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まぐれと呼ばれた傭兵は、新天地で仲間と歩き出す〜はいいろの精霊憑き〜  作者: 果物のぐみぐみ
第3章 兆し

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3-4.示された道

3-4.示された道


「ルークさん、大学での研究職について興味はありませんか?」


 ルークはぽかんと口をあけて、エルシオンの顔を見た。

「なに? 大学?」

「そうそう。僕の研究室に所属して、研究に付き合ってほしいんだけど」

 思いもよらない言葉に動揺するが、ルークは必死に言葉を絞り出す。

「……おまえ、やっぱり騎士団じゃないのか?」

「うーん、一応騎士団の研究所にも籍はあるけど」

 エルシオンが微笑む。

「ちょっと身分を偽ってるから、ほんとの僕は騎士団じゃないといえるかもしれない」

「わからない」

「何が?」

「全部だ。言ってることも、おまえが何を考えているのかも、よくわからない」


 その時、部屋の扉が開かれた。

 部屋に入ったミレーネは、ふたりの様子を見て「ああ」と口を開いた。

 エルシオンはミレーネを見ながら、口を斜めにして首を動かした。

「もう隠さないでいいってことね?」

 エルシオンは頷く。

「ルークさん、ちょっとごめん。どうしたの? ミレーネ」

 エルシオンはルークに体を向けたまま、顔だけミレーネのほうに向けた。

「騎士団が向かってきているみたいよ」

「へえ、思ったより……いや、あまりにも早すぎるな」

「フェリクスが言うには、どうやら盗賊が捕まっちゃったみたいよ」

「え? この周りを固めてるやつらじゃないよね? ルークさんを連れてきてくれた盗賊? ちゃんと報酬は渡したはずだけど」

 エルシオンが首をかしげる。

 ルークは「盗賊?」とつぶやくが、ふたりはルークを無視して会話を続ける。

「全部使って、新しい仕事がないか、研究所に探りに行ったみたい」

「昨日の今日で?」

 エルシオンが目を丸くする。

 飄々とした態度を崩し、ミレーネのほうに体を向けた。

「そんなこともあるのか。次は工夫しよう。念のためフェリクスにも言っておいて、騎士も盗賊も、無駄に傷つけちゃダメだってね」

「了解。騎士団と盗賊がぶつかるのは、ほっといていいのね?」

「それが騎士の仕事だからね。盗賊たちももともと犯罪者だし。グラントの治安を考えると、ちょうど一網打尽にできていい機会なんじゃない。善意の市民としてできる協力はここまでだね」

