番外編 あの日の風、その続き
「……え?」
今、なんて……?
リゼの驚いたような顔を見て、エリシアは恥ずかしそうにその顔を伏せる。
「……だから、私……、ゼ、ゼンのこと、好きなのっ!」
それは、まだリゼとエリシアが幼い頃のお話。
ロザリア王国第三王女、エリシアと、
王族に最も近いとされるクラウディア公爵家に生まれたリゼ。
二人は、母親同士がまだ貴族令嬢だった頃から親友だったこともあり、幼馴染として育った。
そしてもう一人。
「……ゼンさん、かっこいいもんな。」
リゼとエリシアの話を一歩後ろで聞いていた、黒髪の男の子、クロード。
クロードは伯爵家の生まれだが、父親が元近衛騎士団団長であり、母親が王妃付きの侍女だったこともあって、幼い頃から一緒に育った。
「で、でもエリシア、兄様は私たちより7つも年上よ?エリシアが10歳になったら兄様は17歳よ?そんなに離れてたら先に死んじゃうわよ?」
リゼはなんの悪気もなく、そう言ってエリシアの肩を揺する。
でもエリシアは、その白い肌をほんのり紅く染めながら、語尾を少し強めてリゼに反論した。
「死なないわ!だってゼンは誰よりも強いもの!」
「いくら強くても年には勝てないって母様も父様に言ってたわ!」
そんなリゼとエリシアのやりとりを見ていたクロードは、ふ、と部屋に入ってきた人物に気づいてパァっとその目を輝かせた。
「ゼンさん!」
ゼンさん、その名に、エリシアはピク、と反応し、慌ててリゼから離れて振り返る。
「ゼン!」
その目の輝きはクロード以上で、その顔を見たクロードはなんとも言えない表情で負けじと少し背筋を伸ばしてみせた。
「2人とも、喧嘩でもしていたの?部屋の外まで声が漏れていたよ。」
15歳のゼンは、その青銀の髪を揺らし、すでに整っているその顔で幼い3人を交互に見る。
「ゼンさん!俺は喧嘩なんてしてません!それより今日は剣の抜き方を教えてくれるんですよね!」
クロードはキラキラした目でゼンを見る。
ゼンはそんなクロードの頭を優しく撫でてやると、
「うん。でもその前に、3人とも、まずは部屋を片付けないとね。」
そう言って近くに投げ捨ててあった絵本のひとつを手に取った。
「ずるいわ兄様!いつもクロードばかり!」
「俺の方が2つ年上なんだから当たり前だろ!」
今度はリゼとクロードの喧嘩が始まりそうになるのを、ゼンは笑いながら見ていた。
その顔は優しく、エリシアから見ればまるで理想の王子様のようで。
「ゼン!クロードの剣の稽古が終わって、私がちゃんとお片付けしていたら、またお話してくれる?」
恥ずかしそうにそう言うエリシアを見て、ゼンは「もちろん。」そう言って、柔らかく微笑む。
それは、平穏な日常。
子供たちがまだ自分たちの立場や身分など何もわからず、無邪気に城の庭を駆け回っていた頃。
「エリシア様!またそんな危ないことをして!リゼ様も、公爵令嬢としてもう少しお淑やかになさい!」
エリシア付きの侍女の中でも1番厳しかった侍女頭のマリアには、エリシアだけでなくリゼもよく叱られた。
けれど、たまに内緒でお菓子をくれるマリアのことを、リゼは大好きだった。
「……え?マリア、いなくなっちゃうの?」
「うん。ヒマヲモラウ?って言っていたわ。」
だからその日、いつものように城に遊びに来ていたリゼは、その言葉をエリシアから聞いた時、すぐには理解できなかった。
「ほら。あの子の実家、ノースとウエストの……」
「じゃあ、この間の……領地争いに巻き込まれたっていう……」
「……弟だって。」
大人たちの話は、よくわからなかった。
だけど——
マリアが城に戻ってくることは、二度となかった。
8歳のリゼとエリシアにとって、
当たり前だった日常が、当たり前ではなくなる。
——ずっとなんてないと知った、初めての経験だった。
ーー
ー
「……ゼ。リゼ。」
「ん……」
ふ、と暖かい声に名を呼ばれて、リゼはゆっくり目を開けた。
「…クロード。」
目の前にはクロード。
クロードは、リゼにそっとブランケットをかけると、その隣に腰を下ろした。
「…寝てたのか。」
「ん。……子供の頃の夢を見ていた気がする。」
リゼの返事に、クロードはふ、と遠くを見るように目を細める。
「…ゼンさんとエリシアが、今日アルディスから戻るらしい。」
「ああ、レオン王子の結婚式よね。あの子、行く前はすっごく緊張してたけど……ちゃんとお話できたかな。」
リゼの言葉に、クロードは優しく笑う。
「できたさ。」
アルディス王国の第3王子、レオンが結婚する。
その知らせを受けた時、エリシアはとても嬉しそうだった。
けれど、結婚式にゼンと共に招待された時、その瞳は複雑に揺れていた。
エリシアの元縁談相手であり、そして、その縁談を断った相手でもある。
アルディスへ発つ日。
見送るリゼの手をぎゅっと握り、「一緒に来て」と最後まで言っていたエリシアを思い出して、リゼはふっと笑った。
「帰ってきたら色々話聞かなくちゃね。」
そして、リゼは自分の傍に眠る小さな命の、その小さな手を握った。
「ふふ。リク、気持ちよさそうに寝てる。」
リゼの言葉に、クロードも身を乗り出してその小さな命の頬に触れた。
「……エレンとエレーナも、きっと待ちくたびれているでしょうね。」
「……そうだな。」
開け放された窓から、優しい風が吹き抜ける。
物語は、続いていく——。




