4-2.ランゼルク槍術道場
4-2.ランゼルク槍術道場
翌朝、ルークは目を覚ましてからも、しばらくベッドで横になっていた。
ベッドの柔らかさに包まれ、うとうととまどろむ。
ぼうっとしていると、窓の外から鐘の音が聞こえた。
「朝飯の時間だ」
小さくつぶやくと、身体を起こす。
ふと机の上を見ると、灰色の熊と目が合う。カバンの横にくくりつけられた熊のぬいぐるみが、ルークのほうを向いている。
その横には、グローブが置いてある。
ルークは思わず、顎を上げて鼻から息を吸い込んだ。
ミナとソルの顔を思い浮かべて、自然に表情が笑顔になっていくのがわかった。
「今度バザーに行って、俺もお揃いの小物を探そうかな」そう呟いて、頬をかいた。
ルークは立ち上がって着替えると、宿屋の食堂に向かった。
――――――――――――――
「今日から、ミナはサラさんのところだな」
「そうだよ、しっかり肉体強化魔法を勉強してくるから、期待しててね」
「サラさん、ミナのことをすっかり気に入ったみたいだね」
「うーん、そうだと嬉しいな」
「ルーク、俺たちは依頼だね」
「ああ、お金も必要だし、グラントの周りの地形を見ておきたい」
3人は食事を済ませると、それぞれ部屋で荷物を整えて、宿を出た。
――――――――――――――
ミナはきょろきょろと街の様子を眺めながら、ランゼルク槍術道場に向かって歩いていた。
カバンに括り付けたクロクマが、ミナの動きに合わせて右に左に揺れる。
道場の建物は大きく、遠くからでも壁や屋根が見えた。
敷地は白塗りの塀で覆われており、塀の向こうからは威勢のよい掛け声が聞こえた。
朝早くから多くの門下生が道場に来ているのだろうか。
角を曲がると、立派な門の前でサラが立っているのが見えた。
サラは、ミナに気づくと手を上げた。
「ミナちゃん! おはよう!」
ミナは小走りでサラのもとに駆け寄り、頭を下げる。
「おはよう! 今日はよろしくお願いします」
「いえいえ、それじゃあこっちだよ」
門をくぐると、広い庭を通って道場に向かった。
庭にはベンチやテーブルが備え付けられており、門下生が座って水を飲んでいた。
塀沿いには、整えられた木々や、大きな岩も設置されている。
奥のほうには、池もあるようだ。
「お庭も広いんだね」
「外でも訓練をしたり、試合をすることもあるからね」
ふたりは玄関で靴を脱ぐと、はだしで廊下を進んだ。
玄関横の扉から、外に面した廊下に出る。
道場の壁に沿って、木造りの廊下が伸びており、立派な庭を眺めながら歩くことができた。
「なんだか不思議。廊下に壁がないんだね」
「いいでしょ? 座って日向ぼっこしたり、庭を見ながらお茶を飲んだりできるよ」
「素敵だね。ルークとソルも連れてきたいな」
「ぜひぜひ。そういえばルークくん、顔を出すって約束なのに、まだ来てくれてないな」
サラは唇を尖らせた。
そんなサラの様子に、ミナは笑顔をこぼす。
「ふふ、この前の研究所で、サラさんに会えてうれしかったって言ってたよ」
ミナの言葉に、サラも笑顔を返した。
外に面した廊下には、等間隔で木の引き戸が備えられている。
サラは扉を開いて、中に向かって一礼すると、道場に足を踏み入れた。
ミナもサラの真似をして、頭を下げてから中に入った。
「朝なのに、道場の人がいっぱい来てるんだね」
「うん、大会が近いから、みんな頑張ってるみたいだね。わたしの家族も、教官として総動員だ」
「そうなんだ! サラさんはわたしの相手をしてて大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫! わたしは傭兵したり好きなことを自由にしてろって言われてる。末娘だから道場のことは気にするなって」
サラはにっこりと笑った。
「よし、とりあえず場所を確保しよう。ちょっと待ってて」