 手を広げて笑うエルシオン。

「善意の市民ねえ……じゃあ私も行ってくる」

 ミレーネはあきれた表情をすると、踵を返して部屋から出ていく。


「グラントにあの金額を一晩で使いきれる施設があるってこと?」

 ルークを見ながら、エルシオンは手を顎に当てる。

「賭博場でもあるのかな? 僕は専門じゃないけど賭博って」

「保護命令ってのは」と、ルークは鋭い声でエルシオンの言葉を遮る。

「ああ、あれは僕の勘違いみたい。アルドヴェイン支部長に、問題はない」

 エルシオンは悪びれる様子もなく言い放つと、口をぱくぱくするルークと向かい合うように椅子に座った。

「話を戻すよ」

「話す気にならない」

「君の仲間にも手を出さないのを約束するし、話だけでも聞いてよ」

「断る」

「力について」

 ルークははっと息を呑む。

「知りたいでしょ?」

 エルシオンはにっこりと笑った。


「まず、ルークさん、いや、もう秘密を共有して距離も縮まったし、ルークくんでいいよね。ルークくんは、白穴って知ってる?」

「知ってる」ルークはため息交じりに答えた。

「詳細は省くけど、あれはちょっと良くなくてね。放っておくと、ちょっとまずい状態なんだ」

 エルシオンは、テーブルの虹色の魔石を指ではじいた。

 ルークは無意識に魔石の動きを目で追う。

「そこで、君の力が鍵になると僕は考えてるんだ」

「俺の力?」

「灰色の精霊。君の精霊の力が必要なんだ」

「精霊だって?」

 ルークはのけぞる。

「い、いや、前に教会で簡易検査をしたけど、精霊憑きではないって」

「うーん、君の精霊は眠ってるみたいだから。声聞いたことないんだよね? 簡易検査では見つけられないと思うよ」

「それで」

 ルークは言葉を切って、唾を飲み込んだ。

 顔を少しだけ青くする。

「その話が本当だとして……俺を研究の実験に使うってことか」

「え」

 エルシオンは心底驚く顔をする。

 しばらく固まったあと、顔の前で手を振った。

「いや、信じられないと思うけど、本当に一緒に研究したいだけなんだけど」

「……本気で言ってるのか?」

「もちろん。監禁もしないし、大学の研究職員として、いっしょに頑張ってもらう。自由もあるしプライベートもある。今なら、断腸の思いで学食の無料券も譲るよ。ただ」

 エルシオンは早口で言うが、言葉を切ると、申し訳なさそうな顔をする。

「傭兵の夢はあきらめてもらうことになる」

「断る」

「どうしてもだめ?」

「世界がどうとか言われても、信じられない」

「じゃあ、僕のことは信じなくてもいいよ。でも僕が検査して言い当てた、灰色のモヤのこと」

 エルシオンは立ち上がる。

「それに、戦いのときに、周りが遅くなったように感じることがあること」

「それは」

「ギルドは、傭兵の実績だけじゃなくて、依頼難易度のコントロールのために、いろいろな情報を管理してる」

 急な話題の転換に、ルークは首をかしげる。


「まぐれのルーク」


 ルークはひゅっと口から空気の音を漏らした。

 身体がこわばり、震えるのがわかった。

 ガイアやエイルと解散してから、聞き流すことが難しくなってしまった、悪いあだ名。

 無意識に両腕で身体を抱き、目をぎゅっとつぶった。


「そう呼ばれてたんでしょ? 僕と来たら、力のことがきっとわかる」


 耳を塞ごうとする腕を手でつかみ、必死に動きを止める。

 ミナとソル、そしてガイアとエイル。

 自分に期待をしてくれている人たちの顔が頭に浮かんだ。

 不思議と、少しだけ身体から力が抜けた。


 部屋の中を沈黙が包む。

 エルシオンは、両手をテーブルについて、じっとルークを見つめている。

 やがて、ルークは立ち上がると、剣を抜いた。


 表情を変えずに少しだけ顎を上げたエルシオンを見据える。

「悪いが、おまえとは仲間にはなれない。帰らせてもらう」

 エルシオンは、困ったように微笑んだ。

「やめようよ。もう少し話をしよう」

「おまえの研究が本当かどうか、関係ない。おまえみたいなやり方をするやつと、仲間になる気は、ない!」

 ルークは剣をエルシオンに向ける。

「しかたないな、ルークくんがその気なら、ちょっと付き合ってあげるよ」


 エルシオンは地面を蹴ると、後ろに跳ねるように移動してルークと距離を取った。

 ルークはテーブルの上の虹色の魔石を掴む。

 先ほど、白の魔石でないにもかかわらず、明かりの魔法が使えたことを思い出す。

 試しに、左手を突き出して炎の魔法を念じてみる。すると、ルークの左手の甲が赤く輝いた。

 手の先に炎の球が現れ、エルシオンに向かって飛び出す。

「おお! さすが現役傭兵だね! 虹魔石は見たこともないって反応だったのに、機転が利くね。あんなあだ名をつける傭兵たちは見る目がないんじゃない?」

「うるさい!」

 ルークは叫びながら、エルシオンに向かって駆け出す。

 ちらりと左手を見ると、魔石は変わらず虹色の光を放っている。

 エルシオンに目を向けると、何かをつぶやいている。エルシオンの左手が緑色に輝いた。

 直後、右から凄まじい圧力を感じ、身体が浮き上がり、壁にたたきつけられる。

 とっさに頭を腕で守るが、背中から叩きつけられ、息が詰まった。

 身体に力が入らず、床に倒れる。

 うめき声が口から漏れた。

 虹魔石が手から離れ、カラカラと床を跳ねて滑っていく。

「えらいね、剣はしっかり握ってる」

 ルークは顔を上げてエルシオンを睨むと、すぐさま立ち上がりエルシオンに向かって足を踏み出すが、今度は正面から、肩、次いで腰に衝撃が走り、尻もちをついた。

 氷の塊が床に落ちる。

「なかなか発動しないなあ」

 エルシオンがぼやくように言う。

「あれ? ルークくん、ほら、戦闘中だよ。早く立たないと」

 エルシオンは魔石を握っていない。魔法職の者は、訓練により魔石を使わずに周囲の魔素を利用して魔法を放つことができる。エルシオンのそれは、ルークの知る誰よりも発動が早かった。


