3-1.命令書
3-1.命令書
グラントに到着すると、街の入り口では行列ができていた。
馬車はその行列には加わらず、少し街を迂回する形で、小ぶりの門から中に入る。
あたりをきょろきょろと見回す3人に、若い騎士が微笑む。
「ここは騎士団や兵士専用の入り口だ。このまま騎士団支部に向かうがよろしいか?」
頷くルークたち。
馬車から降りて、騎士に先導されながら街を歩く。
中央広場にさしかかると、バザーの活気が3人を包んだ。
色鮮やかな屋根が広場いっぱいに広がり、その下では湯気が立ちのぼり、人々の笑い声があふれている。
ルークは思わず足を止めそうになった。
「本で読んだが、グラントも大きい街だな」
その声に笑うミナ。
「うん、わたしも久しぶりにきたけど、やっぱりここは活気がすごいね」
ソルも興味深そうだ。
「俺は小さいときにじーちゃんと来たけど、あまり覚えてなくて。明日でいいからさ、みんなで店を見て回ろうよ」
ルークとミナは頷く。
「いいね、楽しみだな」
「どんな店があるかな、グローブ屋さんはあるかな?」
ルークたちは、口々に回りたいお店を挙げていく。
壮年の騎士が笑う。
「少なくて申し訳ないが、報奨金も出るはずだ。グラントをぜひ、楽しんでくれよ」
歓声を上げる3人。
ルークがバザーに視線を戻すと、同年代の青年たちが、串焼きを頬張りながら笑顔で歩いているのが見えた。
ルークは、3人で店を回る光景を思い浮かべ、微笑んだ。
若い騎士が言う。
「見えてきた。あそこがウチの支部だ」
入り口横の衛兵に手を上げて横を通り抜ける。
ルークも会釈をして、後に続いた。
衛兵が敬礼する。
「こんにちは」ソルは立ち止まり、敬礼を返す。
その背中をミナが両手で押した。
「ちょっとソル。騎士さんすみません」
ふたりを見て、衛兵が笑い声をあげた。
「こんにちは、グラント騎士団の南部支部にようこそ」
騎士団支部に入ると、ルークたちは壁際に寄って、物珍しそうに周りを見渡した。
受付前は広々としており、壁にはいくつもの扉が見えた。
軽鎧に身を包んだ騎士たちだけでなく、様々な服装の人たちが、せわしなく出入りしている。
傭兵ギルドの雑多な雰囲気とはまるで違う。
誰もが規律に従い行動しているような印象を受け、ルークは見慣れない光景に静かな迫力を感じた。
この人たちが街を守っているのだと思うと、その迫力は圧迫感ではなく、不思議と安心感に変わった。
壮年の騎士が受付に近づき、何やら説明をしている。
話し終わると、奥の部屋に通された。
部屋に入ると、大柄な騎士が立ち上がった。
顔に刻まれた皺、白い髪、ひげは年齢を感じさせる。
しかし、大きな体を機敏に動かし、背筋がぴんと伸びた姿からは、たしかな威厳が感じられた。
「やあ、君たちが漁村を救った若い英雄だね」
腹に響く大きな声に驚くが、しかし威圧感はない。
ルークたちは口々に挨拶して、示された椅子に座る。
「私は支部長のアルドヴェインだ。今回は本当に助かったよ、ありがとう」
アルドヴェインのまっすぐな感謝の言葉に、照れながらルークが答える。
「いえ、こちらこそ、馬車に乗せていただき、助かりました」
「騎士団の人が護衛についてきてくれて、すごく勉強になったよ」
ソルはにこにこ笑いながら自然体で話す。
ルークはアルドヴェインのほうを見ながら、心の中で、子どもなんですみませんと軽く謝った。
「ははは、馬車のことは気にしないでくれ。一次報告に騎士を戻す必要もあったからな」
アルドヴェインは言葉を切ると、キラキラとした瞳で3人を見て、身を乗り出した。
「ところで、君たちは傭兵になるんだよな? 騎士にならないか? 今ならサービスで食堂の無料券を30日分付けるぞ」
にやりと笑うアルドヴェイン。
ルークが「え」と驚いていると、ミナが微笑みながら答える。
「支部長さん、わたしたちは3人で傭兵として頑張るので、騎士団には入れません」
口を押さえながらルークをちらっと見る。
「からかわれてるんだよ」
「ああ、そういうことか」
「半分本気だけどな。残念だ」
