4-3.熊の男
4-3.熊の男
数日後。
ランゼルク道場の広大な庭で、ミナは汗まみれになりながら身体を動かしていた。
からっぽの矢筒を背負い、手には弓を持っている。
道場の庭での訓練であり、走り回っては弓を構える訓練だ。
誤射のリスクを考慮して、実際には矢を使わず、足を動かす。
設置した木の人形や岩を目印にして、素早く駆ける。
目印に着くとすぐさま、空っぽの矢筒に触れた後、反対側を走るサラに向かって弓を構える。
弦を離すと、また素早く駆け出し、次の目標に急ぐ。
走りながらも、常にサラの動きを視界に捉えることを意識する。
たった数日ではあったが、サラから教わることはどれも実戦的で、自分の動き方が変わっている実感があった。
また、門下生たちの試合を観戦する機会もあり、かけひきや、間合いの測り方など、勉強になることばっかりだった。
試合の日は、ルークとソルも誘って、サラと4人で観戦した。村育ちの自分にとっては非常に刺激的で、思わず興奮して声を張り上げてしまった。
「ミナちゃん、どんどん動けるようになってきたね」
休憩になり、ミナは庭のベンチに座る。身体を支えるのもつらく、上半身をべたっとテーブルに預けた。
息も絶え絶えで、サラの言葉に返事ができず、かろうじて頷いた。
「さあ、休憩中も訓練訓練」
ミナは重い身体を動かして、テーブルに置いたカバンから魔石を取り出す。
生活魔法を使って身体や衣服の土埃を落とすと、青色の魔石に持ち替えて、コップに水を注いでいく。
水を飲むと、ようやく息が落ち着いてきた。
「えらいえらい」
無抵抗のままサラに頭を撫でられていると、背後から「あ、熊だ」という男の声が聞こえた。
身体を起こして振り返ると、茶髪を短く刈り上げた、大柄な男が立っていた。ミナのカバンに括り付けられた、クロクマのぬいぐるみを見ているようだ。
男が身につけている鎧は派手ではなく、茶色の装飾が施されており、髪型も相まって熊のようにも見える男だった。
思わずミナも「あ、くまさんだ」と返した。
サラは吹き出した。
「そのカバンに付けたぬいぐるみ、なかなかセンスがあるな。新しい門下生か?」
「ユーゴさん、こちらはミナちゃんだよ。門下生じゃなくて新しい妹」
「ミナです。よろしくお願いします」
「くまさんのユーゴです。どうぞよろしく。妹はそんな感じで増えないだろ」
ユーゴは手を差し出し、ミナと握手を交わす。
「ミナちゃんは駆け出しの傭兵で、一緒に訓練してるの」
「頑張ってたな」
「でしょ。頭がいいから、なんでもすぐに吸収してくれて、教えるのがすごく楽しいのよ。そろそろ実戦に出てみようかなってところ」
「どんな依頼がいいかな」サラの言葉に、ミナが首をかしげた。
「うーん、訓練してきたことを活かすために、小回りの利くやつを相手にしたいね。森の中での討伐任務とかかな。ユーゴさん、なんか情報ある?」
「なるほど」ユーゴは少し考える仕草をした。「それなら、今度俺たちの合同依頼に参加するか? フォローできる人間が多い方が安心だろ」
「え、どんなやつ?」
「コボルトの巣を討伐するんだが、出口が多そうでな。まだ、包囲枠で参加者を募集してたはずだ。オレのパーティも行くし、銀級のやつらも2,3組来るぞ」
「え、いいじゃん! ミナちゃん、これいいよ」
「ありがとうございます。あ、ただ、パーティのふたりにも相談してから決めたいな」
ユーゴは頷く。
「いい心がけだな。パーティメンバーに相談して、もし受けるなら、この後ギルドに行ってみるといい」
「わかりました。受けることになったら、よろしくお願いします」
ミナは微笑んで頭を下げた。
「ミナちゃん、早めに相談しに戻ったほうがいいかも。ふたりは依頼に出てるんだっけ?」
「ううん、今日は宿屋の食事会もあるから、道具を買い足す日にするって言ってた」
「そっか、わたしは夕方になったら、直接宿屋に行くね」
「サラ、師範に用があるんだが。手が空くならどこにいるか確認できるか?」
「わかった、任せて。じゃあミナちゃん、またあとで」
ミナは荷物を片付け、道場を後にした。
――――――――――――――
その日の夜、ルークたちは宿屋の食堂に集まり、食事をとっていた。
酒を注文して、焼き鳥やナッツをつまみながらゆっくりと流れる時間を楽しんでいた。
訓練がひと段落ついたこともあり、ちょっとした打ち上げということで、サラも参加している。
「でね、くまさんが、ぬいぐるみがセンスあるって」
サラがお腹を押さえて震えながら「ユーゴさんね」と補足する。手の中のコップを空にすると、なんとか笑いを抑えようと、顔を手で覆って下を向いた。
酒が進むと、笑い上戸になるタイプのようだ。
ルークは空になったサラのグラスに酒を注いだ。
「ははは、おもしろそうな人だな。それにしてもいい依頼があったな。経験を積めそうだし、高ランクパーティの戦いも見たい」
「そのくまさんたちは黒曜石パーティなんでしょ? 楽しみだな」
ソルがにっこりと笑う。
「ソルくんまでくまさんって……あー明日が楽しみね」
サラがたまらず笑い声を上げた。
「ふたりとも、くまさんって呼んで大丈夫かな。大先輩だぞ」
「いや、大丈夫だと思う。パーティ名も『熊の森』だし、何よりメンバーの人たちが喜びそう」
「ほんとかよ」
ルークはサラの言葉に苦笑する。
「明日は荷物はとくに要らないのかな?」
ミナが首をかしげる。
「合同依頼の会議ってどんなのなんだろ」ソルが目線を上にあげながら言った。
「要らないと思うぞ。資料をもらって手続きするくらいで……ライセンスカードだけ持っていったら大丈夫じゃないか?」
「じゃあさ、ふたりとも、ちゃんとカバンを持っていこうね。きっとくまさん喜んでくれるよ」
「うーん、やっぱり熊のぬいぐるみは付けていかないとダメ?」
ソルがミナの顔をうかがう。
「え、ソル。当たり前のことを聞かないで」
「あんたたち、みんな熊を付けてるの? ふふっ……あーダメ。絶対持ってきてね」
「うん、ふたりにも絶対に持ってきてもらうから、任せておいて」
サラは笑顔のミナに手を伸ばし、頭をなでる。
「うんうん、お願いね。あーミナちゃんかわいいなあ」
「えへへ」
「それにしても、サラさんも臨時で同行してくれるのは心強いな」
「ルークくんとソルくんも、何件か依頼をこなして、いろいろ試してたんでしょ? わたしも同行するのを楽しみにしてるからね」
サラは3人の顔を見て、笑顔で頷いた。