そう言うと、サラは倉庫のような小部屋に入っていく。
少し待つと、人型サイズの木の人形を抱えて出てくる。頭と胴体だけが形作られたシンプルなもので、重くて頑丈そうに見えた。
ミナは駆け寄って、運ぶのを手伝った。
サラは、巨大な道場の一角に木の人形を並べていく。
ロープの束を手に取り、人形同士を繋ぐように引っ掛けた。
ぴんと張られたロープに『サラのコーナー』と記載された木の板を引っ掛けて、満足げに頷いた。
ミナは看板を覗き込んで「サラのコーナー」と口に出した。
「みんな、こんなふうに場所を取るの? 他の人はやっていないようだけど」
ミナは心配そうに周りを見渡した。
「ううん、わたしだけ」サラは小さく舌を出して、ウィンクする。
「え、大丈夫なの?」
「いいよ、わたしんちだもん。ウチの道場は広さだけならグラントいちだし」
「実力もな!」近くを通りかかった大柄な門下生の男が、笑いながら言う。
サラは男の背中を強く叩くと、威勢よく言葉を返した。
「あはは、大会期待してるよ!」
その後ろを歩いていた細身の男は、愉快げな表情で看板を指でつついた。
「相変わらずアホみたいな看板だな」
細身の男の言葉を聞いて、大柄な男も看板に目をやった。
「いや、アホそのものだろ」
「うるさいなあ、稽古戻んなさい!」サラは笑顔で言葉を返した。
門下生の男たちは豪快に笑うと、首にかけた布で汗を拭きながら、庭につながる扉をくぐっていった。
ミナは男を目で追っていたが、横から声が聞こえて振り向いた。
「サラ、コーナーを作るときは先に言いなさい。いくら広くても、門下生も多いんだから」
気づけば、木の人形の隣に、長髪の男が立っている。
サラと同じ赤茶色の髪を、頭の後ろで結んでいる。
呆れ顔で、木の人形の頭に手を置いた。
「兄さん! こちら、私のともだちのミナちゃん」
「ミナです。よろしくお願いします」ミナは深々とお辞儀する。「今回は道場をお借りさせていただきありがとうございます」
「おお、シオンです。よろしく。サラの友達とは思えないくらい礼儀正しいね。どうせ無理に引っ張ってこられたんだろ?」
「お兄様? 早く私のコーナーから出て行ってくださいます?」
サラは手の甲を上にして、しっしっと手を振った。
「この子はまったく……」
シオンは小さく息を吐くと、ミナに向けて笑顔を見せた。
「ミナさん、あまり無理しないように。どこか痛んだら、遠慮なく言ってね」
「はい、ありがとうございます」
ミナはシオンに微笑みを返した。
シオンは頷くと、訓練をする門下生たちのもとに歩いていく。
「よし、それじゃあ邪魔者も消えたし、さっそく修行を始めよう!」
「よろしくお願いします、先生。さっそく、肉体強化魔法を使って動いてみる?」
「それなんだけど、まずは身体の動かし方から始めようと思って。ミナちゃんは今までどんな訓練をしてきたの?」
ミナは視線を上に向ける。
「うーん、弓は村でいっぱい練習したよ。体力づくりも村の大人に教わって、それなりにやってきたと思うけど……肉体強化魔法のことは知らなかったけど、ルークとソルが言うには、なんとなく使ってるみたい」
サラはうんうんと頷いた。
「弓を使うんだよね。近接の武器を使うよりも、位置取りが重要だと思う。それに、動いては弓を打って、打ってはまた動き回らないといけないからね。きっと槍の足さばきや体幹の鍛錬が役に立つよ」
「なるほど、たしかに大事そうだね」
「うんうん! あとは相手を観察すること。目線、力の入り方、肩の開きなんかだね。動きを知るために、ミナちゃんにも槍を持ってみてもらったり、いろいろ試してみようと思ってる」
ミナは感心したように頷いた。
「基礎からってことだね! いろいろと考えてくれてありがとう」
サラは笑って頷き返すと、ぱんっと手を叩いた。
「よし、じゃあまずは前後左右の動きと、重心移動からやってみよう」




