表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】婚約破棄された公爵令嬢が「どこにも行かず、ただ走らせて」と言ったので、辻馬車は夜の王都を走り続ける  作者: Vou@書籍化進行中
第十夜 【乗客】この世にあらぬ者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/47

第四十二話 声なき乗客

 ガレスの手を借り、アルトは重傷を負ったエルンストを探しものの馬車(ロスト・キャリッジ)に乗せた。


 エルンストは小さく呻いた。

 その呼吸は、あまりに心許なかった。


 アルトは、取り引きに応じたつもりはなかった。

 ただ、エルンストと二人きりになれるのは都合がいいと考えていた。


「アルトさん……。お気をつけて……」


 クラリスが心配そうにアルトを見る。


 ただその身を案じているだけではない。複雑な気持ちが、その瞳に宿っていた。


 アルトは、ただ頷いた。


 そして御者台に乗り込み、手綱を握る。


「行ってきます。エルンスト様が何を探されているのかは存じませんが」


「その方は、この王都を誰よりも案じておられる。悪いようにはするまい」


 ガレスが、車中に横たわるエルンストを窓越しに見て言った。


 アルトは何も言わず、手綱を軽く鳴らした。


 馬車がゆっくりと走り出す。


 辻馬車が、燃える王都の夜を駆けていく。


   ※


 探しものの馬車(ロスト・キャリッジ)は、魔物を避けるためか、王都の路地という路地を、まるででたらめに走っているように見えた。


 右へ。左へ。時には大通りを避け、時には燃え落ちた建物の脇をすり抜ける。


 そんな状況の中、エルンストは一言も発しなかった。


 アルトも、何を話せばよいのか分からず、しばらく声をかけることはなかった。



 だが、ついにアルトは意を決した。

 自分の怒りを、エルンストにぶつけずに呑み込めるとは思えなかった。


「……エルンスト様」


 声をかける。


 だが、エルンストは応えない。


「エルンスト様。僕の話を聞いてください……」


 エルンストは答えない。

 それでも、アルトは構わず続けた。


「あなたがしたことを告白してくださったおかげで、僕は父と、そしてリディアと再び会うことができました」


「……」


「あなたを許したい、という気持ちもありました……」


「……」


「父は、細々と、この王都の片隅で生きております。ですが、リディアは……」


 アルトは、そこで一度言葉を喉に詰まらせた。


「リディアは、もう別の人になっていました」


「……」


「あなたが『命は奪うな』と命じた結果は、彼女を殺したも同然でした。彼女は不正の告発ができないよう記憶を封じられ、リアという別の人格になってしまった」


 アルトの声が震える。


「もう、リディアは戻ってこないんです」


「……」


「あなたに、僕の絶望が分かりますか?」


 エルンストは、何も答えない。


「彼女は、僕のすべてだったんです……。僕には、彼女さえいればよかった……」


「……」


「僕は、絶対にあなたを許すことができません」


「……」


「何とか言ったらどうです?」


 それでも、エルンストは何も応えなかった。


 馬車は燃える王都の中を走り続ける。


 怒号。

 悲鳴。

 遠くで何かが崩れる音。

 魔物の遠吠え。


 そのすべてが、アルトの怒りをさらに掻き立てていく。


「何か言ってください!」


 アルトの声が、燃える王都の夜に響いた。


「あなたの正義のご高説でも、言い訳でも、何でも聞かせてくださいよ。そんなもので僕の怒りが収まるとも思いませんが」


 それでも、エルンストは何も応えなかった。


 ——これだけ言っても、あなたは何も思わないのか?


 アルトは手綱を引き、馬車を止めた。


 御者台を降り、馬車の扉を開ける。


「エルンスト様……?」


 エルンストは変わらず、座席に体を預け、仰向けに横たわっていた。


 けれど、呼吸の音は聞こえなかった。

 胸も動いていなかった。


 アルトは馬車に乗り込み、エルンストの顔を覗き込む。


 その顔は蒼白だった。


 首元に手を当てる。


 冷たい。



 もう、命の火がその身体に宿っていないのは明らかだった。


「くそっ!」


 アルトは思わず叫んだ。


「あんたは、また逃げたんだ!」


 何も言わないエルンストに向けて、アルトは喚き散らした。


「王都を守るために探しものの馬車(ロスト・キャリッジ)に乗ったんじゃないのか? 僕に思う存分、復讐をさせるんじゃなかったのか?」


 エルンストは答えない。

 もう、答えられるはずはなかった。


 それでも、アルトは止めることができなかった。


「僕からリディアを奪って、王都までも奪うつもりなのか! 僕の大切なものを、何もかも……!」


 アルトは、エルンストの遺体に向かって拳を振り上げた。


 その拳は震えていた。

 怒りのためか、行き場のない絶望のためか。


 だが、その拳が振り下ろされることはなかった。



 そのとき、ノクスが鼻を大きく鳴らした。


 アルトは顔を上げ、小窓から馬車の前方を見る。


 ワーウルフの群れが、馬車の行く手に迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