「支部長、お時間です」懐中時計をちらりと見て、傍らに立っていた男が言う。
「そうか、すまないな、スケジュールが詰まっていて」
アルドヴェインはため息をつきながら立ち上がる。
「隣の部屋で、報奨金の準備はできているはずだ。今後もグラントを頼むぞ」
ルークたちも立ち上がり、アルドヴェインと握手をする。
「報奨金をいただき、ありがとうございます」
アルドヴェインとともに、部屋を出て受付前に移動する。
「こちらです」
別の騎士が案内してくれるようだ。
ルークたちはアルドヴェインにお辞儀をすると、騎士の後ろについて歩き出す。
「ん? ちょっと待ってくれ、ソルくん、君のその剣は」
振り返るソルに、近づくアルドヴェイン。
「似ているが……ぶしつけですまないが、ソルくんは、レイヴァンという名前に心当たりはないか?」
「レイヴァン?」
ルークは声を上げる。
「ルーク、知っている人なの?」
ミナの声にルークは答える。
「あ、ああ、剣聖と呼ばれている人で、子どものころ、村で見たことがあるんだ。俺が傭兵を目指すきっかけになった憧れの人だ」
ルークの反応に、ソルは一瞬驚き、嬉しそうにはにかんだ。
「血はつながってないけど、俺を拾って育ててくれた人」
「え?」
「レイヴァンは、俺のじーちゃんだよ」
「なんだって」
ルークは驚き、のけぞった。「ほんとうか」と声を漏らしながら、後頭部をがりがりとかいた。あまりの驚きに感情が高ぶったのか、左手の甲がわずかに灰色に揺らぐ。
「そうなんだ、ルークの憧れなんだ。なんかうれしいな」
ソルは頭に手をやり、うれしそうにくるりと回った。
「その剣は、レイヴァン様から譲り受けたのかい」
「うん。物置にあったうちの一本なんだけど、子どものころから振り回してたら、俺のにしていいって」
「そうなのか、レイヴァン様の養子か……今日は時間がないが、明日食事でもどうだい? レイヴァン様の話が聞きたくて」
「いいよ、ルークとミナも一緒でいいんだよね?」
「もちろんだ、明日は朝からこの支部に出勤するから、もしよければ顔を出してくれ。おっとすまないが、私はこれで失礼する」
部下にせかされ、名残惜しそうに手を振りながら、慌てて出ていくアルドヴェイン。
ルークは、いまだに興奮冷めやらぬといった様子で、「すごいすごい」と口をパクパクさせている。
そんなルークに、ミナは微笑む。
「ルーク、夜ご飯のとき、いっぱい話を聞かないとね」
ソルもうなずいた。
「そうだね、ルーク、なんでも聞いてね」
先ほどと同様に、受付前の広間には、様々な服装の人たちが、せわしなく出入りしている。
その中のひとりが立ち止まり、ルークのほうをじっと見ている。
「見つけたかも」
小さくつぶやいて微笑んだ。
その後、報奨金を受け取り、ルークたちはギルドに向かった。
ソルは過去に傭兵登録済みだったため、ミナが新規登録を行う。
また、3人でパーティを組み、グラントで活動するとの届け出を受付に提出した。
ギルドを出たころには、すでにあたりは暗くなっていた。
騎士団から紹介された宿屋に向かう3人。
「それにしても、ソルが剣聖様と暮らしてたなんて」
「剣聖は昔の話って言ってたけどね。秘境に隠居してるただのジジイって言ってたよ。まあ秘境を選んだのは、俺のためだったんだけど」
「秘境で暮らしてたって言ってたね」
「ちょっと俺の体質の問題でさ。まあ2人にはまた話すよ」
「そこで剣の修行を受けてたんだな」
「いや、剣のほうは最低限、身を守れる程度でいいって、じーちゃんが言ってたんだ。もう年だったし、考え方とかを教わるほうが多かったかも」
宿屋に入り、夕食の時間の約束をして、それぞれ個室に分かれた。
今日は報奨金も入ったため、奮発して個室を取っている。
今朝は寄り合い所に雑魚寝したため、部屋に入って荷物を置くと、今まで意識していなかった全身の疲れが表に出てきた。
やわらかで清潔なベッドを軽く触る。
「ベッドで寝るのが楽しみだ」と、ルークはつぶやいた。
剣を外そうと腰のベルトに手を伸ばしかけるが、ノックの音で動きを止めた。
ソルかミナだろうか?
