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【連載版】婚約破棄された公爵令嬢が「どこにも行かず、ただ走らせて」と言ったので、辻馬車は夜の王都を走り続ける  作者: Vou@書籍化進行中
第九夜 【乗客】ある女

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第三十六話 拭えない恨み、消えない恋しさ

 アルトとクラリスは、夜明けを待たずにネーベル村を後にした。


 司祭や兵士は引き止めようとしたが、アルトは応じなかった。

 クラリスも、アルトの意思を尊重した。



 再び、夜の荒野を辻馬車は駆けていた。


 アルトは手綱を握ったまま、何も言わなかった。


 クラリスも、声をかけようとは思わなかった。

 アルトが自ら話したいと思うまで、そっとしておこうと決めていた。



「エルンスト様は、リディアの命は奪っていない、と仰っていました」


 唐突に、アルトが口を開いた。


「それは、嘘ではなかったのかもしれません」


 クラリスは何も言わず、耳を傾けた。


「ですが、僕にとっては、それは嘘でした」


 アルトの声は、かすれていた。


「リディアは、魔道具に記憶だけを残していました。彼女の記憶は、誰もやってこない荒野の中で、彼女がもういないのだということを僕に伝えるために、十年間待っていたかのようでした」


 クラリスは、胸の奥が締めつけられるようだった。


「彼女は体だけを残して、この世界から、すでにいなくなっていたのです」


 クラリスは、アルトの気持ちが自分の想像も及ばないものなのだろうと思った。そう思うと、何も言えなかった。


「エルンスト様を許せるかどうか分からない、と以前は言いましたが……」


 アルトの声には、今まで聞いたことのない強さがあった。


「今となっては、とても許せる気がしません」


「アルトさん……」


 クラリスが名を呼ぶ。


 けれど、次にアルトの口からこぼれたのは、ひどく弱々しい言葉だった。


「……ですが、本当は、そんなこともどうでもいいのです」


 夜の荒野に消え入りそうな声だった。


「僕は、ただ……リディアが恋しいのです」


 アルトは俯いた。


「リディアは僕に、人を恨まず、幸せになれと言いました」


 クラリスには、その願いが、リディアがアルトにそう願った気持ちが、痛いほど分かった。

 クラリスもまた、アルトに同じことを願っていたから。


「ですが、彼女を失った今、僕はどうやったら幸せになどなれると言うのでしょう」


 アルトはまだ、その気持ちを整理できていないのだろう、とクラリスは思った。

 怒りも、悲しみも、後悔も、恋しさも、すべてが胸の中で絡まり合っているのだ。


 だから、クラリスは静かに言った。


「すべて吐き出して……。私は、あなたの言葉を、ひと言も漏らさず聞いているから」


 それが、今のクラリスに言える精一杯の言葉だった。


「あなたは、ひとりではないわ」



 辻馬車は、月明かりだけが照らす荒野を走る。


 その行く先は暗く、まだ夜明けの気配はなかった。



 それでも辻馬車は、前へと駆けていく。

第九夜「ある女」をお読みいただき、ありがとうございます。


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今後ともぜひお楽しみいただければと思います。

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― 新着の感想 ―
悲しすぎる。胸が痛みます。
酷いわエルンスト 許さなくていいわ
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