第二十九話 辻馬車は休む
辻馬車が走り続けたまま、夜が明けようとしていた。
馬車に揺られながら眠っていたクラリスが、朝日を受けて目を覚ます。
「……ごめんなさい。眠ってしまったみたい」
「いえ、大丈夫です。探しものの馬車は、お客様が眠ってしまっても、探しものを忘れることはございません」
「そういうことではなくて……ノクスさんも、アルトさんも、お疲れではないの?」
ノクスが鼻を鳴らした。
「……大丈夫そうではありますが、村があれば休ませましょう」
※
「クラリス様!?」
声をかけられてクラリスが振り返ると、王立守備隊の兵士が立っていた。
「なぜ、このようなところにいらっしゃるのですか?」
「ええ、ちょっと……」
クラリスは、どう説明したものかと口ごもる。
しかし、兵士はすぐに姿勢を正した。
「失礼いたしました。ご視察ですね。わかりきったことを伺い、申し訳ございません。こちらの村では、支援は滞りなく進んでおります」
「そうですか。それは何よりです」
クラリスは嬉しそうに言った。
クラリスが王宮へ提出した辺境視察の報告書は、それまで支援を偽装していた王弟エルンストを王宮から退かせた。
けれど、それだけでは終わらなかった。
国王フリードリヒは、その報告書に基づき、直ちに辺境支援を命じたのだ。
もちろん、王国全土に行き渡るほどの物資を、一夜で用意することはできない。
だが、まず人手を動かすことはできた。
この村では、老朽化した家屋や井戸などの修繕が始められていた。
魔物被害も多かったため、王立守備隊の兵士たちが修繕作業と防衛を兼ねて派遣されているのだった。
「その馬車一台でいらっしゃったのですか?」
兵士が、少し心配そうに尋ねる。
「もし他の村にも向かわれるのでしたら、護衛をおつけしましょうか」
クラリスはアルトをちらりと見た。
それから、少しだけ微笑んで兵士に向き直る。
「いいえ。ご心配なく。強力な護衛がついておりますから」
兵士は不思議そうな顔をした。
※
「クラリス様の報告書が、さっそく活かされているのですね。ご立派です」
兵士たちが壊れた柵を直し、古い井戸の周りを調べている様子を見ながら、アルトが言った。
「アルトさんと、探しものの馬車のおかげよ」
そう答えるクラリスは、嬉しそうに笑っていた。
「何だか、良いことが起きそうな気がするわ」
「良いこと、ですか?」
「ええ」
クラリスは、朝日に照らされた村を見た。
「アルトさんとリディア様との再会も、きっとすてきなものになるに違いないわ」
「そうなると良いです」
アルトも、小さく微笑んだ。
二人を乗せた馬車は、いくつかの村で休みを取りながら、確実に目的地へ近づいていった。
王国の辺境を、馬車は駆けていく。
その日、陽が沈もうとする頃、馬車はひとつの村にたどり着いた。