 ルークは折れそうになる心を必死で奮い立てる。

 手で体を支えて膝をつき、立ち上がって身体を前に倒した瞬間、ルークの左手が灰色に輝いた。


 漁村のときのように、周囲の色が薄れていく感覚を覚える。

 もともと壁や床は白かったが、わずかに灰色に陰っていくように感じた。

 その中で、エルシオンの輪郭だけが、やけにはっきりと見える。

 興奮して顔を歓喜の表情に歪め、口を大きく動かして何かを喚いているエルシオンが見えるが、ルークには声は聞こえなかった。

 ゆっくりになった世界で、ルークは走りだす。

 正面から飛んでくる氷の塊が、今度は目でとらえることができた。

 左足を右側に踏み出して、左肩を前に出して体の角度を調整する。

 頭の横を通る氷の塊が見えた。

 そのままくるりと体を回し、勢いを利用して後続の氷の塊を剣で叩いて角度を変える。

 エルシオンが腕を動かすと、ルークの視界の端が緑色に揺らぐ。

 先ほど壁に叩きつけられた痛みが思い起こされると同時に、とっさに体を前に倒し、前転する。

 回転のさなか、上を通り抜ける緑色の光が見えた。

 足を地面につくと、そのまま倒れこむようにして前に出る。

 剣を腰の位置で構えた。

 エルシオンは両手を広げ、手のひらを天井に向けて、上を向いて何かを叫んでいる。

 ルークは無防備なエルシオンに向かって、剣を振り抜こうとする。

 剣がエルシオンの身体の直前で止まる。

 水色の火花のようなものが、剣先で瞬いた。次いで、一瞬だけエルシオンの周囲を、泡のような膜が瞬く。

 次の瞬間、ルークは見えない壁にぶつかったような感覚を覚えた。

 身体が持ち上げられ、みるみるエルシオンとの距離が開いていく。

 痛みはないが、ゆっくりと後ろに跳ね飛ばされていることはわかった。

 緩やかに回転しながら視線をエルシオンに向けると、にっこりとウインクしながら、右手を突き出し親指を上にあげるエルシオンが見えた。


 背中に衝撃を感じ、息を吐きだした。

 瞬間、周囲の壁や床の白色が鮮明に見えた。

「すごい! ルークくん! 最高だよ! 第3層をちゃんと感じたかい!?」

 エルシオンを見ると、両手を上に突き出して飛び跳ねて喜んでいる。


 ルークは立ち上がろうとしたが、身体がうまく動かない。

 眩暈を感じ、起こそうとした身体を床に預ける。

 口からよだれが垂れるのがわかるが、それを拭くことすらできない。


 視界に影を感じて視線を上げると、エルシオンが覗き込んでくるのが見えた。


「殺さないのか?」

 ルークが声を絞り出す。

「言っとくけど、僕らは誰も殺したくないよ。君たちも騎士も盗賊も、他の人たちも。愛する人類を殺すわけなくない?」

 エルシオンが口を尖らす。

 ルークが荒い息を繰り返す音が部屋に響く。


 しばらくの沈黙ののち、エルシオンが口を開いた。

「ルークくん、どうしてもダメ?」

 すがるようなエルシオンの声に、ルークはため息を吐く。

「俺は傭兵だ」

「そこをなんとか」

「依頼しろよ」

「え?」

「本当に世界のための活動なら、傭兵としてできる範囲で手伝ってやるよ」

「おお……そうきたか」

 しゃがんでいたエルシオンが、後ろ側に尻もちをつく。手を後ろにつき、両足を前に投げ出した。

「ルークくん、君は能力だけじゃなくて、君自身がほんとにおもしろい」

「それに、傭兵は俺よりすごい人ばかりだ。世界を救いたいならそっちに話を持ってけよ。というか、おまえが傭兵になって、そのへん自分の目でたしかめろ」

 エルシオンはきょとんとした顔で、ルークを見つめる。

「あのさ、言いにくいんだけど」

 ルークは視線だけで続きを促す。

「ルークくん、変わってるって言われない?」

 ルークは再戦を決意して身体に力を込めるが、腕を持ち上げることすらできず、静かに断念した。

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