4-4.高ランクのパーティ
4-4.高ランクのパーティ
「おい、このヨーグルト食べたか?」
ギルドの事務室の中、簡易的な会議スペースで、ユーゴが口を開いた。
スプーンを取り落とし、体をワナワナと震わせている。
手を口に当てて「あまりにも旨すぎる」と呟いた。
今日は会議だけの予定だが、ユーゴは武骨な茶色の鎧を身にまとっている。
ルークは席に座ったまま、ミナをちらりと横目で見る。
ミナは目が合うと、小さく頷いた。
ユーゴのランクは、黒曜石だ。白金、金に次いで、3番目に高い。ルークから見れば、遠い存在に思えた。
ルークたちは、合同依頼に参加するためにギルドの事務室に来ていた。
今日通された会議スペースはとくに仕切りなども設けられておらず、近くで書類仕事をするギルド職員たちの話し声も聞こえてくる。
ギルド幹部が資料を準備しているとのことで、傭兵たちはそれぞれ席について静かに会議が始まるのを待っている。
ランクの低いルークたちは、遠慮して端の方の席を選んだ。
傭兵たちは黙って、高ランクの傭兵の発言に耳をそば立てている。
少しの沈黙の後、ユーゴの隣に座る髭面の男がゆっくりと答えた。
「ああ、昨日食べた。うまかったな」
「え」
ユーゴを挟んで反対側に座る女が、テーブルを叩く。
「私だけ食べてない」女は腰を浮かして声を上げた。「パーティメンバーなのに、私だけ食べてない!」非難するように、ユーゴと髭面の男を指さした。「ずるい!」
ユーゴは何も言わず、スプーンでヨーグルトをすくうと、女の口に運ぶ。
「うまー」
女は一瞬で笑顔になり、頬に手を当てる。
気づけばユーゴの前に置かれていた容器が、女の前に移動している。
ルークは3人のやり取りを見ていたが、いつ容器を移動させたのかわからなかった。
さすがは高ランクパーティだ、とルークは唸った。
ユーゴは手元に目を落とすと容器がないことに気づき、ぴくっと体を震わせた。
短く息を吐き、諦めたようにスプーンを女に渡した。
女は礼もそこそこに、ゆっくりとスプーンを口に運ぶ。味わうようにして、うーんと幸せそうな声を出す。
そんな女を尻目に、ユーゴが重苦しく口を開いた。
「グラントは危機にさらされている」
会議スペースに緊張が走る。誰もが姿勢を正し、ユーゴに向き直った。
「おい、適当なことを言うな」と、髭面の男がユーゴの肩を触る。心なしか表情は愉快げだ。
「おまえ、グラントの牛乳の自給率を知っているか?」
「知らない」髭をさすりながら答える。「考えたこともない」
ユーゴは体を髭面の男に向けると、「生産者たちへの感謝」や「他領から安定輸入を実現する役人たちの苦労」などを唾を飛ばして捲し立てる。
「わかった、すまない。これからはグラントの食糧事情に対して関心を持つよ」
髭面の男の言葉に満足したのか、ユーゴは座り直した。
「グラントは農産物の生産は盛んだ。山側は魔獣が多く、食肉の供給量も高い。だが以前、白穴付近で家畜が魔獣化した事件が起きたせいで、グラント全体で畜産は選ばれない傾向にある」
「そういえば、昔、魔獣と化した家畜に、村が滅ばされる事件があったらしいな」
「そうだ、他領から牛乳を運搬する際には、氷の魔石や術者も多く必要だし、費用も高いんだ」
「なるほど、それは困るな。このヨーグルトが入手しにくい環境なわけだ」
「その通り」ユーゴが髭面の男を指差す。
「目の前に指を突きつけるな」髭面の男は、ユーゴの手をはたいた。
「この旨さに他領のやつらも気づいているはずなんだ。このままでは牛乳の値段が釣り上がり、輸出の制限までかかるかもしれない。つまり、このヨーグルトを通して、グラントは他領に支配されかねない」
「アホか」
ユーゴの頭に、衝撃が走った。
ギルドマスターが分厚い書類の束を、ユーゴの頭に叩きつけていた。
衝撃音は書類の重量を感じさせたが、ユーゴは体を微動だにさせず、衝撃を受け止めていた。
「おまえら、この場の高ランク者として、若手傭兵に有意義な話を聞かせる気はないのか? というか、うるさいんだよ」
ギルドマスターが後ろを指差すと、ギルド職員たちがくすくすと笑っている。
「何を失礼な。グラントの食糧事情はとても重要な話題だ」ユーゴが言う。
「それに、小さな手がかりから大局を読み取るコツも、もしかしたら伝わったかもしれない」笑いをこらえながら髭面の男も続ける。
「美味しいヨーグルトを紹介しました!」女が手をあげる。
ギルドマスターがため息をつく。
