま、かすれた息を吐きだした。
「このクソガキ、まだ実験中だってのに飲ませやがって」
男が吐き捨てるように言うと、手をかざす。
「うああ」
ソルは苦しそうに呻いた。
男はソルを一瞥すると、長剣を握るソルの腕に手を伸ばした。
ソルは鋭い目で男を睨むと、手首を揺する。
男は手を引くと、鼻を鳴らして笑った。視線をさまよわせ、自分の剣を探す。
「危ないガキだな。安全にいこう」
男は転がる剣に向かって駆けだす。
その間も、ソルの身体を押す力は弱まらない。
『なんて、魔素の量なの……魔素の塊だけで人を跳ね飛ばして、押し付けるなんて』
『スピカ、力を貸して』
『ソル、立てないほどの圧力でしょ……無理やり動いたら、身体がぼろぼろになっちゃうよ』
『いいから! 早く!』
ソルの肩当の隙間から、金色の光が漏れた。
やがてソルの全身を淡く包む。
地面に手をついて身体を起こす。
「うう」
きしむ身体に、思わず声が漏れた。
ソルは長剣を手放すと、鞘を止めたベルトを外した。
『無理しないで……』スピカの泣きそうな声が頭に響いた。
金色の光に包まれた鞘を男に向けて構える。
剣を拾った男が振り返ると、驚いた声を上げる。
「なんてガキだ」と吐き捨てるように言った。
『ソル、あまり動かないで。相手を近づけさせよう』
『そうだね、ただ、魔法を打たれたらこっちから近づかないと』
男は剣を前に出して、じりじりと近寄ってくる。
『どうやら、大丈夫そうだ。じーちゃんとの模擬戦を思い出そう。いつも俺が動き回って』
『おじいさんは、あまり動かずにその場で戦ってたね』
『ほんとは俺より速く動けるけどね。じーちゃんの剣を借りよう……来る』
男はひゅっと息を吐き、足を踏み出して剣を突き出す。
ソルは身体を横にして、突きを躱す。足を動かすたびに痛みが走り、顔を歪める。
男が剣を振るが、男の手首に鞘を当てて剣の軌道を逸らす。上体を前後に揺らして、相手との間合いを測る。
「くたばれ!」
男が剣を引いて振りかぶる。
その瞬間、ソルは歯を食いしばって足を踏み出す。右手で握る鞘の鯉口に、左手のひらを当てる。短く息を吐いて腰を回しながら、鞘の先端を男のみぞおちに突きこんだ。
「ぐう」男が声を漏らし、膝をついて、そのまま身体を地面に倒した。
直後、ソルの身体を押し付ける力も、ふっと消えた。
ソルは鞘を手放して、尻もちをつく。
大きく息を吐いた。
『動けないや』
『ソル! 心配したんだから』
『スピカ、ありがとうね』
ソルは男に這って近づくと、腰のポーチから細い紐を取り出した。
男の手首と足首を縛る。
『細いけど大丈夫なのかな』
『傭兵はみんな持ってるって言ってたよ。大丈夫でしょ』
ソルは身体を起こしてルークたちの方を見た。
『みんなの方に戻るの?』
『そうだね、何かできるかもしれないから。足は力が入らないけど、這ってでも戻るよ』
ソルは鞘のベルトを身体に巻き付けて、長剣を鞘に戻す。
重い身体を動かして、ルークたちの方にゆっくりと移動していく。




