2-4.片鱗
2-4.片鱗
早朝、平和な漁村に悲鳴が響く。
剣がぶつかる音、怒声、家が燃える音、子どもの泣き声。
ミナは目を覚ますと、慌てて立ち上がり窓から外を見た。
盗賊と戦う、村の男が目に入ってくる。
ひゅっと短く空気を吸い込んだ。
燃えた家から、子どもが外に走りだすのが見えた。
他の家に避難するつもりだろうか、その後ろに盗賊が迫る。
ミナは弓を掴むと、家を飛び出した。
逃げる子どもを追いかける盗賊。
ミナはなんとか追いつこうと、その後ろを駆けた。
子どもが走る方向に、扉を開けて手招きする女性が見えた。
なんとか逃げ切ることができそうだ、と思ったのも束の間、前を走る子どもが転んでしまう。
盗賊が下卑た笑い声を上げながら、尻餅をついた子どもに手を伸ばす。
その瞬間、盗賊の腕に矢が突き刺さる。
盗賊の悲鳴が響く。
「家に入って鍵を閉めなさい!」ミナは悲鳴のような声を上げた。
子どもは家に走り込み、扉を閉める。
「この野郎、邪魔しやがって」
振り向いた盗賊がミナを睨みつける。
ミナは身がすくむが、短く息を吐くと、盗賊に背を向けて走り出す。
子どもが逃げ込んだ家から、盗賊を引き離さなければ。弓矢で自分のことを傷つけた若い女なら、囮には十分だろう。
気を抜くと、心が恐怖に押しつぶされそうになる。
心の中で「冷静になれ、考えろ」と唱えることで、なんとか恐怖を追い出した。
「待ちやがれ!」
狙い通り、盗賊がこちらに向かって走り出す。
ミナは息を整える。
吸い込む空気が、体の奥まで満ちていく。
村の大人たちに教わった通り、呼吸に合わせて脚へ意識を向けた。
脚がわずかに軽くなる。
弓を持ったままでは簡単に追いつかれてしまいそうだ。
ミナは弓を捨てるべきか逡巡するが、先ほどこの弓が村の子どもを救ったことを思い出す。
誰かを助けることができる手段を、簡単に捨てるわけにはいかない。
必死に走るが、盗賊の足は速く、少しずつ距離が縮まってくる。
ミナは心の中で、誰か助けてと叫んだ。
しかし口には出さず、歯を食いしばって懸命に足を動かした。
できることを、やらなければ。そう自分に言い聞かせ、くじけそうな心を奮い立たせた。
――――――――――――――
ルークは村外れの宿屋でまどろんでいた。
うっすら聞こえた悲鳴に、体を跳ね起こす。
「気のせいか」そう呟くと、ベッドから降りて窓を開ける。
耳を澄ますと、戦いの音が聞こえた。
ルークは魔石が入ったポーチを手早く装着し、剣を掴むと宿屋の窓から飛び出した。
着地し、音のする方に向かって走り出す。
しばらく走ると、武装した盗賊が見えた。
思わず息をのみ、足を止める。
唾を飲み込み、喉が音を立てた。
「盗賊か」
掠れた声で小さく呟く。
模擬戦の経験はあるが、人に真剣を向けたことも、ましてや殺したこともない。
しかし、迷ったのは一瞬だけだった。
無意識に左手首の腕飾りを触ると、不思議とこわばった体の力が抜けた。
一瞬、手の甲の魔法陣が灰色に揺らぐ。
ルークは再び駆け出した。
広場に出ると、村の男たちが盗賊と戦っている。
同数での戦いで、均衡しているようだ。
ルークが加勢しようとすると、村の男が叫ぶ。
「ミナを助けてくれ、あっちだ!」
男が顔を向けた方向を見ると、走るミナと盗賊が見えた。
ルークは身を翻し、走り出した。
――――――――――――――
ミナは家や柵、木を利用して、なんとか盗賊との距離を引き離そうとする。
気づけば盗賊はふたりに増えており、状況は悪化している。
広場に向かって走り、村の男と合流すべきだっただろうか、そんな意味のない考えばかりが浮かんでくる。
息がきれ、空気が擦れるような音を喉から漏らす。
緩やかな上り坂に差し掛かった時、脇の段差から飛び出す影が見えた。
――――――――――――――
ルークは、ミナが逃げる方に向かって走り出す。
速度と距離を大雑把にはかり、なんとか先回りできるようにルートを選ぶ。
ミナが上り坂を走るのが見える。
ちょうど横の段差にたどり着いたルークは、ミナの後ろに迫る盗賊に向かって、段差から飛び出す。
盗賊の上に飛び降りるかっこうだ。
ルークは息を止め、剣を逆手に持って盗賊に飛び掛かる。
驚いた盗賊が咄嗟にナイフをルークの方に向ける。
その瞬間、ルークの左手の甲が、灰色に強く輝いた。
手の甲の魔法陣から、灰色のもやのようなものが滲み出て、左手を包んだ。
ルークの視界が広がる。
周りの景色から色が消えていき、その分だけ、対峙した盗賊の姿が鮮明に見えた。
視界に映る自分の腕の動きや、盗賊の動きが、緩やかに速度を落としていく。
盗賊がルークに向けてナイフを突き出してくる。
ナイフを持つ腕の動きが、ゆっくりと見える。
ルークは飛び降りながら、必死で手を突き出し、相手の手首に自分の腕をぶつける。
上半身を捻り、腕に力を込めて、ナイフの切先を横にずらす。
手首の腕飾りが挟まれ、貝殻にひびが入る。
白い破片が宙を流れる。
ルークの視線はその破片を追い、その向こうに盗賊の驚いた顔が見えた。
視界の端にもうひとりの盗賊を薄く捉え、まだ何歩か距離が離れていることを確認する。
剣を持つ右手に力を込める。
飛び降りる勢いに任せて、盗賊を剣で切り裂く。
血飛沫があがる。
顔に血が飛んでくるが、首の角度を調整して避ける。
着地すると、体を動かしてもうひとりの盗賊に向き合う。
口を開き、何かを喚いている盗賊がナイフを抜く。
後ろから、自分の横を通っていく矢が見える。
盗賊の足元に矢が突き刺さる。
驚き足を止めた盗賊に向かって、距離を詰める。
盗賊がナイフを持つ腕を振り上げる。
必死の形相で腕を動かす盗賊の動きが、ルークの目にはゆっくりに見える。
ルークは、振り上げる腕の動きに合わせて懐に入り込み、剣を前に突き出しながら盗賊に体をぶつける。
目を見開いた盗賊は、腕を振り上げた勢いのまま後ろに倒れ込む。
ぷはっと息が漏れる。
ルークの視界が、色と速度を取り戻した。
ルークは剣を手から落とし、膝をついた。
何度も大きく深呼吸する。
肩で息をしていると、体がぶるっと震えた。
「うう」
口から声が漏れる。
右手に、剣で盗賊を引き裂いた感触が残っている。
ルークは、顔の前で両手をきゅっと握り、目元に当てた。
「ルーク」
目に涙を浮かべたミナが駆け寄ってくる。
ルークは言葉を返せず、手で口を押さえる。気を抜いたら嘔吐してしまいそうだ。
「あぁ」
耳元で、ミナの掠れた声が聞こえた。
顔を上げると、怒りに顔を歪めた数人の盗賊が見えた。
取り囲まれている。
何かを喚いた盗賊が、剣を振り上げて迫ってくる。
ルークはとっさに立ち上がると、隣に立っているミナを後ろに突き飛ばし、腕を顔の前に出して目をぎゅっとつぶった。
瞬間、風が前髪をなでる。
目を開けると、視界に金色の光が飛び込んできた。
声を出せずに後ずさりすると、長剣を水平に掲げて立つ、金髪の少年の後ろ姿が見えた。
長剣は、金色の光をまとっている。
身長よりも長い剣を軽々と持つ少年の姿は、ひどくアンバランスに見えた。
ルークはよろよろと下がると、後ろから小さい手で背中を支えられる。
顔を後ろに向けると、ミナと目が合った。
「間一髪だね、おにいさん」
尻もちをついた盗賊を見下ろしながら、少年が落ち着いた声を出す。
「なんだお前は」
横から、別の盗賊が少年に迫る。
「あぶない」
ルークは思わず声を上げるが、少年は一息早く動き出している。
少年は軽く息を吐くと、体を鋭く回転させる。
自身の身長ほどの長剣を、まるで短い木の枝でも振るうように、軽々と振りぬく。
盗賊の体を横なぎに両断すると、剣の重さを感じさせない動きで、ぴたりと剣を止めて構える。
盗賊たちは顔を驚きにゆがめるが、すぐに奇声を上げて少年にとびかかる。
「無駄に殺すなってじーちゃんに言われてるけど」
少年は、足を小刻みに動かし、素早く位置を変えながら、迫る盗賊を切り払っていく。
「さすがにおまえたちは許せないね」
少年は無傷のまま、すべての盗賊を倒してしまう。
ルークとミナは、一歩も動けず、その光景をただ見ていることしかできなかった。
振り返った少年がルークに話しかける。
「走りながら見てたよおにいさん。女の子を守ってヒーローだね」
少年が微笑む。
ルークが言葉を返せずに固まっていると、ミナが走り出す。
「まだ広場に」
ルークも「あ」と声を上げて、慌てて落とした剣に飛びつくと、ミナを追って走り出そうとする。
「大丈夫だよ」
少年の声。
「そっちは先に片付けてきたから」
ふたりは足を止めて、少年の顔を見た。
少年は広場のほうを指さす。
「ミナ」
遠くから声が聞こえる。
数人の村人が走ってくるのが見える。
ミナは駆け寄ると、その中の女性と抱き合った。
「よかった、無事で」
「みんなも無事でよかった」
ふたりは涙を流しながら、座り込んだ。
「傭兵さん、ほんとうにありがとう」
ルークのもとに、他の村人が駆け寄ってくる。
気づくと、少年も隣に立っていた。
「ほかの人は無事か?」
「けが人はいるが、誰も死んでない」
ルークは大きく息を吐くと、その場にへたりこんだ。
体から力が抜けて、立っていられなかった。
なんとか手をついて、倒れそうな体を支える。
「よかった」
横を見ると、しゃがんだ少年がルークの顔を覗き込んでいた。
「大丈夫? おにいさん。水飲む?」
「ああ、すまない」
村人たちは、念のため村の周りを見て回るようだ。
ルークはミナや少年とともに、同行を申し出た。




