最終話 探しものの馬車——ロスト・キャリッジ
馬車が止まったのは、王都の古文書保管庫だった。
古文書保管庫は、何事もなかったかのように、以前アルトが訪ねたときのまま、そこに立っていた。
「ここは……?」
クラリスが呟く。
「古文書保管庫です。僕の父がおります」
アルトはクラリスを見る。
「また、僕のために探しものをしてくださったのですか?」
クラリスは微笑んだ。
「あなたのためでもあるし、私のためでもあるわ」
※
アルトの父、レオナルト・ヴェルナー侯爵は、名誉を回復し、爵位を取り戻したにもかかわらず、いまだ古文書保管庫にこもっていた。
魔物災害の間も、ずっとここを離れなかったらしい。
「ご無事でしたか、父上」
アルトが言う。
「魔物も、こんな古くくたびれた場所には興味がなかったようだな」
レオナルトはそう言って、小さく笑みを浮かべた。
「おまえも無事で何よりだ、アルト」
「父上こそ……」
「私は死を覚悟していたのだが、まだその時ではなかったようだ」
そう言ってから、レオナルトはクラリスへ視線を移した。
「こちらの方は?」
「クラリス・レーヴェンハイト公爵令嬢様です」
アルトが紹介すると、クラリスはレオナルトに頭を下げた。
「クラリスです。ヴェルナー侯爵」
「レーヴェンハイト公爵家の……。こんなところへ、よくお越しくださいました」
「探しものの馬車の導きで、こちらに参りました」
「探しものの馬車が……?」
「はい。王都を救ってくれたのも、あの馬車です」
クラリスが言った。
「エルンスト様が旧結界の魔法陣へ導き、リディアの魔力が結界を起動してくれて、魔物を斥けました」
アルトが言う。
「そのお二人とも、もうこの世にはおりませんが……」
アルトは顔を俯ける。
「そうか……」
レオナルトはそれ以上、何も言わなかったが、再び口を開いた。
「私たちは、この世にあらぬ者たちに生かされているのだな……」
レオナルトは、俯くアルトの肩に手を置いた。
「探しものの馬車も、おまえの母が亡くなる前に残したものなのだ」
「えっ……?」
アルトは顔を上げ、レオナルトを見た。
「おまえの母、セレナは生前、不思議な力を持っていた」
「母上が……?」
「ああ。探しものの目と呼ばれる力だ。失われたものへ至る道を見つける力だった」
レオナルトは、遠い日を思い出すように目を細めた。
「だが、セレナはおまえを産んだ後に体調を崩した。亡くなる前に、おまえに何かを残してやりたいと言ってな。ヴェルナー侯爵家の馬車に、その力を移したのだ」
「……では、アルフレッドが言っていた女神の加護というのは……母上の……?」
レオナルトが頷いた。
父と母が、アルトを生んでくれた。
母が探しものの馬車を生み出し、御者だったアルフレッドがそれをアルトに引き渡した。
その馬車が、リディアやクラリスたちを見つけてくれた。
エマが、救護院の存在を知らせてくれた。
ルカとミナが、グスタフに引き合わせた。
グスタフのパンがエルンストを変えた。
ミリアが、エルンストの命をつなぎとめ、ガレスが、エルンストを馬車まで運んでくれた。
そして、エルンストが大聖女の旧結界へ導き、リディアの魔力がそれを起動したことで、王都は命の灯を残すことができた。
すべてが完璧だったわけではない。
多くの犠牲者も出た。
どんな人であろうと、永遠にこの地上にいるわけではない。
けれど、そうしていなくなってしまった人々と、まだ地上に残された人々は、確かにつながっている。
だから、こんな惨状にあっても、王国は、世界は、まだ美しくあることができるのかもしれない。
アルトは、そう思った。
「ヴェルナー侯爵」
クラリスが、レオナルトを見て言った。
「折り入ってお願いがございます」
「何でしょう」
レオナルトもクラリスを見る。
「前王と王弟を失った王国で、これから王都を復興し、辺境を救済していかなければなりません。レーヴェンハイト公爵家は、その中心となって活動を支えていく覚悟です」
クラリスは、一度アルトを見た。
「ですが、公爵家だけでは、その役割を全うするのはとても難しいのです。どうか、ヴェルナー侯爵家のお力をお貸しいただけませんでしょうか」
レオナルトは、戸惑ったような顔を見せた。
「しかし……私はこんな世捨て人のようなものです。お役に立てるかどうか……」
「私は、こんな状況の中でも、アルトさんや私、そして王国の皆の希望のきっかけになるものを探すよう願いました」
クラリスは続ける。
「そして、探しものの馬車がここに導いてくれたのです」
レオナルトは黙って耳を傾けている。
「レーヴェンハイト公爵家とヴェルナー侯爵家が手を取り、王国を導き……いえ、王国とともに歩くことで、王国に希望をもたらすことができるのだと信じます」
クラリスの声には、確かな強い意思があった。
「ヴェルナー侯爵。あなたは十年前、いえ、きっとそのずっと前から、王国のために動かれてきました。この古文書保管庫で、多くの知識も得られているはずです」
クラリスはアルトを見る。
「それに、ヴェルナー侯爵家には、アルトさんも、ノクスも、探しものの馬車もいらっしゃいます」
レオナルトは最後まで静かにクラリスの話を聞いていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「つまり、レーヴェンハイト公爵家とヴェルナー侯爵家は、縁を結ぶべきと仰るのですね?」
「はい。復興と救済のために、両家で協力できればと……」
「アルトと結婚していただけるのですか?」
レオナルトの突然の言葉に、クラリスの顔が赤くなった。
「いえ……あの……」
「父上……」
アルトも戸惑った様子を見せる。
レオナルトは、申し訳なさそうに咳払いをした。
「すまない。少し早とちりだったかもしれないな」
クラリスは頬を赤くしたまま俯いている。
アルトも、何と言えばよいのか分からず、戸惑っていた。
だが、レオナルトは穏やかな表情で続ける。
「しかし、悪いことではない。両家のためというだけではない。むしろ、おまえたちにとって、それが希望になるのではないかとも思うのだ。
馬車がここに来たというなら、私にそれを言わせるためだったのかもしれん」
クラリスは、しばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「ああ……そうかもしれません。私も、何だか希望が見えてきました」
「クラリス様……」
アルトが彼女を見る。
クラリスは、まだ少し頬を赤くしていた。
けれど、その表情は、どこか晴れやかだった。
「アルト」
レオナルトが言った。
「リディアも、いつまでもおまえが独り身では心配だと思うぞ。おまえは存外、頼りないところがあるからな」
アルトは苦笑した。
何が正しいのかは分からない。
このままずっと、分からないのかもしれない。
リディアを忘れることはない。エルンストを許せる日が来るのかも分からない。
失われたものは、あまりに大きかった。
それでも……。
アルトは、微笑むクラリスを見た。
少しだけ、希望を持てそうな気がした。
「夜明け」、そして最終話までお読みいただき、ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか? 作者はなるべく冷静に書き進めようと思いながらも、若干感情移入しすぎることもあり、泣きながら書く場面も多く、精神的にしんどい場面もあったのですが、読んでくださる皆様のおかげで何とか書き進め、結果とても思い入れの強い作品になりました。
この物語が、少しでも皆様の心に残るものになっていれば幸いです。
※本編完結ですが、後日談的な番外編を書くと思います。他作品の書籍化の執筆に追われているため、少々時間が空いてしまうかもしれませんが。。
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改めて、ありがとうございました。