ルークは扉を開ける。
瞬間、視界がふさがれる。
もう一枚扉が?と錯覚するが、大柄な男の体だと気付く。
驚き、視線を上げると、顔に傷がある男と目が合った。
たまらず後ずさる。
複数の男が扉の前をふさいでいる。
ルークは警戒するが、男たちが昼に見た騎士服を着ていることに気付いて、少しほっとした。
「ルークさんで間違いないでしょうか」
顔に似合わぬ丁寧な物言いに、ルークはためらいながらも答えた。
「そうですが」自分の声が緊張でこわばっていることに気づき、一度言葉を切る。「なんの用でしょうか」
そのとき、廊下から扉の音が聞こえる。
それぞれの部屋から、ソルとミナが顔を出しているようだ。
「どうしたの? 騎士さんたち、なに?」
「ルークにご用でしょうか?」
男たちは2人のほうに顔を向けるが、ソルとミナの問いかけは無視して、一斉にルークのほうに向き直る。
ルークはその光景に不気味さを感じ、体を固くする。
「ルークさん、騎士団に、あなたの保護命令が出ています」
「保護命令? いったい何からの?」
「我々には詳しい情報は与えられていません。これが命令書です」
ルークに用紙が差し出される。
内容を読むと、確かにその旨が記載されている。
「ちょっと確認させてください」
視線だけを男に向けると、男は頷いて手のひらを上に向けた。
昼にもらった報奨金の用紙を、部屋の魔石灯にかざす。
騎士団が使う用紙には特殊な加工があり、光にかざすと模様が浮き出ると聞いたことがあった。
次いで、保護命令の命令書を同じようにかざす。
まったく同じ場所に、同じ形の模様が見える。
騎士団の印章も比較するが、差異は見られない。
ちらりと男たちを見ると、焦った様子もなく、無言で微動だにせず、部屋の前に立っている。
ソルが「ちょっと」と声を上げるが、ルークは慌てて止めた。
「ソル、命令書を見る限り、たぶん本物だ、逆らうべきじゃないと思う」
「ほんと? ちょっと見せてよ」
男の間から腕を伸ばし、ソルに用紙を渡す。
ソルとミナは2人で用紙を見比べ、ルークと同じようにううんと唸った。
男たちは口を閉じ、一様に無表情でルークを見下ろしている。
「そろそろよろしいでしょうか。ソルさんとミナさんにも場所はお伝えできませんが、書類には数日と記載されています。ご同行願います」
男の声は淡々としており、一定の音量、速度でよどみなく言葉を紡ぐ。
まるで、微動だにしない岩に囲まれたような閉塞感が、じわりと押し寄せてくる。
昼間に騎士団支部で感じた迫力に似ていた。しかし、昼とは異なり、安心感はない。