「ユーくん首大丈夫?」
女がユーゴの首をさする。
「問題ない、常に肉体強化魔法は万全だ」
「次は魔力をまとった書類で殴ってやる」
「ならば、俺は、それ以上に鍛錬して見せよう。首も鍛えまくってやる」
「私もユーくんの筋肉をバッキバキにするの手伝うよー」
女は足元から巨大な棍棒を取り出し、掲げる。
ユーゴは軽くのけぞる。
「いや、首でバッキバキって怖いんだが。筋肉の話だよな?」
「うん! 首と筋肉!」
「今、首のって言った? 首とって言った?」
「筋肉、それと首!」棍棒を突き上げる女に、ユーゴは頭を抱える。
髭面の男が女に向かって「それと骨」と愉快げに囁いた。
――――――――――――――
その後、会議は滞りなく進んだ。
ギルドマスターは書類の束から数枚をより分けると、資料を傭兵に渡す。
傭兵たちは、資料を取ると次の者に渡していく。
「事前にクロノたちが対応した偵察依頼の結果をまとめたものだ。各自資料は渡ったな? 『熊の森』のバルトとギルドで整理した内容だ」
ギルドマスターが髭面の男を見る。
「今回の合同依頼の管理を行う、『熊の森』のバルトだ。コボルトの巣が拡大している」
バルトが資料を手の甲で叩いた。
「街道方向に向かっているな。ここに新しく出口が開いたわけか」ユーゴが言う。
容器とスプーンを手に持ったまま、女はユーゴが持つ資料を覗き込んだ。
「新しいのが手前のふたつ? それなら横のここ、塞ぐだけじゃなくて奥まで見たほうがいいかもね」
女の言葉にユーゴはうなずく。
「そうだな。あと、最近このあたりでロックドッグの目撃も多い。包囲の際に警戒すべきだ」
「そういえば」バルトが顎髭を撫でる。「前にコボルトがロックドッグに騎乗してたことがあったな」
「尻が痛そうだ」ユーゴがもぞもぞと身を揺らした。
「コボルトは毛が濃いから大丈夫なんじゃない?」女は椅子の上で軽く弾む。
バルトは資料をテーブルに置いた。
ギルドマスターは3人を見て頷くと、バルトに問いかける。
「現場の指揮はどうする?」
「そうだな」バルトが傭兵たちを見回した。「カレン、おまえのところで頼む」
「ええ……『熊の森』でやりなよ」カレンと呼ばれた女が、銀髪のポニーテールを揺らして言った。
ギルドマスターは首を振ると、カレンを見る。
「いや、指揮は銀級で受け持ってもらうぞ」
「先のランクを見据えるなら」バルトは軽く手を上げた。「パーティ内の指揮だけでなく、合同依頼の指揮も積極的に経験すべきだ」
「はあ、わかったよ」
「事前にギルドと話し合って、うちのフェインを斥候に出してる。昼過ぎには戻るはずだから、飯を食ったらここで打ち合わせをしよう」
カレンはバルトの言葉にしぶしぶと頷くと、資料を手に、隣に座るパーティメンバーと小声で言葉を交わす。
「カレン、頑張ってね」
ルークの隣に座っているサラが、カレンに声をかけた。
カレンは苦笑すると、「あんたもキリキリ働いてもらうからね」と言葉を返す。
スプーンを取り返そうと、小競り合いを始めていたユーゴと女が顔を上げた。
「かっちゃん、わたしは一番突っ込みやすいところにしてね」女が手をぴんと伸ばした。
「俺も最前線で頼むぞ」ユーゴもにやりと笑う。
ふたりの言葉に、バルトがため息をついた。
「おまえら、いつもみたいに好き勝手動かず、頼むからカレンたちの指示には従ってくれよ」
――――――――――――――
会議が終わり、傭兵たちは資料を片手に事務室を出ていく。
いまだにヨーグルトの話を続ける『熊の森』に、ルークたちは近づく。
「ユーゴさん」ルークは少しだけ緊張しながら話しかけた。
「ん? ああ、熊の子だ」
ユーゴがミナを見て微笑んだ。
「くまさん、昨日ぶりです」
「くまさん?」ミナの言葉に、バルトが喉を鳴らして笑う。
「ミナがお世話になりました。今回は依頼のことを教えていただきありがとうございます」
「いや、昨日道場でサラから聞いたよ。いいパーティらしいな。こちらこそよろしく頼む」
ルークたちは自己紹介を簡単に済ませると、事務室を後にする。
「ん? おい、ティナ、バルト」ユーゴが立ち上がる。
バルトが「ん」と顔を上げる。
視線の先には、ルーク、ミナ、ソルの後ろ姿があった。
それぞれ色違いの熊のぬいぐるみが、カバンの横で揺れている。
「あ!」ティナと呼ばれた女が、腰を浮かして嬉しそうな声を上げる。「くまさんたちだ!」
「なんてハイセンスなパーティなんだ」
ユーゴが感心したような声を出した。




