番外編 ノクスと馬車の冒険(前編)
静かな王都の夜だった。
ノクスが馬車小屋で休んでいると、ふと、子どもが泣いている声が聞こえた気がした。
近くではっきり聞こえたわけではない。
けれど、その声は、自分を見つけてほしいと言っているようだった。
ノクスは馬車を引く馬だった。
主人はすでに帰宅している。今夜、もう外出することはないだろう。
つまり、ここにノクスがいなくても、困る者はいないはずだった。
ノクスはゆっくりと立ち上がった。
そして、馬車を引いて、静かに馬車小屋を出ていく。
御者なしに外へ出るなど、初めてのことだった。
けれど、どうしても行かなければならない気がした。
ノクスは声に導かれるように、王都の街を進んでいった。
ノクスの引く馬車は、探しものの馬車と呼ばれ、乗客の探しものを見つける、不思議な馬車だった。今は亡き、ヴェルナー侯爵夫人から授かった力だ。
だから、何かを見つけることは得意だった。
王都の大通りには、夜でもまだ開いている店があり、人通りもあった。
夜に馬車が走っていること自体は珍しくない。
だから多くの人は、特に気にも留めなかった。
けれど、ときおり御者がいないことに気づいた者が、驚いて指を差してきた。
それでもノクスは、普通の馬車と同じように、決まった道を進んでいるだけだ、という顔をして歩いていく。
やがてノクスは、通りの端でうずくまって泣いている小さな女の子を見つけた。
通りかかった大人が心配して声をかけていたが、女の子は泣くばかりで、何も答えられないようだった。
ノクスが近づくと、その大人は目を丸くして後ずさった。
女の子もノクスに気づいた。
すると、その子はぴたりと泣き止んだ。
そして、ノクスの首元にしがみついてきた。
それは、ノクスもよく知っている子だった。
ノクスが小さく、なるべく優しくなるように鼻を鳴らした。
女の子は小さく頷き、器用に馬車の扉を開けると、中へ乗り込んだ。
ノクスは再び、王都の夜を駆け出した。
※
走りながら、ノクスは小さな違和感を覚えていた。
自分に宿る力が、進むべき道を示している。そのこと自体は、不思議ではない。
この子が、何かを探しているということだ。
そして、迷子になったのなら、探しているものは家のはずだった。
けれど、今ノクスが向かっている道は、本当に家への帰り道なのだろうか。
ノクスには、それが分からなかった。
ただ、自分に宿る力が示すままに、進むしかなかった。
辻馬車が夜の王都を駆けていく。
やがて、ノクスは足を止めた。




