第四十三話 王都中央広場
ワーウルフが馬車に向かって走り寄ってくるのを見て、アルトは急ぎ馬車から降り、御者台に戻って手綱を握った。
手綱を鳴らすと、ノクスが急反転し、ワーウルフの群れとは逆方向へ走り出す。
後ろから、群れの足音と雄叫びが迫る。
ノクスは全速力で駆けていく。
前方に魔物の姿はない。
追われる状況であっても、探しものの馬車は安全な道を選んでいる。
アルトにできることは、ただ手綱を握ることだけだった。
——巻き込んでしまってごめん、ノクス……。
自分の怒りに任せて、ノクスを、馬車を、危険に晒してしまったことを、アルトは今さらながら強く後悔していた。
何とか逃げ切ってくれ。
そう祈るように、アルトは手綱を握った。
ところが、馬車が突然止まった。
そこは、王都の中央にある広場だった。
見通しはよい。だが、生きている人の気配はなかった。
広場には、ここで魔物を迎え撃ったと思われる騎士や兵士の遺体が、無数に転がっていた。
その中央には、古の聖女エリシアの石像が立っていた。
王都の戦士たちは、聖女の加護を得たい気持ちで、ここを決戦の場に選んだのだろう。
しかし、その願いも虚しく、彼らの中に生存者は一人としていなかった。
その聖女エリシア像の前で、馬車は止まった。
「なぜ、ここで……」
アルトが呟く。
その直後、ノクスの行動も唐突だった。
聖女像へ近づき、鼻先でその台座を押す。
ぎしっ、と石が軋んだ。
「ノクス?」
ノクスはアルトの声に何も応じなかった。
今度は蹄で、聖女像の足元の石畳を打った。
硬い石を削る音が、夜の広場に響く。
「何をしているんだ、ノクス!」
アルトが叫ぶ。
振り返ると、遠くにワーウルフの群れが見えた。
「逃げないと……。ノクス、走ってくれ……」
だが、ノクスは動かなかった。
まるでアルトの声など耳に入っていないかのように、聖女像の台座を前脚で打ち続ける。
ワーウルフの群れは、もうすぐそこまで迫っていた。
轟音となった咆哮が、広場に響く。
そのとき、ノクスが大きく後ろへ下がった。
「やめてくれ……」
アルトには、ノクスが何をしようとしているのかわかってしまった。
「ノクス、やめてくれ。君まで失ったら、僕は……」
だが、ノクスは止まらなかった。
次の瞬間、ノクスは聖女像の台座へ頭から突進した。
ノクスの頭から鮮血が飛び散り、轟音が広場に響いた。
聖女像が傾き、倒れ、広場の石畳に叩きつけられた。




