第四十四話 おとぎ話
アルトは、頭に怪我をしたノクスと、倒れた聖女像を呆然と見つめていた。
だが、ノクスはまだ終わっていないとでもいうように、今度は聖女像ではなく、聖女像が立っていた台座を蹄で蹴り始めた。
台座に積もった石片が払われていく。
そこに、円形の複雑な紋様が刻まれていた。
「まさか……」
それは、聖女像の台座に隠されていた魔法陣だった。
いにしえの大聖女エリシアの像。
その足元に隠された魔法陣。
——旧結界?
それは、聖女エリシアが王都を魔物から救うおとぎ話に出てくるものだった。
それを実在すると考える者などいなかった。それはアルトも同じだ。
アルトは馬車の方を見た。中には、エルンストの遺体がある。
——あなたは、旧結界が存在しうるなどと信じていたのか。死んでも探しものの馬車を導いていたのか?
だが、結界の魔法陣が見つかったところで、アルトにそれを起動する力などない。
そのとき、ノクスがアルトの胸元に顔を寄せ、低く鼻を鳴らした。
懐の記憶晶が、白く光っていた。
——リディア?
まさか……。
アルトは震える手で、記憶晶を取り出した。
光を失ったはずの水晶。
リディアがアルトのために最後に残してくれたもの。
そこに、ほんのわずかな魔力が残っていた。
ワーウルフが、ノクスに襲いかかろうとしていたのが見えた。
アルトは、記憶晶を握りしめる。
これを置けば、旧結界にそのわずかな魔力が流れるのかもしれない。だが、そこにわずかに残っていたリディアの魔力も完全に消え去ってしまうかもしれない。
リディアが最後に残したものが。リディアが自分に届けてくれたものが……。
消えてしまう。
「リディア……」
それでも……。
リディアが、やって、と言っているのが、アルトにははっきりと分かった。
アルトは、記憶晶を魔法陣の中央に置いた。
次の瞬間、魔法陣が水晶の光を吸い込んだ。
白い光が一度、魔法陣の中央の奥へ沈む。
そして、爆ぜた。
その光は王都中へ、四方に瞬く間に広がった。
白い光が、王都を包んでいく。
ノクスを襲おうとしていたワーウルフが、その光を浴びて動きを止めた。
他のワーウルフも同じだった。
迫っていた獣の足音が、咆哮が途絶える。
そして、魔物たちは次々と地面に倒れていった。
アルトのすぐ背後でも、重い音がした。
振り返る。
ワーウルフが、アルトの背後に倒れていた。
すぐそこまで迫っていたのだ。
台座に置かれた水晶は、割れていた。
すべての役目を終えたかのように。
もう、そこに光はない。
けれど、王都を守る光の中に、アルトは確かにリディアの温もりを感じた。
——リディア……。
わかったよ。
もう恨むのはやめるよう努力する。
でも君を忘れることもしない。
それでも……前に進もう。
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